014 酔い
駅に着き、青年は男たちに引きずり降ろされる。
「おいっ、逃すなよ。誰か駅員呼んでこい」
中年サラリーマンはホームの壁際まで青年を追い詰める。
手柄を立てた自分たちには、誰かを責める権利があるとでも思い込んでいるのだろう。
彼らの横には、痴漢されたと騒いだ女が腕を組んで並んでいた。
くそっ、無性に腹が立った。
俺は、野次馬の群れに押し流されるように車両を降りる。
すぐに車両は走り去っていくった。
『おい、俺はヤツらの反対側に周って監視する。なんとかしろ』
なんとかしろって。。。
『お前の受けた任務だ』
でも、これで彼が死ぬとは。。。
それに、人がたくさん集まってきてるしさ。
笑ってる奴とか、冷たい目で見てる奴とか。。。
『よく聞け、あいつらはお前の元上司じゃないぞ』
大声で責め立てる男たちに、青年は壁に背をつけてうずくまってしまう。
なんとかしてやりたい。だが手は震え、足はすくんだ。
いつのまにか、周囲にはたくさんの人が集まっている。
それぞれ口々に勝手な言葉をつぶやいていた。
すでに誰がどの立場で何を言っているのか、俺には分からなくなっている。
『野次馬どもも、お前を笑う先輩どもじゃない。よく見てみろ。そうだろ?』
「すみません。すみません。本当にやってないんです。すみません」
青年が涙をこぼしながら謝り始めた。
くそっ、なんで簡単に謝っちまうんだ。
『あそこにいる奴らには、お前の親父の会社を持ち出して、お前を従わせようなんてできない』
「いつも、やってないやってないって言うんだよ。こういう変態野郎は」
「あんた、スカートの中に手を入れてきたくせに!」
「うちの会社にもいるんだよ。自分の責任を認めない新人が」
「俺は見てたぞ。お前が、このお姉さんを触ってるのを。駅員でも警察にでも証言してやるよ」
違う。嘘だ。こいつらは狂っている。
『そうだ。空気に酔っている。くだらねえセコイ英雄願望にな。女も自分が被害者であることに酔っているだけだ。お前が酔いを冷ましてやれ』
できるかな?俺に?
『お前はできる。お前の優しさは弱さじゃない。爺ちゃんが言ってたろ「世界で一番強い人間は、世界で一番優しい人間のことだ」ってな。お前は人より、少しだけ優しい。それはお前は人より少しだけ強いってことだ。あいつらなんかより、少しだけな』
ホントかよ?
お前、本当に俺の生霊なのか?
誰なんだよ?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってもらえませんか?」
声が出た。
奴らは振り返って俺を怪訝な目で見てくる。
「あぁ、大丈夫ですよ。気にしないで。すぐ終わりますから」
「そうそう、みんな冷静なんで安心してください」
「そ、その人、痴漢じゃないです。違います」
「おたくは見てたの?」
「えと、そうじゃないけど。見てた人がいて、カバンが当たってただけだって」
『そこ、正直に言わなくていいから。。。』
「私は触られたのよ。触られた私が言ってるんだから間違いないでしょう!」
「えっと、いや、冷静になってください」
「なんで、痴漢をかばうんだ?お前仲間だろ?」
「ち、違うって」
「お待たせしました。話は聞いてます。とりあえず事務所の方で」
「あ、駅員さんが来た。痴漢の仲間がかばうんですよ。どーしようもない奴らだ」
「あー、たまにあるんですよね。じゃあ、あなたも一緒に来てください」
これは、埒があかない。逃げるか、彼を連れて。
このまま連行されて、誰かが無実を証明できるとは、とても思えない。
俺は青年の側に行き、彼を立たせ耳元で「タイミングみて逃げよう」とささやいた。
「あたし、見てたよ。お兄さんの言ってるのが正しい。カバンだよカバン」
胸元が大きく開き胸の谷間が見えている女性が、めんどくさそうに言う。
「はぁ、何を今頃言い出してんだ?そうゆうのもういいんだよ」
「そうゆうのいいって何?あんたらみたいのがメンドくさいから黙ってたんだよ!」
「はぁ、何言ってんの?触られたの私だよ」
「いや、皆さん、冷静に冷静になってください」
「あんたはどうすんの?このこ、ドラマみたいに駅員が痴漢にしちゃっておしまいでしょ」
「だから、ちゃんと話を聞いてですね」
『カオスだな』
でも、谷間の女性の援護は嬉しいよ。
『なんだ、落ち着いてるじゃん』
まぁね。どうってことないな。
さて、どうしたものか。
「お前が余計なこと言い出すから、面倒なことになってんじゃねーか?」
なんか、中年のおっさんが俺に凄んで来てるけど。
『だな』
この人、少し酒臭いな。
「あなたも冷静になりましょうよ。ここはあなたが小さな権力を振り回していい場所じゃない」
ちょっと言い過ぎたかな?
「なんだと!ふざけんな!ガキのくせに!」
俺は、中年男が大きく振りかぶったパンチを左手で受け止めた。
「そっちで話をつけるのか?助かるよ。俺も面倒になって来てたとこだ」
手先と顔面から血の気が引くのと同時に、アドレナリンが充填されていくのを感じた。
良くないな。俺も自分に酔いそうだ。
睨み付けると、中年男は腰を抜かして尻餅をついた。
『今度はお前が落ち着け』
「キャー、痴漢の仲間が殴った!殴ったわ!」
「殴ったか?殴ってないよな?触られたってのも怪しいもんだ」
「あいつ、恐くね?さっきまでとぜんぜん雰囲気違う」
「あのおっさんダセエ」
周囲が騒然とした空気に変わっていく。まずったか?
『涼、対象が逃げるぞ。気をつけろ!』
俺が作ってしまった空気に当てられたのか?青年はパニックになったのかもしれない。
「逃げてんじゃないわよ!」
『やばい。急げ!涼!』
被害者を名乗り泣きじゃくる女は、逃げようとする青年に体当たりをした。
青年は大きく跳ね飛ばされ線路の方に向かっていく、そしてそこに新しい電車が入って来た。
俺は短い距離を全力で駆ける。移動と即応の値が冒険者として一人前だという埜乃の言葉を信じて。
青年の腕を掴んだ。そのままホームの方に引き寄せ投げる。
『涼!』
俺は速度を落としきれていない車両に跳ね飛ばされた。
更新頑張ります。