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07 宣告

 次にロティが意識を取り戻した時、彼女は再び信じられないような状況に置かれていた。

 ふかふかの椅子に座らされ、普段はロティに見向きもしない神女たちが、群がるように手足を揉み解している。

 目の前の巨大なテーブルには、乗りきらないほどのご馳走。

 ちょうどスープをすくった匙が口に運ばれたところで、驚いたロティはそれを吐き出し思わず咳き込んでしまった。


「ゴホッ、ゴホッ」


「大丈夫ですかアルケイン様!」


 群がっていた神女たちは心配そうに顔を覗き込んでくるし、匙を持っていた若い神女は死にそうな顔をするしで、ロティの混乱は更にひどいものになった。


(なにがあったっていうの!? 昨日から、目が覚めるとおかしなことばかりっ)


 苦しさで生理的な涙目になりながら、ロティはこの場を収拾してくれそうな人物を探した。

 視線をさまよわせると、ご馳走の向こうには高位の神女長たちが居並んでいることに気が付く。

 ロティの視線をどう受け取ったのか、口を開いたのはエインズだった。


「皆の者、落ち着きなさい。アルケイン様が困っていらっしゃる」


 鶴の一声で、広間が静まり返る。

 ロティはとにかく動きを止めた神女達から逃れようとして、椅子から転がり落ちた。


「アルケイン様!」


(どうして私を精霊王様の名で呼ぶの? 私はロティなのに……掃除婦のただのロティだよ)


「その様子では、戻ったか」


 神女達に助け起こされながら、ロティはエインズの冷たい声を聞いた。


「戻った、というのはどういうことでしょう?」


震える声でロティが問うと、周囲の神女たちが驚いたような顔をした。

 エインズは一つ大きなため息をつくと、ロティの世話を焼いていた神女たちに言った。


「お前たちは去りなさい。ロティ、お前には大切な話があります」


 有無を言わさぬその迫力に、ロティは震えあがったのだった。


  ***


「アルケイン様が、ですか?」


 高位の神女達に囲まれ、ロティが耳にしたのは俄かには信じがたい話だった。

 創造主の直属の部下である二神の内、精霊王アルケインがロティに憑依したという。


「我々も信じがたいが、これは本当のことです」


「でも……私には感応力なんてないんですよ」


 涙目になるロティを相手に、エインズは表情も変えず淡々と事実を伝える。


「アルケイン様のお話では、感応力がない者こそ憑依には適しているのだそうです。そこでロティ、あなたにはいくつかの質問があります」


「はい? なんでしょうか」


 困惑で眉を寄せていたロティは、それでもエインズを前に粗相がないようにと、必死の思いで問い返した。

 普段ならば直接話しかけることなど許されないほど、ロティと彼女の間には深い身分という溝がある。


「まず、昨日の夜のことです。あなたはどこでなにをしていたのですか?」


「昨日は……前大神女様の棺に祈りを捧げていました」


 ピクリと、今まで無表情だったエインズの顔が微かに歪む。


「それは、一体誰の許可を得てのことですか? 地下墓地は基本立ち入り禁止のはずですね」


「はい。申し訳ございません。罰でしたらいかようにも受けます」


 肩を落とすロティから、エインズは視線を逸らした。

 ロティは捕らえられたネズミのように縮こまる。


「ロティ、あなたは儀式の場にいたということで間違いないですね?」


「あ……儀式の場と言われましても、私は本当にお祈りをしていただけで、何も聞いていませんし何も見ていません。ただ大きな音がしたので、雷が落ちたのかと思って外に出ようとして、それで―――」


「それで、階段の下まで転がり落ちたと」


 エインズの言葉に、ロティは己の足や腕などに巻かれた包帯の理由を知った。

 階段を上る途中に意識を失ったことで、どうやら地下まで転落してしまったということらしい。

 そう思ったら急に痛んだ気がして、ロティは思わず腕に巻かれた包帯を撫でた。

 小さく頷いたロティを、エインズは難しい顔で見つめる。

 それからふと、何かに気が付いたように彼女は問うた。


「それで、あなたはアルケイン様の降臨なさっている間、意識はあるのですか?」


 その質問は思ってもみないものだった。

 ロティはしばし考え込み、首を大きく横に振った。


「いいえ。あの、もし本当にアルケイン様がこの体に宿っていらっしゃるというのなら、アルケイン様がなさった事やおっしゃった事の記憶は私にはありません」


 あくまでロティから見れば、突然記憶が途切れそして見知らぬ場所で覚醒するという感覚なのだ。


「ではその逆は?」


「逆、ですか?」


「あなたが目覚めている間、身の裡にアルケイン様を感じますか? 何か以前と違ったようなところは?」


 ロティは再び考え込んだ。

 改めて全身を点検してみるが、お腹がいっぱいに満たされていることと怪我で動きが鈍いこと以外は、全くのいつも通りだ。

 正直、それを言っているのがエインズでなかったら、精霊王の依代になっているなど信じられなかったに違いない。

 それほどまでに、彼女の身に降りかかった事態は常軌を逸していた。


「分かりませんあの、体はいつも通りだということしか……」


「そうですか……とにかく、アルケイン様に失礼があってはいけませんので、あなたには今から大神女の部屋で生活してもらいます」


「え!?」


「エインズ様!」


 ロティもそしてエインズを取り囲む神女達も、驚きに目を見張る。

 前大神女が亡くなって以来、その部屋は空き部屋のままだった。

 しかし近くある大神女選定の儀で、おそらくはエインズがその部屋の後継者になることが確実視されていたのだ。


「あそこが神殿で最も広くそして最も位の高い居室です。神女達に命じて、部屋の用意を」


 エインズはどこまでも冷静だ。

 その言葉に気圧されるように、誰も逆らえないままに話は進んでいく。


「ロティ、あなたもそれでいいですね?」


 質問の体を取っていても、それはほとんど命令だった。

 ロティはこれからどうなるのかという不安におびえながら、頷くより他になかった。


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