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26 目覚め


 次に目が覚めた時、ロティが眠っていたのは雲のように柔らかいベッドの上だった。

 一瞬大神女の部屋の物かと思ったが、違う。

 雲のような ではなく、本当に雲でできたベッドだった。

 まるで台座のように踏み固められた雲のように、柔らかいだけでなく適度な弾力のある寝台だ。

驚いて体を起こすと、霧のように体に載っていた薄雲が自ら避けて行った。

 ロティは目を丸くしながら、周囲を見回す。

 見覚えのない部屋だ。

 神殿の礼拝堂と同じ、特殊な白い石で覆われた部屋の壁。しかし所々に花や獣の意匠は彫り込まれているものの、礼拝堂のような神々の姿はそこにはない。

 出口に扉はなく、壁には扉の大きさの大きな穴が開いていた。

 その向こうは、白い靄がかかってうまく見通せない。

 ふと、あちらこちらに視線を彷徨わせている内にめまいを感じて、ロティは再びベッドに倒れ込んだ。

 薄雲が勝手に戻ってきて体を覆う。

 霧の中は寒いものだと思っていたが、ロティはちっとも寒さなんて感じなかった。むしろその雲は、乾いていてつつまれるとひどく温かい。

 もう一度微睡みそうになったその時、ふとロティの目に更に不思議なものが映りこんだ。

 陶製のコップ。

 木製の器に山盛りの果物。

 湯気の立つ匙の入った楕円の器。

 それらが宙を浮きながら、一列に部屋に入ってくるではないか。

 これにはさすがにロティも驚いて、目を疑った。

 息を飲んで成り行きを見守っていると、まずは先頭にいたコップがどうぞとばかりにロティの顔のそばまで降りてくる。

 警戒しながらもロティがゆっくり体を起こそうとすると、まるでそれを手伝うかのように、背中に何かの力を感じた。

 実際には、そこにはなにもないのに、である。

 まるで強い風に一部分だけを押されているような、そんな不思議な感触だった。

 その力を借りて体を起こすと、今度はどうぞと言わんばかりにコップが口元に近づいてくる。

 中を覗くと、中は水のように無色透明な液体で満たされている。


「これを……飲めばいいの?」


 思わず尋ねると、まるで頷くように器やコップが上下する。

 ロティは恐る恐る、寄せられた水に口を付けた。

 ごくりと飲み込めば、それは普通の水よりも少し甘い。

 少しだけにするつもりだったのに、気付けば全て飲み干していた。

 そのおかげか、力を失っていた体が生気で満たされた気がする。

 眩暈は消え、意識もはっきりとした。

 今ならば、ベッドから起き上がることもできそうだ。

 お礼を言おうと器たちを見ると、そこにはいつの間にか小さなテーブルが現れていて、食器たちはその上にお行儀よく並べられていた。

 匙の入った器の中身は、麦を軟らかく煮た粥のようだ。

 急に食欲を感じて、ロティはベッドから降りた。

 引き寄せられるように、今度は椅子が飛んでくる。

 まるで夢の中の世界のようだ。

 見えない何者かに世話をされながら、ロティはいつぶりかの食事を口にした。

 食欲を感じたとはいっても、やはりすべてを食べきることはできなかった。

 食べられたのは粥の半分と、器に盛られた木の実を二つ。

 それ以上はどんなに頑張っても、体が受け付けようとしない。

 どうやらロティは、自分で覚えているよりも長い時間、食事をとっていないらしかった。

 そうでなければ、いくらなんでもこれしきの量でお腹がいっぱいになる筈がないからだ。

 器たちは再び宙を浮いて、心なしか残念そうに部屋を出ていく。

 その最後尾に、テーブルと椅子もついて行ってしまった。

 ロティは再びベットで寝ているしかやることがなくなり、気付けば眠ってしまっていた。




 目が覚めた時。

 目の前にアルケインの顔があって、ロティは大層驚いた。いつからかベッドの横に座っていたものらしい。


「あ、アルケインさま!?」


 彼女は思わず身をおこそうとするが、それを素早くアルケインが制した。


「いい。そのままにしていろ」


 ロティはしばらく戸惑っていたが、結局はその言葉に従う。

 彼の顔はひどく疲れた様子だった。

 思わずロティが心配になったほどだ。

 彼は何も言わず、ただ彼女の手を取った。

 温かくも、冷たくもない手だ。

 けれどロティは、アルケインに触れられていることが恥ずかしくてならなかった。


「あ、あの……」


「しばらく黙って、こうされていろ」


 アルケインは頭を伏せ、まるで祈るように自らの頭にロティの手を押し当てた。

 その表情が窺えなくなったことで、ロティはより一層狼狽してしまう。


 (お疲れなんだろうか……?)


 もしや調子が悪いのかと心配になるが、黙ってと言われた手前それを尋ねることもできない。

 しばらくしてようやく顔を上げると、アルケインはいつもの無表情に戻っていた。



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