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23 審判の儀


 王城と神殿は隣り合っているが、ロティを連れた一行は正門まで迂回したため、たどり着くまでにはかなりの時間を要した。

 連れ出されたのは、広い広い広間だ。

 神殿と同じぐらい歴史のある、彫刻やフレスコ画で飾られた謁見の間。

 しかし神殿の静謐な空気とは違い、そこに流れているのはロティに馴染みのない華やかな空気だった。

 人々の身に着けている衣装も、神女達の白装束とは違い極彩色に溢れている。

 精霊王を宿した娘を一目見ようと、謁見の間には王と近しい貴族たちが今か今かと待ち構えていた。

 白いベールをかぶったロティは、己を見つめる沢山の視線に落ち着かない気持ちになった。


「お主が、精霊王アルケインを宿した娘か」


 低い老人のしわがれた声だ。

 神女達はしきたりにのっとり、王に跪いたりはしなかった。

 ロティは震えながら、ベールの下で俯いている。


「陛下の問いに答えなさい」


 エインズに横で囁かれ、ようやくその問いが自分に向けられたものだと気付いたほどだ。


「あ……はい」


 顔を上げると、玉座には王冠をかぶった老人が座っていた。

 着ている服こそ豪華だが、白い髭を蓄えたその顔にさほど特徴はない。

 ただ、ひどく静かな目をしていると思った。

 深緑色の目には、知性の光が宿っている。


「やあやあ、余の代で神の奇跡に立ち会えるとは、思ってもみなんだ」


 老人がにっこりとほほ笑んだので、ロティもつられてほほ笑んだ。

 勿論ベールの下のことだから、そのことが相手に伝わることはなかったが。


「娘、アルケインさまは、どのようなお姿をしておる?」


 老人の問いに、ロティはたどたどしく答えた。

 精霊王は見目の美しい男性の姿をしていること。

 その髪はまるで燃える太陽のような色であること。

 甲冑を身に着け白い布を巻き、足には革のサンダルを履いているということ。

 彼女が一つ何か言い終えるたびに、貴族たちがどよめいたりうなずいたりしてる。


「なるほど……言い伝えは本当であったか」


 そう言って、王は天井を見上げた。

 ロティもつられて上を見上げると、そこには大きくアルケインのフラスコ画が描かれていた。

 顔は少し違うが、格好はアルケインそのままである。

 きっとあの絵が描かれた頃にも、アルケインが人の前に姿を見せたことがあったのだろう。


「それで、アルケインさまはなんと?」


「なんと、とは?」


「我々に人間に、何か伝えたいことがおありなのではないか? だからそなたの体に宿ったのでは?」


 そう言われて、ロティは困ってしまった。

 何度かアルケインとは言葉を交わしているが、彼がなぜ地上に降りてきたかという話になったことはない。

 本来なら一番初めに確かめておくべきだったのかもしれないが、ロティは環境の変化についていけず、そのことを気にする余裕すらなかったのだ。

 返事に窮していると、貴族たちがざわざわと騒ぎ始めた。


「本当にいらっしゃるのか?」


「狂言ではないの?」


 ささやきが風に乗ってロティの耳に届く。

 どうしようかと戸惑っていると、一人の若者が声を上げた。

 玉座の横に立つ、まだ若い青年だ。

 軽やかに揺れる髪は輝かしい金色。目は青で、顔もどことなく王家の血を引くシェスカと似通っている。


「陛下、本当に彼女にアルケインさまが憑依なさっているのか、古き審判の法にてお確かめになってはいかがですか?」


 何気ない言葉だが、彼は一瞬驚くほど冷たい目でロティを見た。

 ロティはごくりと息を呑んだ。

 彼女は知っていた、その古き審判の法が―――どれほど残酷な処刑方法であるのかを。



  ***



 提案をした青年は、この国の王太子だった。

 彼の提案は周囲に集った貴族たちに熱烈な歓迎を受け、ロティをはじめ彼女に付き添っていた神女たちもまた、あれよあれよという間に審判の泉にまで連れてこられてしまった。

 審判の泉とは、城の裏手、神殿の大樹にほど近い場所にある。

 あるいは大樹の葉から落ちた一滴の雫が泉となったともいわれているが、真偽の程は定かではない。

 重要なのは、人間たちが代々この泉に託してきた役目の方である。

 二百年ほど前のことだが、ペルージュの周辺の国々において創造主を唯一神とする新たな宗教が興った。

 当時すでに神殿の力で独立を守っていたペルージュにとって、創造主のみを信仰し他の神々を否定する新たな宗教はとても認められたものではない。

 そうした背景もあり、当時の王により行われた新興宗教への排斥運動は、苛烈を極めたと伝えられる。

 ペルージュ国内において改宗者は即死刑。

 改宗者と疑われた者には厳しい取り調べが行われ、なおも改宗を認めない者は最終的に審判の泉に委ねられることとなった。

 縄で後ろ手を縛り上げ、容疑者を泉に落とすのだ。

 そして審判の湖に受け入れられた者は無罪。

 浮かび上がり命が助かった者は、審判の神に嫌われたとして絞首刑となる救いのない刑であった。

 新興宗教の熱が大陸より去ってからはあまり使われることのなかった泉だが、それでもまれに審議の難しい罪を犯した者は、審判の泉送りになる者があるという。

 貴族しか見学を許されないこの儀式は、聖なるものというのは建前で要はていのいい娯楽となっていた。


 (どうしてこんなことになったのだろう?)


 人々に押し合いへし合いで連れていかれる間、ロティは他人事のようにそんなことを考えていた。

 どうせ先ほどまで自ら死んでしまおうかと考えていた身である。

 死ぬかもしれないといって、戸惑いこそすれ抵抗するような気は起きない。

 付き添ってくれていた神女たちは人ごみに紛れてしまった。

 そして気づけばロティは、後ろ手に縛られ泉の前に立たされていた。

 大きくはないが底なしと噂される審判の泉は、とても澄んでいるのにその底を見通すことが出来ない。

 どれほどの深さがあるのか、それを知っているのは今までこの泉に沈んだ者たちだけだ。

 この泉に飲み込まれた者の遺体が、浮かびあがることはないのだという。

 ざっと寒気のようなものが走ったが、それでもその場を逃げる気にはならなかった。

 逃げても、無駄だ。

 助けてくれる人も、これといって思い当たらない。

 一瞬ロティの脳裏にアルケインの顔がよぎったが、その名前を呼ぶことははばかられた。

 地上に降りていることを知られるのを、アルケインは嫌がっていた。

 なのにロティの願いを叶えるため、地上に降りてきてくれていたのだ。


 (これ以上、彼を煩わせたくない)


 震えるような恐怖の中で、そんな思いが沸き起こった。

 ロティは歯を食いしばる。


「それでは、審判を!」


 心なしか、上擦った王子の声が響き渡る。

 よく見れば、王子の陰に隠れるようにローブ姿のシェスカが立っている。

 王と遠縁であるという彼女だ。

 王子と面識があってもおかしくはない。

 もしかしたらこの騒ぎは、彼女が裏で手を引いているのかもしれなかった。しかし今更、それが分かったところでどうなるものでもない。

 騒がしいのに、それらの声がひどく遠くに感じた。

 突き刺さる無数の視線は、まるで大道芸でも見ているかのように好奇で光る。


(もう一度だけ、お会いしたかった……)


 ベールの下でロティが目を閉じたのと同時に、後ろから伸びてきた乱暴な手が彼女の体を泉に突き落とした。

 体が水面に、叩きつけられた衝撃。

 わあという歓声、そして悲鳴。ばしゃんという水音。

 しかし水の中に入ってしまえば、世界は静かだった。

 最後に見たのは、水面映る光。

 冷たい水の中息苦しさにあえぎながら、そしてロティは意識を手放した。


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