013 トラウマ
4日後。
物理耐久力の数値が完全に回復した俺は、地下鉄の車内にいる。
午後5時、ラッシュ直前の車内は、すでに混み合っていた。
固有スキルを手にいれた後、武器と防具を購入するとゴールドは底をついた。
支払いにポイントも必要だったため、次のランクDまでに必要なポイントは大きく負担が増えることになった。
俺は防具として販売されていた薄手の黒い革製ライダーズジャケットを身に着けている。
ショップには、ファンタジー要素満載の金ピカ全身鎧なども売られていたが、俺は普段着としても利用できそうな物の中から選んだ。
『ビジュアル系かよ。顔の地味さが引き立つな』
数日後に控えた「約束」のためにゴールドが必要だった俺は、新たにクエストを受けるしかなかった。
『お前がまた風俗に行くから足りなくなったんじゃん』
今回、俺が引き受けたのは「護衛クエスト」である。
この時間帯、ある青年に生命の危険が降りかかる可能性があるのだという。
俺の任務は、その青年を監視し降りかかる危険を排除することだ。
まさに、俺が待ち望んだハードボイルドな依頼だ。
Eランクになった俺は受注できるクエストの種類が増えていた。
相変わらず、ご近所の小間使い的な案件も多い、その中でわずかに危険な香りのするクエストを選んだのだ。
報酬は他のモノより多い。まぁ、これを選んだのは、それも理由だ。
モンスターが関わる事件ではないのは確認している。
『しかし、リオちゃんに会いに行ったのに、すでに店を辞めてしまったって、淋しいのぉ』
俺は青年が立っているドア周辺から、少し離れて待機していた。
手すりを持ち、スマホを見ている。
固有スキルで得た能力「生霊」を、対象の青年の側に待機させている。
俺だけに見える生霊は、火の玉の姿で護衛対象の上空に浮かんでいた。
生霊は無駄口は多いが、こういうクエストには最適と言える存在だった。
こいつは用い方によっては、俺の大きな武器になるかもしれない。
ヤツの精神干渉によって、俺のキャラクターが崩れてしまっているのが残念なところである。
『ほんま、婆ちゃんが名刺捨ててまうとはなぁ。裏にメルアド書いてくれてたのに』
え?どういうこと?メルアドのこと俺知らないんだけど?
なんでお前が知ってんだよ。ちょ、それ、教えてよぉ。覚えてないの?
『忘れた』
ちっ、やっぱ使えねーな。
俺の脳の中にある、俺自身が意識的にアクセスできない領域で生霊の演算は行われている。
よって、お互いの視覚、聴覚は共有できない。
だが、ヤツには俺が考えていることは、すべて伝わっている。
ヤツからはテレパシーのように、言語化されたメッセージだけが送られてくる。
しかも、俺の記憶は共有されているのに、ヤツの記憶は共有されていないのだ!
それ、逆の方が良くない?
なんとかならないかなぁ。スキルのレベルが上がると、もっと便利になったりするの?
『おぉ、このお姉さん谷間出しすぎやで。オッパイたまらんのぉ』
おい、俺にも見せろ!
「あなた、触ってない?」
生霊を配置している方向から、女の声が聞こえた。
おいこら。
『いや、俺じゃねーって。俺が物体に触れられないの、知ってるだろ』
「す、すみません」
「なんで、謝るのよ。やっぱり触ってたのね!この人、痴漢です!」
乗客の視線は、俺の護衛対象の青年に集まっていた。
青年は、しどろもどろに否定の言葉をつぶやいている。
「この痴漢野郎、次の駅で降りろ。警察に突き出してやる」
近くにいた40前後の中年サラリーマンが青年に詰め寄る。
おい、本当に触ってたのか?
『いや、カバンが女のケツに当たってはいたが、そんなのこの混雑じゃどうしようもねぇ』
「触ってないなら、謝らねーだろ。正直に言え。お前が痴漢なんだろ?」
40代中年サラリーマンの同行者らしい30代半ばの男が笑みを浮かべて青年を恫喝していた。
この感覚。
俺は自分の惨めな記憶を思い出し、頭を振って消し去ろうとする。
手が震え出すのを自覚する。動悸がひどい。
『おい!頑張れ!お前はもうヘタレじゃねー!お前はゴブリンにだって立ち向かう男だ!そうだろ!』
顔を上げて、状況を確認する。
パワーハラスメントに慣れていそうな数人の男たちに囲まれ激しく詰め寄られているのは、
真新しい降ろしたてのスーツが似合わない、いかにもな新入社員の覇気のない青年だった。
彼は、俺の護衛対象だ。た、たぶん。
更新頑張ります。




