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27 かき乱される



 彼はそのまま立ち上がると、何も言わずに去っていこうとする。


「まっ、待ってください!」


 流石に訳が分からず引き留めると、振り返った彼の顔は不機嫌そうだった。

 なんだか理不尽だ。ロティはそう思わずにはいられなかった。


「なんだ?」


「なんだって……あの、ええと……」


「用がないのならば行くぞ」


「あ、待ってください! 私、死んだのではなかったのですか?」


 ロティにとっては分からないことだらけだ。

 冷たい泉に突き落とされてからの、記憶がない。

 途中目覚めてトールデンに会った気もするが、残念ながら何を話したかは覚えていなかった。

 しかしトールデンとアルケインがいて、更に地面が雲ということはここは天界なのだろう。

 人が死んだ後に行くとされる場所は冥界で、そこは天界とは真逆の地の底にあると言われている。

 ロティの言葉に、アルケインは面倒そうに顔を歪めた。

 不興を買ったかと一瞬恐ろしくなったが、だからといって何も知らずにここに寝てもいられない。


「あの、審判の儀はどう―――」


「あんなくだらない儀式のことは忘れろ」


 ロティの言葉を遮って、アルケインは言った。

 反論を許さない語気の強さだ。

 思わず口を噤むと、精霊王が大きな大きなため息をついた。


「余計な心配はしないで、しばらくここで体を休めていろ。世話は精霊たちにさせる」


 そう言うと、彼は今度こそ足早にロティの部屋を去って行ってしまった。


 (何か、怒らせるようなことをしたんだろうか?)


 ロティには、意味の分からないことばかりだ。

 けれどもアルケインがそういうのだから、ここで大人しくしているより他ない。

 一人部屋に残されたロティは戸惑うばかりで、もう見えはしない背中を探すように出口の向こうに目を凝らした・


  ***


 苛立たし気に、アルケインは己の宮殿を歩いていた。

 人気はない。

 当たり前だ。

 ここにロティ以外の人間はいない。どころか神すらも、厳重に出入りを制限している。

 彼は他人の気配が好きではない。

 なのでその宮殿で働いているのも配下の精霊のみで、他の神々のように人間を攫ってきて奴婢にしたり、慰み者にしたりはしないのだ。

 いいや、したことがなかった、というべきか。

 事実だけを見れば、アルケインはロティを地上から攫ってきたことになる。

 きっと今頃地上の人間どもはひどい騒ぎだろうが、そんなことアルケインの知ったことではないのだ。


『エレさまがいらっしゃいました』


 すると、いつの間にかアルケインの前に一人の男が膝をついていた。

 うっすらと向こう側の透けた、アルケインの眷属である精霊だ。

 白い貫頭衣姿で、腰にはベルトを巻いている。


「分かった」


 立ち止まったアルケインは、意識を切り替えるよう努めた。

 仕事の間はロティのことをちゃんと頭から追い払っておかないと、気付けば彼女のことばかり考えてしまって片付くものも片付かなくなってしまうからだ。

 おかげで地上に落ちたあの日から、効率が低下し仕事が滞りがちになっている。

 全く困ったものだと、アルケインはもう一度大きなため息をついた。

 ロティに出会ってからため息が増えたというのも、変化の内の一つだ。

 ふと、彼は何かに気付いて眉を上げた。

 返事をしたのに、精霊が去らない。

 普通ならとっくに姿を消しているはずだがと、アルケインは訝しく思った。


「まだ何かあるのか?」


 跪いたまま顔も上げず、精霊はそこに存在していた。

 精霊にとって、この姿は本来のものではない。

 本当は目にも見えないような小さな粒で、それがアルケインに分かりやすいように寄り集まって人の姿を形作っているにすぎないのだ。


『あの、お客様のことで……』


「ロティのことか?」


 精霊は戸惑っているようだった。

 アルケインはその原因を悟る。

 彼の宮殿に仕える精霊は、客人に慣れていないのだ。それも相手は、感応力の全くない人間。

 ロティの目には精霊など全く映らないはずで、世話をする上では不都合なこともあるのだろう。


「死なないように、世話してやってくれ。人間は容易く死ぬから、できるだけ慎重に」


『……御意に』


 大雑把な命令に戸惑ったようだが、しばらくすると精霊の姿は空気の中に掻き消えた。

 どうやらこれ以上、アルケインからは情報を得られないと判断したらしい。

 確かにそれはその通りで、アルケインだって人間についてそう詳しく知っているわけではないのだ。

 不老不死の神々にとって、人間とはか弱く不可解な存在。


 (それに、こうも心かき乱されるとは)


 その不毛さに、アルケインはもう一度ため息をついて、エレの待つ玄関ホールへと急いだのだった。


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