22 城への招待
深夜に隠れて礼拝堂に行った日以来、ロティとアルケインの距離は急速に縮まっていた。
とはいっても、元が悪すぎたので今は精々友人といったところか。
けれど特別親しい相手がいないロティにとって、彼は十分に特別な相手だった。
それは彼が神だからではない。
彼がロティの話を聞いて、分かろうとしてくれた相手だからだ。
アルケインが地上にやってくるのは、神の定めし七日間の内、平均して二日程度。
部屋に閉じ込められた退屈な生活の中で、いつしかロティはアルケインの訪れを心待ちにするようになった。
彼はいつも姿隠しのマントを持ってきて、ロティを彫刻の眠る礼拝堂へと連れ出してくれる。
宿舎から持ち出した専用の掃除用具で、一晩中掃除をするのがここのところのひそかな楽しみだ。
アルケインと一緒に礼拝堂に行くと、彼はロティでも知らないような神々の話をしてくれる。
美の女神フロテアが人間と駆け落ちしようとして大層困った話や、トールデンがうっかりエレの雨雲に穴をあけて怒られた話。アルケインが地上の醸造所巡りをした時の話や、過去の英雄と称えられている人の困った性癖のせいで起こった大事件など。
どの話も、アルケインは無表情で淡々と話すのに、内容は信じられない者ばかりだった。
ロティはいつも話に聞き入ってしまって手が止まるので、掃除が進まなくて困ったぐらいだ。
そうしてひと月が経ち、ふた月が過ぎた。
その間、ロティはずっとアルケインの来訪を神殿側に黙っていた。余計な期待を抱かせないようにと、彼自身がそう望んだからだ。
けれど二か月が経っても、ロティの軟禁生活が解かれることはなかった。
―――その日。
前のアルケインの訪れから四日が経っており、ロティは彼が今日にでもやってくるかもしれないと、うきうきしながら道具を磨いていた。
最近では、掃除よりもむしろアルケインと会うことが、楽しみになってきているロティだ。
その時、コンコンとドアがノックされた。
「はあい」
浮き立つ心を隠し切れないロティの返事とは対照的に、部屋に入ってきたのはいつもより厳しい顔をしたエインズだった。
ロティは慌てて、掃除用具をベッドの中に隠す。
「随分機嫌がいいようですね。 なにかあったのですか?」
エインズに問われ、ロティは眉を下げた。
上機嫌の理由を、正直に言うわけにはいかない。
「な、なんでもないです。それより今日は、どのようなご用件で?」
ロティが慌てて話を変えると、エインズは一瞬訝しげな顔をしながらも、すぐにいつもの無表情に戻った。
そして彼女は、厳かな口調で言った。
「ロティ」
「はい」
「城からお呼びがかかりました」
「え……?」
思わずロティは、口をぽかんと開けてエインズを凝視した。
自分がどうして城に呼ばれるのか分からないと、その表情は語っている。
「陛下が、是非にと」
「そっ、そんな! もうずっと、アルケインさまはいらしていないのにですか!?」
ロティは思わず、その場で気を失いそうになった。
陛下とはつまり、ペルージュ国の国王。この国の主だ。
そんな相手に会って、一体自分にどうしろというのか。
アルケインがいなければ、ロティはただの彫刻掃除が好きな小娘に過ぎない。一体国王に会って何を話せというのか。
困惑するロティに、エインズは冷たく告げる。
「陛下のご意向です。さあ、支度を」
その言葉が合図だったように、エインズの後ろのドアからは沢山の神女が部屋に入り込んできた。
見覚えのある、ロティの世話係たちも交じっている。
彼女らに、脱がされ洗われ磨かれ塗られ、意味も分からずロティは輿に乗せられてしまった。
(アルケインさまがいらっしゃるかもしれないのに……)
そう思いつつも、彼女が運命に抗う術などなかった。




