25 トールデンの不安
「随分と、甘やかしているな」
ニヤニヤ顔で、トールデンが言う。
するとアルケインは、ロティに向けていた穏やかな顔を脱ぎ捨て、さっさといつもの仏頂面に戻ってしまった。
人間ならば断罪されているのかと怯えてしまうような表情だ。
しかし付き合いの長いトールデンは、まったく気にせず(どころか余計に意気込んで)アルケインをからかい続ける。
精霊王はそんな友人に構わず、びしょ濡れになったロティを抱き上げた。
一度水の中に突き落とされた体は、ひどく凍えてしまっている。
「何はともあれ、早く着替えさせた方がいい。アトルスの水で回復したとはいえ、このままにしておくと体に毒だ」
トールデンが存外真剣な口調で言うと、アルケインは振り向かないまま小さくこくりと頷いた。
その横顔は、いつもの同じように見えてやはりどこかぎこちない。
こんな友人を見るのは初めてだと、トールデンは思った。
(そもそもが、ありえないんだよこいつが、こんなに誰かに執着するなんて)
今までは、仕事かそれとも葡萄酒造りにのみ執着してきたような男だ。
トールデンも一応友人という括りではあるが、気が向かなければ百年会わないこともある。
つまりは、そういうものなのだ。神々というものは。
執着が薄く、あってもひどく飽きっぽい。色恋に騒ぐ神は同時に、心変わりするのも早い。
しかし反対に、中には千年同じ相手を思い続けるような一途な神もいる。
つまり、人間とは何もかもが違う。似たような形をしているだけで、考え方まで同じだと思ったら大間違いだ。
人間から神になったトールデンは、そのことをよく心得ていた。
神はおかしな奴らだ。しかし神としての生活に慣れてみると、今度は限られた人生を生きる人間の方がおかしく思えてくる。
断絶された時の流れは心の麻痺を引き起こす。
だからその退屈を凌ぐために、神々は人間で暇つぶしをするのかもしれない。
トールデンはアルケインの去った方角を見る。
彼はロティを連れて、自らの在所へと連れて行った。
炎の精霊を呼び出し、彼女の体を温めながらだ。ずいぶんと過保護だと、トールデンとしては苦笑するより他ない。
「大丈夫なのかねえ」
呟くトールデンの脳裏をかすめたのは、アルケインの部下である雨の女神、エレのことだった。
冷たく見えて情熱的、半身が蛇である彼女は、有能ではあるがアルケインのこととなると性格が変わる。
恋というよりは、心酔しているというのが正しい。彼女は明らかに、千年同じ相手を想い続ける側だ。
彼女がロティのことを知ったら、一体どうなるのか。
あまりよくはない未来を想像して、トールデンは震えあがった。
(あいつほんと、朴念仁だから……)
天界で、エレの片想いを知らないのは当人であるアルケインぐらいだ。
(厄介なことになりそうだ)
トールデンはアルケインの宮殿がある方角を見つめると、意味ありげに地面である雲を見た。
分厚い雲が、どこまでもどこまでも続いている。
その下が、一体どうなっているのか。
そんなこと―――神にとってはどうでもいいことだ。




