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020 愛梨とリオ

俺は殺風景な部屋で目を覚ました。


白い壁紙とフローリングでデザイナーマンションのようにリフォームされているが、木の柱や天井に使われている木材は年代を感じさせる。

手直しされてはいるが、外観はいかにもな木造アパートだった。


綺麗に掃除されているが、収納やテーブルの類はなく、家電は19型の液晶TVと2ドアのコンパクトな冷蔵庫だけだ。

部屋の隅をよく見れば、床にタンスが置かれていたような痕が残っている。

もう1つの部屋は使われていないらしい。


「引っ越してきたばかりなのか?」

「ひみつ」


愛梨と俺は、床に直接ひかれた布団の中で裸身を寄せていた。


「もうお昼?」

「。。。」


「ばか、なんで赤くなるのよ。ふふっ」

「やさしくしてって言ったのに。。。」


昨晩からの雨は、俺たちがラーメン屋を出る前から降り続いている。

アパートまで車で送って欲しいと頼まれた俺は、誘いにのるように部屋まで入り、期待した通りに夜を過ごした。


『まぁ、期待以上だったよな。朝方までぶっ通しとか、普段モテない男はこれだからw お前の声が雨で響かなくてよかったぜ』

い、いつから見てたの?


「コンビニでお昼買ってくる。待ってて」


俺にキスをしたあと、愛梨は手早くブラ付きのTシャツとスリムジーンズをまとい、傘をさして出かけて行った。

『ノーパンかよ!!』


俺は愛梨が帰ってくると同時に生霊をキャンセルした。




雨は止みそうにない。

布団の上で食事を終えると、頭を抱き寄せられ愛梨の膝の上に乗せられた。

彼女はジーンズだけ脱ぎ、代わりにショーツを履いている。俺はパンツとTシャツだけだ。


愛梨は子供の頃の話をしたがった。TVもつけず、2人はただ話をした。

彼女の中の子供の俺は、やんちゃな少年だったらしい。俺自身には、少し意地っ張りだった自覚があるだけだ。


「おじいさんが言ってたんでしょ?女の子が虐められてたら無条件で助けろって」

「そんなこともあったな。それで、爺ちゃんからケンカの仕方を習ったんだ」

「涼くんは私にやさしくしてくれたから、おじいさんに感謝してる」


あの頃の愛梨に何があったのか俺は知らなかった。からかわれやすくて泣き虫だったのは覚えている。

1つずつ、彼女は俺が知らなかった愛梨のことを話してくれる。


父親が酒乱で、母親を毎日のように殴っていたこと。

母親が男を作って逃げたこと。

父親も帰ってこなくなり、中学の途中で幼い妹と一緒に施設に入ったこと。

その時、転校したこと。

妹が里親に虐待されて施設に戻ってきたこと。

自分は高校へ進学せず働いて妹の学費を稼いだこと。

男に騙され借金を作ったこと。

意外にも風俗店の居心地が良かったこと。

東京出身者の自分が都内の風俗で働くために、ギャルメイクを覚えたこと。

妹が今年、短大を卒業し就職して寮で一人暮らしを始めたこと。


「雰囲気がずいぶん変わったよね。中学の頃は少し恐かった。私じゃなく『リオ』にだから、あんな弱い面を見せてくれたんだと思ったよ」


自意識過剰で時代に合わない硬派を気取った俺は、彼女が転校していくのを知りながら何もできなかった。

ガキに何ができたってわけでもないだろう、寂しかったのだけは覚えている。

俺も自分のことを少しだけ話した。

なんとなく気恥ずかしかった。俺の経験した辛さなど、他愛もないことだ。

俺は、顔を愛梨の腹部に埋めて、掌で愛梨の形の良い尻をいじることで、その感情をごまかした。


「なんの事情も知らないのに、やさしくしてくれたのは、たぶん涼くんだけだね」


愛梨は俺の横に寄り添うように寝転び、キスをしてから眠り始めた。

俺はまたムラムラしていたが、愛梨の安らぎを壊すのが嫌で黙って彼女の顔を見続けた。





目を覚ました愛梨は、再びコンビニに食事を買いに行く。

雨は勢いを弱めたが、まだ静かに降っているらしい。

食事の後は、TVを観ながら子供の頃の笑い話だけをして時間を過ごした。

もう遅い時間だが、ここから帰りたくないな。


愛梨は、シャワーを浴びている。




『冒険者を辞める? 絵に描いたようなハードボイルド的「薄幸の美女」が実在したんだ、そこから燃えるのがお前なんじゃねーの?』

それ、なんの話だよ。バカにしてんのか?


えっと、だから、ちゃんと就職してさ。彼女と。。。

『これだから女に免疫のないヤツは。おい待て待て』ぶち


スマホを手に持ち生霊をキャンセル操作した俺が顔を上げると、バスタオル一枚の愛梨が歩いてくる。


「ごめん。誰かと電話?そうよね。。。彼女いるのかな? でも、私とは今夜までだから、許して」

「いやいや、そんなのじゃないから。え?」

「私、明々後日の朝の便でニューヨークに行くの。向こうでエステシャンの資格を取るんだ」

「え? ちょっ、聞いてないよ」

「私、これからは自分のために生きるの」

「連絡するよ。最後じゃないだろ?!」

「黙って聞いて!」


愛梨の目には涙が溢れていた。


「この部屋も明日にはひきはらうの」

「うん」


「涼くんに会えて良かった。今日は楽しかった。子供の頃、いろいろ思い出しちゃった。もう思い残したことはないわ」

「うん」


俺は涙が出てくるのを止められない。抱きしめられた。


「ケンカ小僧が泣き虫になっちゃって。かわいい」

「うん」


「ね、お医者さんゴッコしたの、覚えてる?あの時も泣いちゃってごめんね。あれの続きしたげる。昔より、すごーく大人な感じで」

「うん」


「でも、お医者さんは私だよ。ほーら」

「う、ん」


「せめて、俺もシャワーを」

「うるさい」


お医者さんゴッコと他諸々は深夜遅くまで続き、日が出る頃に俺は愛梨宅を追い出された。


「忘れて。私も忘れる」


キスを一度だけして、玄関の扉は閉められた。





いつのまにか雨は止んでいた。

俺は呆然としたまま、軽自動車で帰宅する。


『で、お前、忘れられんの?』


た、たぶん。



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