16 お開き
アルケインとトールデンはまだ、やいやいと愚にもつかないやり取りを続けている。
「おい、それ以上は飲むな!」
ロティの様子に気付き、アルケインが止めてもすでに後の祭りだ。
コップになみなみ残っていた葡萄酒を飲み干したロティは、意を決して立ち上がった。
しかし所詮は酔っ払い。
突然立ち上がったことで血の気が引き、更には立っていることすら覚束ないふらふら具合だ。
「あれ? わ、わわわ」
転びそうになったロティは、慌ててそばにあったトールデンの肩を掴んだ。
「しゅ、しゅいませ……」
体重をかけてしまったことを謝罪しようとするが、その前に逞しいアルケインの手が脇に差し入れられていた。
気付けば子供のように、持ち上げられて目線を合わされていた。
涙で滲むアルケインの顔は、相変わらず人とは比べようもない美男だ。
抵抗や戸惑いを忘れて、ロティは一瞬その顔に見入ってしまった。
憑依されている時や硝子に映っている時はよくわからなかったが、こうしてみるとやはり彼はあのアルケイン像によく似ている。
向こうが似せたのだから当たり前なのかもしれないが、色と躍動感が追加された精霊王は芸術的な美しさだ。
「だ、大事ないか?」
持ち上げられて安否を尋ねられるというのは、初めての経験だった。
ロティは降ろしてほしかったが、生真面目なアルケインの顔を見てもとてもそう言いだせる雰囲気ではない。
「ちょっと、ロティが困ってるよ」
「うるさい。お前はもうロティの名を呼ぶな」
「え!? なにその理不尽」
「理不尽も何もあるか。大体神に仕える神女に酒を飲ませるなど」
「なんでよ。アルケインお手製の豊穣の酒よ? どの信徒も喜んで飲むっつーの」
「そういうことではない!」
持ち上げられたまま神の口喧嘩を見るというのは、不思議な感覚だった。
兎にも角にも、降ろしてもらわなければ。
ロティは降ろしてほしいと口にしようとしたが、言い争いには口を挟む隙も無い。
だが抱えられている脇と肩が痛くなってきたので、いつまでも我慢できるような状態でもなかった。
持ち上げているアルケインの腕はびくともしないのが、今は恨めしい。
「あ、あの!」
決死のロティの言葉に、アルケインがこちらを見た。
今日初めて目が合って、その深い緑の目に吸い込まれそうになる。
「お……おろして……くださっ」
勇気を振り絞ってどうにかお願いすると、慌てた様子でアルケインが地面に降ろしてくれた。
壊れ物を扱うようなその慎重な動作が、もどかしく感じる。
アルケインの手から解放されると、ロティはようやく人心地着くことができた。
胸の近くに手があったので、息をすることすら満足にできていなかったのだと今更に気付く。
「すっ、すまない」
謝ったアルケインに、トールデンがおやという顔をした。
それも当然かもしれない。
アルケインは普段からは考えられないような、殊勝な口ぶりだ。
しかしトールデンがそのことを指摘する前に、ロティが決死の覚悟で口を開いていた。
「あ、あとっ」
「あと、なんだ?」
「わ、わたしは神女ではないので、おしゃけを飲んでも問題ないとおもい……ます」
アルケインの登場にいささか正気に戻ったようだが、それでもロティの口調は飲みすぎてへろへろだった。
思わぬ反論に、アルケインがピシリと固まる。
「だっはっはっはっは! やっぱあんた最高だよ。ロティちゃん!」
相変わらず胡坐をかいたままのトールデンが、笑いすぎて丸くなる。
「そ、そういうことでは……」
「いやもー最高ね。久々人間界来てよかったわ。いろんな意味で面白いもんが見れたし」
トールデンは立ち上がると、実体化した手のひらでぽんぽんとロティの頭を叩いた。
「じゃ、俺は一足先に帰るから、アルはフォローよろしく~」
「ばっ、なにを無責任な!」
「無責任ってなによ。元はアルがロティの気持ちが分からないって、お前が俺を頼ってきたんでしょ。ちゃんと分かったじゃない。ロティちゃんはお前に無茶苦茶なことしないでほしいだけだって」
「なっ!?」
相談したことを暴露されたアルケインは、真っ赤になって言葉をなくした。
酔ったロティは、神様も赤くなることがあるのだと他人事のように思った。
「だっ、だいたいなんだ! そのロティちゃんというのは」
「アルケインがロティって呼ぶなって言ったんじゃんよ。じゃ、もうお邪魔虫は消えますよ。ロティちゃんまたね」
そう言って手を振るが早いか、トールデンはその場から姿を消してしまった。
随分と人間臭い神様だったが、そういうところを見るとやはり人知の及ぶ相手ではないと思い知らされる。
地面を見ると、彼とロティが使っていたコップが残されたままだ。
「あ、これ……おかえし……を……」
と、そこまで言ったところでロティの意識は途切れた。
思えば昨日から不眠不休で、ずっと祈り続けていたため食事もとっていない。
そこからの慣れない酒盛りで、ロティの体は流石に限界にきていたのだった。