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021 勇者

「その浪人生と話してる時だけさ、鏡子さんのがジュンってなるんだよ。俺には手に取るように分かる」

『「へー」』

「鏡子さんはまだ自覚してないみたいだけど、身体はちゃんと反応してるわけ」

『「ふーん」』

「あー、もう俺には脈がないってさ。分かっちゃうんだよなぁ。チキショー」


『忘れてってもなぁ、忘れられないよなぁ』

「うるせえ」

「え?なんのこと?」


俺は軽自動車の助手席に、非番の御室を乗せていた。

「平日の昼間でも、お前なら家にいるだろうと思った」などと失礼なことを言いながら訪ねて来たのだ。

なぜか祖母と親しく話しているので理由を聞いてみると、祖母の買い物途中で荷物を持ってくれたりと、いろいろと世話になっているようだ。

もしも祖母にセクハラをしていたら容赦なくブチ殺しているところだが、さすがにそういうこともないようだ。

祖母によると、御室は近隣住人の評判がすこぶる良いとのこと。謎だ。調布市最大の謎かもしれない。


自室で伏せっているのがたまらなくなった俺は、御室を軽自動車で連れ出した。

いつものごとく、勝手に這い出して来て後部座席に陣取った生霊のために、御室はシックスセンスをONにして相手をしてくれている。

車を出したからって目的地も何もないのだが、今日はボーリングかビリヤードでもしようと思う。

愛梨はそういう遊びもしていただろうか?と考える。俺と同じように、あまり似合わない気がした。




昨日の朝に愛梨と別れたあと、祖母の病院への送り迎えを終わらせて、いつもの公園で暗くなるまで走った。

その後、ダメだと思いながらも、我慢しきれず軽自動車で愛梨の部屋まで行ってしまう。

嫌がる生霊に扉を通り抜けてもらい、灯のついていない部屋の中を確認してもらった。

当たり前だが、誰もいなかった。

冷蔵庫とTVに、処分依頼の紙が貼られていたそうだ。

俺はケルに慰めてもらいながら、なんとか昨日の夜は眠りについたのだった。




御室のスマホに着電が入る。


「美杉さんっすか?おつかれさまです!どうしました?」


御室は警察官の立場があるため、様々な場面で有利に動けるという。

美杉は御室によく依頼をするようだ。見返りにそれなりの御室への便宜もしてくれるらしい。


「はい。はい。横に津神がいます。はい。わかりました。それじゃ。はい。では」


「俺がなんだって?」


「孔雀院にお前も連れて来いってさ」




孔雀院とは、狛江市にある密教系の寺院のことだ。

我が家も檀家を務めており、俺も子供の頃、祖父や祖母と何度か訪れたことがあるはずだ。

数年前に住職の代替わりがあったと祖母から聞いたことがあった。

我が家の法事には、今でも先代さんが来てくれるので、俺は現住職に会ったことはないと思う。たぶん。


「密教のお寺とか来てさ、なんかドキドキしたりしないのか?」

『俺が祓われる前提で言わないでくれる!』


境内に通じる沿道にはアジサイが咲いていた。早朝に少し雨が降ったらしく、花や葉の上には球状の水滴がある。

晴天で道路などは乾いていたが、まだ寺の地面の土は湿っている。綺麗に剪定された木々が日を遮り、乾くのを遅らせているのだろう。

御室はスマホを取り出して、アジサイを撮影しながら歩いている。

俺は御室を放置して、なんとなく懐かしく感じる沿道の階段を登った。

愛梨は、花とか古い寺とか、こういう方が好きそうだな。などと勝手に決めつけてみる。


孔雀院の門をくぐったとき、1人の作務衣姿の僧と出会い、会釈だけの挨拶をする。

遠目には細めに見えるが体格のガッシリした人物だ。目つきが鋭い。

僧は生霊の方を見ていた。


「見えるんですか?こいつ。もしかして祓えます?」

『こわっ、なんちゅーことを。わ、わたしは善良な生霊です。お許しください』


生霊は土下座を始めた。


「んー、なんかいる気がする程度かな」

『ふん!この生臭坊主め!なめんなよ』

「バカにされてる気配が。。。そこかっ!」


僧は親指と中指で挟んだ人差指を弾くように突き出すと、パンと音がして、一瞬光が走った気がした。


『うわっ、ビームが飛んで来た!ビームこええ!』


「それ、スキルですか?!」

「いいえ、ただの弾指ですよ。じゃあ、次はスキルで」


僧はスマホを取り出して操作を始めようとする。


『やーめーてー』

「あ、棒空さんだ。ちゃーっす」

「御室さん、来ましたか」

「津神、この方がBランク冒険者の棒空さんだ」


「津神さんですか、じゃあ、この方が、」

「そうだ。翔一さんの孫の涼だ」


美杉だった。棒空の後ろにいつのまにか立っていた。


「では、この方が勇者のお孫さんですね」


「へ?」

「えぇぇ?!!」


俺は、唐突に出た予想外のワードに混乱する。

御室は大げさに両手を上げて後ろに飛び下がっていた。


「そうだ。1999年の7月に世界を救った。あの勇者・津神翔一のな」

「軍神マルスの化身・中本静香くんを救い、日本国内の暗殺者ギルドを壊滅させた伝説の英雄の。。。」


生霊は、俺の後ろに隠れて土下座を続けていた。

ついにやってしまった。

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