第3話♡ 初めてのお出かけです!
「ご主人様!これほどの人、人、人!見たことがありません!あれだけ子供がいるということは、それだけ親密で愛のあるセックスがこんなにもたくさん行われているということなのですね!」
俺、最上一傑は年齢イコール彼女なしの童貞である。つまり、女性へのプレゼントなど生涯一度も考えたことがなかった。まして、機械娼婦への誕生日プレゼントであればなおさらだ。というより、彼女へのプレゼントなど人類初なのかもしれない。
「ご主人様!あの噴水は何でしょう?もしかして私の知らないハードなプレイに使用するのでしょうか?あっ!本物のラブホテルの看板です!……ふむふむ、休憩3000円から……ご主人様、休憩ってなんですか?」
「休憩ってのは、心の休憩のことで体はむしろ疲れることを言うんだよ」
なぞなぞの様な答えに考え込むイブ。ラブホテルでは短時間のホテル利用を『休憩』と表現している。 昔、休憩ってなんだ、と思って調べた記憶がここで役に立つとは。もちろん休憩とは名ばかりであり、実態は大人の運動場だ。
「休憩……きゅうけい……むむむ、すろーせっくす?」
イブはここ吉祥寺の駅前につくまで、休まる暇なく質問や感想を繰り返していた。絵にかいたような美少女がメイド服を身にまとい、声も大きく、身振り手振りも大きい彼女。
注目を集めてしまうのは仕方がなく、うるさくて申し訳ありませんと周囲へ頭を下げつつも、無邪気にはしゃぐイブを見ているのはなんだか微笑ましい。静かにさせつつも、イブの笑顔を見ているのもなんだか和むという二つの合間に苦悩するセクサロイドのアダムこと俺は、すでに疲れ果てていた。
「ご主人様!あのディスプレーに映っている『さーびすたいむ780円』というのはどういったサービスなのでしょうか?チラリズムなさーびすでしょうか⁉」
「イブ、世の中は性行為のことばかりではないと何度言えば……あれはランチタイムって言う、喫茶店で金銭的にお得なメニューが頼める時間帯のことなんだ。……あれ、そういえばイブは喫茶店とか『お店』のことはどれぐらいわかるんだ?」
すでに市場に出回っているセクサロイドの大部分には、性行為の臨場感を盛り上げるために一般教養はデータとしてインプットされているらしい。では、その最先端であるイブにはどれぐらいの知識量があるのか気になるところだ。
首を傾げ、10秒近く考え込むイブ。
「……えっと、喫茶店は飲料を主に提供しています。食料がサイドメニューで、いろんなお客様がいて、変態との遭遇率は皆無です!プレイ適正はC+。と記録されています!」
ジーザス。喫茶店をプレイに使用するってなかなかのシュチュエーションじゃないか。というか変態との遭遇率ってなんだろう、ほかのお店にも設定されてたりするのかな?
気になるし、少し聞いてみるか。
「イブ、あの靴が大量にあるお店『靴屋』っていうんだけれど、どんな理解をしてるんだ?」
「靴屋さんは多くの材質、デザインが違う履物やそれと関係がある小物を販売しているお店で、いろんなお客さんが利用しています。変態との遭遇率はやや少なく、プレイ適正はE-と記録されています!」
えっへん!とでも言わんばかりにどやっ、と説明を終え胸を張るイブ。胸を張った反動で乳揺れというものが……ではなくて、何かツッコミどころがあった気がするんだが。
「イブ、なんで靴屋には変態がやや少ないなんだ?喫茶店が皆無ってことは、靴屋も特に問題はないような気がするんだけど」
そうなのだ、靴屋で変態と遭遇するシチュエーションが思いつかない。
「えっとですね、靴屋さんには試着で使用した靴底の匂いや、様々な材質でできた新品の履物からの香りで興奮を覚える『匂いフェチ』という種類の変態が出現すると記録されています」
あの痴女がインプットしたんじゃないかな、この誰が得をするのかわからない変態適正っての。頭が痛くなる無駄機能だな……というか靴屋ってそういう風に見られているのか、靴屋は思っていた以上におぞましい空間なのかもしれない。
「ご主人様!あの壁に映っている丸くて小さいのはなんでしょうか!」
突然、よほど気になるのか子供のような無邪気さで飛び跳ねながらデジタルサイネージを指さすイブ。少し高い位置にあるため仰ぎ見る。
えっと、あれは毎週日曜日の朝にやっているアニメーションの宣伝動画、だろうか。
子供のころに見ていた内容と同じならば魔法少女を題材にした作品で、美少女が玩具の販売を催促してくるプリディギュアシリーズだったはずだ。しかし丸いのって何だろうか。
「イブ、丸いのってなんだ?」
「ご主人様は見るのが遅いです!あっ!あれですご主人様!」
再度デジタルサイネージに目を戻す。むむ?あれは確かプリディギュアのマスコットキャラで……名前は何と言ったかな、そうだ!コロンだ!
「あれはコロンって言って、プリディギュアシリーズに毎回出てくるマスコットキャラクターみたいなやつでな、場合によっては黒幕だったり、実は敵に洗脳されていて味方を裏切ったりとシリーズごとに展開が読めないキャラクターなんだ」
コロンは日曜日の朝には全くもってふさわしくないキャラクターだと個人的には思っている。
「はわぁ……♡あのつぶらな瞳と、犬みたいなかわいらしい外見、それでいて純粋そうな澄んだ瞳。それにあの犬耳!子宮にズキュンときます♡」
子宮にズキュンとくるのかー、そうかー。
「ところでイブ、プレゼントを探しに来たのはいいけれど、何かほしいものはあるのか?」
気が付けばイブのペースに飲まれてしまっていたことにはっとし、本筋に戻ろうとする。そういえば本人の希望を聞いていなかった。予算は……うーん、頑張っても1万円以内かな。多少バイトしていて余裕があるといえど、財布を空にはしたくないし……イブはあくまで機械セクサロイドだしそこまでお金をかけるのもなんだかな。
「うーん……うーん」
首を傾げ、眉間にしわを寄せ考え込むイブ。考え込むイブはかわいいなぁ、思わず撫でたくなる。かといって本当に撫でる勇気は俺にはない。
「えっと……ご主人様?」
「なんだイブ?」
「イブ、プレゼントというものが物を通して気持ちを伝えたり表したりする、大事なものや行動であることはわかっているのです。なのですが……なにが欲しいといわれてもご主人様の愛以外、思い浮かばないのです」
愛と申されたか。童貞には難題でしかなく、縁遠いお言葉である。
「なので、ご主人様の愛をください♡」
直球だと⁉いかん、イブの満面の笑みでのおねだりの破壊力が凄まじい。いかん!耐えろ!気をしっかり持つんだアダム!踏みとどまれアダム!
「よし!それじゃあ街中を歩いてみようか!」
踏みとどまれたのは僅か数秒、とりあえず歩くという名目で話題をそらしこの恥ずかしさから逃げることにした。我ながら童貞だとは思うけれど、プレゼントのアイデアも思いつかないし、とりあえず歩いていれば何か見つかるかもだし。
「はい!ご主人様!」
疑うことを知らない、天然娘イブは無邪気な笑顔でうなずき、とてとてと俺についてくる。
機械といっても、はたから見ればただのメイド服に身を包んだ美少女にしか見えない訳で、少しだけ周囲に優越感を覚えはする。が、ここまでの道中で降りかかった心の負担を考えれば、この一歩一歩は正直嬉しくも胃が痛くなる。そんなうれしくるしい一日は、未だ15時を回ったばかりであった。