第7話♡ 暗黒神、サタン山本は家庭を持ちたい
「ほぅふぅふふふぅぅ!!」
最上一傑17歳、人生で初めて絶句というものを体験している。
その変態は口にボールのようなものをはめて、髪型は一角獣の様に雄々しく一本にまとめっていた。体はボディービルダー顔負けのバキバキに鍛えられた筋骨隆々の漢肉体。彼に唯一の良心があるとしたら、局部だけはブーメラン型でピッチリと肌に張り付いた際どいパンツで隠されていることだろう。
「ふぅぅぅぅ!」
口にボールのようなものがゴムバンドではめられているので一体何をしゃべっているのか理解できないが、そのご満悦そうな笑みからなんとなく「してやったぞ!」みたいな内容はなんとなく理解できる。というかあの口にはまっているボール、知名度は広くないはずだけれどギャグボールってやつじゃないだろうか。SMプレイに使うやつ……とか冷静に考えている場合ではない!イブは走れない!しかし変態は目の前に!どうする俺!どうするアダム!
「ふぅふぅふぅ、ふふふぅ!ふふふ、ンフゥー!」
変態は右手の人差し指でイブを指さし、興奮しながら何かを喚いている。
「んふぅー!んふぅ!ふんふん!」
……しかし喚くだけで何もしてこない。イブを指差し、喚き散らす。
「んふぅ?んふぅ!んふぅふぅ!」
なんだろう。徐々に恐怖よりも、一向に何を話しているのかわからない変態に腹が立ってきた。というか文章で見るとわめいているだけの変態って放送事故みたいな存在じゃないかな。
「ご、ごしゅじんさま!へんたいさん、私たちの仲間になりたいみたいです!」
ねー!と変態の横に並んでこちらに笑顔を向けるイブ。いや違うじゃないかなそれ、変態さん焦ったように首を横に振ってふーふー言っているけど。
「ふー!ふぅー!ふぅー!?」
必死そうな変態。なんか手ぶりも左右に「違う違う」って動かしてるし絶対違うって。
「へんたいさん、『なかなかやるではないか!ほめてつかわそう!』って言ってます!」
「ふー!?…………ふー!ふふー!ふー!」
「え、なんですかへんたいさん……ふむふむ。『私はダークネスベホマズンに仕える伝説の暗黒神パルプンテなりー!ふはははー!ひれ伏せぐみんどもー』だそうです!」
ドヤッ、と通訳という名の意訳を終えるイブ。あーあ、変態さん顔真っ赤にして顔両手で隠しちゃった。恥ずかしいよねー、そんなことしゃべってないのに、なんだか中二的な痛々しいこと喋ったことにされちゃうとつらいよねー。でもしゃべれないお前が悪いんだぞ。
その後も変態の必死なジャスチャーも無残、イブのなんだか声に出すと痛々しい言葉たちで意訳されていく。
「ご主人様!この変態さん、その昔は真っ当な勇者として、ダークネスベホマズンを倒すことを目標に旅をしていたそうです。そんな最中、旅の途中にあったダークな転職できる神殿で勇者から賢者に転職しなければいけないときに、職業選選択欄の勇者の横に「暗黒神」って書いてあって『あれ、勇者よりも暗黒神の方が楽そうで、かっこよくて、将来安泰じゃないかな。勇者って言ってしまえばその日暮らしだし、辛いし、収入安定しないし、家庭を持つなんて夢の夢だし、神のほうがよさそうだな』って出来心で暗黒神に転職したそうです。しかし!転職してしまったが最後、魔王のご機嫌をとって、魔物たちの仕事の管理をしなくちゃいけなくて、サービス残業はなんのその、家庭なんて持つ暇がない、社内恋愛をしようにも顔がどこだかわからないような魔物ばかり。とても嫌な転職をしてしまった。おかげで心はボロボロよ。勇者のほうがまだましだった。草の根分けて冒険した、わくわくと冒険心を持っていた昔に戻りたい。魔物のメスと家庭を築くというデンジャラスな冒険心なんていらない。と言ってます!」
ねー!って変態に微笑むかけるイブ。とうとう体育座りで丸くなって土をいじりいじける変態。
というか長い。絶対に変態の発言の長さに対して、しゃべっている中身が明らかに長い。というかイブ、いったいどこでその無駄な言葉たちを覚えてきたんだ。
暗黒神って暗黒なだけにブラックなサラリーマンみたいなやつだったんだな、とイブの妄想に哀愁を感じる。まったく言いたいことが伝わらず、可哀そうな妄想話をずっとしていたことにされている変態の丸まった背中にも哀愁を感じる。しかし、しゃべれないお前が悪いんだ……なんかイブに振り回される仲間が初めてできたような仲間意識のようなものが芽生えそうになるが、変態との仲間意識など心の底から願い下げである。
「……ふん……ふふん」
突然、体育座りのままブーメランパンツの中を両手でいじけながらまさぐりだす変態。あかん!完全に絵がやばい。筋骨隆々(マッチョ)の背中に黒い翼をはやし、口にアダルトなボールをはめられた成人男性が、公園でブーメランパンツの中に両手を突っ込んでいる。汚い!絶望的に絵が汚い!
「イブ、本物のへんたいさんに出会えて感激です……うっう……あれ、下のお口から涙が……」
おまえも変態かー!イブゥー!?
「イブ、下とか口とか言わないの!涙は目から流れるものなんだ!それは違うからね?それ涙じゃないからね!?」
「ふんふん……ふん!」
ブーメラン変態野郎の手がいつの間にかに止まっており、その両手にはとても小さな紙が握られていた。おい、その紙どこから出した?
「ふんー」
「あ、ご丁寧にどうもどうも!私セクサロイドのイブと申します!」
イブゥ!!?自然に受け取るんじゃない!大丈夫!?ちょっとカールした毛とかついてない!?
「ご主人様!彼、サタン山本さんという方だそうです!」
そう言って先ほどの紙をこちらに手渡してくるイブ。受け取らずにそのままそ紙を眺める。先ほどの紙はどうやら名刺のようだった。キリスト教福音派、排斥司教。サタン山本と中心に大きく書かれたとてもシンプルな名刺。
「ふふんー!」
自己紹介にご満悦なサタン山本。殴りたい、その笑顔。
「ご主人様!ご主人様!イブ、これまで山本さんの言葉を聞いてきて、私の中に宿る翻訳機能が疼きだしました……これからの翻訳に自信があります!」
「本当かイブ?というか山本さんって言うと外見に名前負けして可哀そうだから『サタンさん」って呼んであげような。そして翻訳機能は疼きだすものじゃないからな」
イブ、中二的な発想にノリノリだな。確かに産み落とされた手前、痛々しい想像をする中学二年生的な期間を体験していないイブにとって、自分は特別だと思って痛々しい妄想にふける時間は大切なのかもしれない。
「ふふうぅ!ふんふー!ふーふふふ!」
「改めて名乗らせていただこう!私の名は排斥司教、サタン山本!神の信徒にして使徒!憤怒を司る司教である」
イブの同時通訳が入る。なんかそれっぽい。
「ふんふふふん!ふん、ふん!ふふ。ふーん!ふーん!(罪人イブ、機械にして性行為を生業にし、人ならざる体に魂を宿すなど、言語道断の存在!許されない不浄の存在!今、介錯してくれるわ!)」
そう言い切って、イブと目を合わせた山本さん。目で通じ合ったのか、言葉が通じてうれしかったのか、はたまた完璧に翻訳できてうれしかったのか、ハイタッチする変態と変態。
あれ、今介錯してくれる!とか言ってなかった?友情が芽生えちゃったらまずくない?なんか敵対するために出てきたみたいだけどまずくない?
「ご主人様!うまく通訳できたみたいです!イブ、嬉しいです!」
イブゥ!?サタンさんどうやらイブを破壊しに来たみたいだよ!?発言の中身分かってる!?通訳の達成感で嬉しくなってない!?離れて?離れて!?
「ふんふふふん!ふん!(ええい、面妖な!巧みな話術で我が心を持て遊ぼうなど!時をかけるは愚策!今この場で介錯してくれる!パワーをマッチョに!!)」
そう言い切り、そのムキムキでバキバキの筋肉に力を入れる。
大胸筋が膨れ上がり、上腕二頭筋は元の倍ほどの大きさに山のようにそびえたち、腹筋は谷のように割れていく。
そして何故か無駄に膨らんでいく局部。やめろ!絵が汚いんだよ!そこは関係ないだろ!
「……ふんっ!」
ひと気合、変態はイブに向かっていった。
※山本さんは20代前半の量産型サラリーマン(男性)みたいな顔をしているらしい