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34 反省会


「で、どうして失敗したのか、その原因は分かってるの?」


 砂時計が返り、夜になると再びフロテアがロティの部屋を訪れた。

 彼女はカウチで長い足を組み、ロティを睥睨 している。

 恥ずかしさと後悔で一睡もできなかったロティは、床に正座しながらコクコクと舟を漕いでいた。


「起きなさい!」


「はっ、はい!」


 女神の檄が飛ぶ。

 ロティは一瞬顔を上げたが、その表情は曇りすぐに俯いてしまった。


「申し訳ありません。私に度胸がなくて、上手くいきませんでした。せっかくフロテアさまに教えていただいたのに……」


「そうじゃなくて、どうして失敗したのかその原因を聞いてるのよ」


 ロティは少し考えて言った。


「フロテアさまに教えていただいた方法を試そうとすると、どきどきして上手く喋ることもできなくなってしまうんです。頭が真っ白になって、どうしていいか分からなくなって……」


 いくら寝不足だったとはいえ、そんな風になる自分自身をロティも持て余していた。

 神殿で働いた経験から無茶な命令は得意のはずだが、アルケインが関わることとなるとどう頑張っても上手くいかない。

 体は思ったように動かないし、緊張してしまって頭も上手く働かなくなる。


 (アルケインさまには、そういう特別な力がおありなのかしら?)


 思わずそんな風に考えてしまうのも、無理からぬことだった。

 ロティは今まで、ろくな友人もなく物言わぬ彫刻だけを相手に暮らしてきた。

 そんな彼女が、急に神や人間と関わるようになったのだから驚いたり緊張したりしないはずがないのだ。

 その豊かな胸の下に腕を組み、怒っても美しい美の女神は溜息をついた。


「何言ってるのよ。そんなの当たり前じゃない。恋をしてるのに、緊張したりどきどきしないはずがないでしょ。それでも相手が欲しかったら、立ち向かうしかないの。 恋は戦争よ!」


 恋多き女神は拳を握った。

 その花の如き容姿が、今だけは戦の女神のようである。

 それに相対するロティはと言えば、茫然と口を開けてフロテアを見上げていた。

 ハシバミ色の目が、まん丸になっている。


「……恋、ですか?」


「そうよ! 相手にどきどきしたり胸が苦しくなったり、離れると寂しくていつもその人のことを考えてしまったり! そんなの恋に決まってるでしょ。まさか今まで気づいてなかったの?」


 あきれ顔で問われ、ロティは自らの胸に手を当てる。

 改めて思い返さなくても、フロテアの今言った症状はここしばらくの彼女の状態をぴたりと言い当てていた。


「でも、最初にお会いしてからずっと、私アルケインさまが苦手で―――」


「苦手な相手を好きになるなんて、よくあることよ! 日常茶飯事よ! むしろ第一印象が悪いほど、あとは良くなるしかないんだからね。最初に出会った時から好きだったと言っても過言じゃないわ!」


 フロテアの力説を前に、ロティは茫然としてしまった。

 そもそも彼女は、恋愛のことなど神話の中のことだと思っていた。

 実際にフロテアの恋の話や、それにより引き起こされた騒動などは列挙に暇がないほどだ。

 しかし実際に恋愛がどういうものかという知識となると、ロティは言葉に詰まってしまう。

 なにせ彼女が暮らしていた神殿は、一生を神のしもべとして暮らす神女たちの集まりだ。

 彼女は恋そのものに接した経験が、あまりにもなさ過ぎた。

 神女ではない掃除婦の中には恋愛を楽しむ者もいたが、一人彫刻を磨くことを喜びとしていたロティにとっては、遠すぎる話だ。

 ロティがあまりにも驚いているので、指摘したフロテアの方もまた驚いていた。


「まさかあなた、ほんとの本当にちっとも気付いてなかったわけ?」


 こくこくと、ロティが小刻みに頷く。

 その様子は、餌をほおばる小動物そっくりだ。

 フロテアは頭を抱えてため息をついた。

 彼女の眉間に刻まれた皺は、現実を受け入れたくないと言葉より雄弁に語っている。


「まさかこんな娘がまだ地上にいたなんて……何かの間違いじゃないの? むしろ間違いであってほしい……」


 ぶつぶつと呟く女神に、ロティは首を傾げる。


「でも、神女さまたちは皆さん一生を独身で過ごされますし、私だけじゃないと思うのですけれど」


「そんなわけないでしょうが! あの娘たちだってこっそりイケメン騎士とかにうつつを抜かしてるわよ。夜中に人目を忍んで私の礼拝堂によくお参りに来てるもの」


「まさか」


「まさかもなにも、偶に逢引きに使うおバカさんもいるぐらいよ。ま、私としてはよくやったって感じだけどね」


 今度こそ、ロティは言葉を失った。

 神殿は規律が厳しく、それを破った者は厳重に処罰される決まりである。

 ところが今のフロテアの発言は、それを真っ向から否定する者だった。

 幼い頃から神殿の決まりに従ってきたロティにとって、それは晴天の霹靂、受け入れがたい事実であった。

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