第8話♡ ラッキースケベ?
「やだ……あんっ……ご主人様!あ、あまり動かないで……あんっ♡」
ラッキースケベという言葉をご存じだろうか?
週刊少年誌ジャ〇プやサ〇デーは勿論、青年誌、挙句はBLにドラマまで、その存在は広く知られていることだろう。
時に階段を転げ落ちたらそこには女性のたわわな果実が実っており、それを収穫せんとばかりに揉みこんでしまったり、いつものように家の風呂場に入ったら気になる異性がなぜか風呂に入っていて「きゃっ」みたいな、現実に起こってほしいけどまず起こらない少年、青年、はたまた腐女子の夢である。
「ご……ごしゅじんさまぁ……その……鼻息がおしりに……あたっ……あたってっ!はぁん♡そこぉ♡だめぇ♡」
それが現実となってしまった時、人間の思考は止まるということを初めて知った。
動かないのだ。頭だけでなく、まるで金縛りにあったように体もである。
今、自分の眼前には真っ白く透き通った一枚のショーツが、実る果実をしとやかに包み込んでいるその様が広がっている。つまるところ、パンツというものと共に、イブの全体重が顔にかかっているわけである。
「はぁ……はぁ……ご、ごしゅじんさま♡イ、イブ……もう……♡」
いや、まてー?
どうにもおかしい。その違和感か、生命の危機を感じてか、瞬時に考えを巡らせる。
人生初のラッキースケベでいろんな意味で舞い上がっていることはわかる。しかし体が動かないのはなぜだろうか。
自分が知っているラッキースケベというものは、大体の場合すぐにスケベの相手に蹴り飛ばされたり、風呂桶をフルスイングされて気を失ったりといわゆる「少年誌的お約束、つまりエロスの代償」を支払うはずである。
しかし今のところ代償を支払う気配がない。
そういえば、イブは機械娼婦なのでもしかしたらこのままラッキースケベを受け入れ続けるのかもしれな……あれ、セクサロイドって体重なんキロあるんだろう?
ひょっとして体が動かないのってイブのおしりから全体重が顔に乗っていて、俺の顔の骨がきしみ、血管が圧迫されて血が回っていないような状況に陥っているからでは?
「イブドジテ!(イブどいて!)」
「やんっ♡ごしゅじんさま……顔を……はぁん!そんなにちかづけて……しゃべっては……いけません♡」
「シンジュウ!ゴシュジュンサマシンジュウ!?(死んじゃう!ご主人様死んじゃう!?)」
最上一傑17才が、一体なぜ臨死体験をしているのか。それは10分ほど前に遡る。
「フー、フー、フゥ、フゥンン」
その漢肉体から放たれる技は、口にアダルトなボールをはめ、背中から黒い羽根を生やし、ムダ毛処理がきれいに施されているブーメランパンツ一丁の成人男性という、人間としての汚さとは真逆。
すがすがしいほどに洗練された技に「壊す」というオーラのような、意志のようなものが見え隠れするほどに凶悪な技の数々が放たれていた。
「フン、フン、フン、フン!」
正拳突き、そのまま拳を返し突きの遠心力を殺さずに裏拳、すかさず足をにじりよせ、肉薄、次の技へ。一打一打にサタン山本の筋力が乗り、筋肉が硬直する。まるで空気が震えているかのような錯覚さえ覚えるほどに暴力的な威力で繊細な技が次から次へと繰り出されている。
「山本さん!なんで、こんなことを!暴力的では家庭を持つなんて夢のまた夢ですよ!でもやっぱり、少し強引で力強いところに女子たるものキュン♡ときちゃう!みたいな!キャッ♡」
しかし、イブは何やら余裕である。すんでのところで右へ、左へ、時にブリッジ、時にホップ、ステップ、ジャンプ。見事にかわし続けていた。
走れない!と聞いたときは、今朝母から聞いた「自己防衛システム」とやらが本当にイブにあるか不安になったけれど、どうやらそのシステムとやらは本当にあったようだ。でなければ、サタン山本の容赦ない攻撃の前に既に物理的に破壊されてしまっているだろう。
「ふん!」
気合を入れなおすサタン山本、盛り上がる上腕二頭筋、沈み込む腹筋、なぜか膨れ上がる局部。いや、だからそこ関係ないだろ!絵が汚いんだよ!
ふと、先ほど渡された名刺を改めてみる。
『キリスト教、福音派、排斥司教 サタン山本』
確か「機械娼婦の歴史は、宗教との対立の歴史といっても過言ではない」と、社会の田中先生は言っていた……ような気がする。
古くから人の命を機械に宿すことを良しとしない宗教、宗派は多かったらしい。機械娼婦の前身である機械人形でも「ロボット開発は好きにやりなさい」と言っていたキリスト教の多くの宗派や、イスラム教など多くの宗教が、結局考えを改めなくてはならなくなった。
と、社会の教科書にノベルを挟んで読んではサボっていた、いつかの授業で聞いたような気がする。
「やめてください!山本さん!イブはあなたを傷つけたくありません!暴力反対です!拳を収めてください!」
人間と機械人形の区別がつかなくなり、人間以上にアンドロイドの労働時間のほうが長くなって、人間以外が主役となった現実。
機械娼婦の登場で本来の人間同士のセックスよりも、男女ともに機械娼婦との性行為のほうが手軽で生身よりも臨場感が味わえるようになったり、実際の性行為は男女ともに手間やしがらみが多いため廃れていってしまったこと、などが原因だとかなんとか。
「フン、フン、フンフォーウ!」
特に「機械という人間によく似たまがい物と性行為を行うことは、「婚前行為は死罪。行為は究極の愛情表現である」と言った教えを説く、多くの宗教の逆鱗に触れた。
その機械娼婦の登場で、機械人形問題で既にくすぶっていた機械人形VS宗教との火ぶたが明確に落とされたわけである。
実際、最上インダストリアルの警備はホワイトハウスの警備状況と並ぶとかゴシップ誌に載っていたのを見かけたことがあるし、機械人形をめぐるテロや国をあげての排斥運動が行われていたりする。
「イブは……イブは手を出したくありません!ご主人様に危害が及びそうなら容赦はしませんが、イブは女子なのです!暴力反対なのです!女子力がすべてなのです!」
あれ、そう考えると機械娼婦の最先端を行くイブが狙われるのって割と納得がいくのでは?能天気に「美少女とお出かけやったー!」とか思っていた童貞って馬鹿だったのではないだろうか。
「フン!フン!フ、フン!ヌン!」
「ふははー!あまいです!スウィートです!」
……それにしてもイブの防衛プログラムとやらはすごいな。既にサタン山本がイブに殴り掛かってきてから5分は立っているはずだ。筋肉にモノを言わせた拳の連撃や、様々な角度で拳と共に繰り出される蹴りを一発も食らうどころか、コロンを抱えたまま楽しそうに躱し、喋っている。
おかげでひやひやしていた心も遠くへ、どこか安心して見てしまっている俺がいる。
「ふん!ふん!ふぉおおおおお!」
正拳突き、勢いを殺さず肘、中段回し蹴り、からの遠心力を生かした下段蹴り。
しかし、サタン山本やらもすごい。全身を使って様々な技を次から次へと繰り出して顔色一つ変えていない。
「ふぉ!ふぉぉぉ!ふふぉん!!」
しかし技の洗練された空手のような動きに対して相変わらず汚い外見と声である。汗をかいてきたせいでさらに暑苦しくフォームチェンジしている。
……おや、サタン山本選手、ここで手を止めたー!
「山本さん!やっと分かってくれましたか!暴力では家庭を築くことはできないと!」
イブ?まだその家庭ネタ引っ張るのか?
「ふー、ふーふーんふんふん。(笑止!たかが機械人形と見くびっていたが、このサタンの技をここまで凌ぎ続けた胆力、称賛に値する。)」
いや、確かにサタンさん技すごかったけどイブに遊ばれていただけでは?
「ふん、ふーんふんぬん!(しかし時をかけすぎた!余興はここまで!サタンの妙技、刮目してみよ!)」
そう言い「フン!」と気合を入れ、ブーメランパンツに両腕を突っ込むサタン選手!
「気を付けろイブ!今までと何か雰囲気が違う!」
「ご主人様!心配ご無用です!イブの女子力は53万です!」
ドラゴン〇ールの戦闘力か!?というかどうしたその無駄知識!?
「フン!」
そうサタンは気合を入れ背面を向き、
「フンフーン!(秘義、堕天使降臨!)」
そうつぶやいた刹那、サタンの背中に生えていた黒き翼が爆発した。