第9話♡ サタン山本、爆発
正直、サタン山本の背中に生えていた黒い翼は、ただ変態を強調するためのオプションパーツだと思っていた。まさかその翼がはじけ飛び、翅となってイブと俺に向かってくるとは誰に予想できようものか。
くっ!一本一本が「翅」というイメージとはかけ離れた切れ味を持って飛んできているため、かすった場所から紙で皮膚を切った時のようなツンとした痛みの乱打が俺を襲う。
命の危機を感じ、慌てて顔を両手でかばい、背をかがめて翅が襲い掛かる面積を少しでも減らそうと必死にに体動かすが、もし突き刺さりでもすればあの羽の大きさからして内臓まで到達するかもしれない。
突然訪れた死の恐怖に体の体温がすっと冷え込み、体の端々まで力が無駄に入ってしまう。
……が、次にやってききた感触は、鋭い痛みや突き刺しえぐるような鈍い痛みではなく、ふくよかで柔らかい二の腕の感触であった。
「ご、ごしゅじんさま……っ!」
「イブ!?」
そこには サタンの猛攻から俺をかばう様に攻撃の合間に割って入り、全身で包み込むように俺をかばった彼女がいた。
「イブは、ごしゅじんさまの……っ!一傑様だけの!セクサロイドです!私の命に代えてもお守りいたします!」
小刻みにイブの体が震えているのが、押し当てられている体や包み込むように俺をかばうイブの体から感じとれる。恐らく翅がイブの人工皮膚を切り裂き、時に皮膚に突き刺さっていることへの条件反射だろう。
「イブ!?どうしてそこまでして守ってくれるんだ!?今日あったばかりの男を!そこまでする必要はないだろう!」
あれだけの威力の翅をまともに何発も食らってしまっては、とても機械娼婦でも無事で済むはずはないはずだ。それに機械娼婦には痛覚がある。多少打たれ強かろうとも、人と同じく痛みは感じるのだ。
「イブ!無茶をしないでくれ!俺にとって……俺にとってイブは!とても可愛らしく、まるで妹ができたような、そんなほってはおけない存在になってしまったんだ!イブを失うようなことになったら、とても俺は後悔から立ち直れない!」
「い、妹だなんて……セクサロイドの私に……いたっ!……もしイブと、ごしゅじんさまとでセックスしたら……近親相姦になっちゃいます♡は、ハレンチです♡アブノーマルです♡」
こんな時でも明るい返しをしてくれるイブの優しさにいてもたってもいられず、顔を上げる。そこには翅の直撃を耐えつつも、屈託なく微笑むイブの笑顔があった。
「ご主人様……。私の感情は、昨日まで用意された偽物の感情しかなかったのです。でもイブは今日、ご主人様の人と機械とで差別のない心遣い、そしてイブを心から思う優しい気持ちに触れました。……イブは本当のことを言うとずっと不安だったのです。ご主人様に嫌われないか、優しいお方なのか……イブはしっかり尽くして学んでいけるのかな、とか!」
サタンの攻撃はまだ続いている。イブの肩を翅がかすり、人工皮膚が切れ人工血液が柔肌を伝う。
「そして今日!ご主人様と一緒にいて、とても心がぽかぽかする温かい、データでしか知らなかった『やさしさ』のような気持ちと出会いました!……そしてイブはもっと一傑様の優しさに触れていたい!もっと一緒に成長したい!そんな強い、偽物でない本物の気持ちを強く持てたのです!」
心が痛い。イブの気持ちの純真さに。そのイブに守られて、あたかもイブを失うかもしれない今に。
「イブ…………」
「イブは!……イブはご主人様と一緒にいたいです!ご主人様のために何でも尽くしてあげたい!一緒に成長したい!そう感じているのです!!」
そう言い切り、屈託のない子供のような無邪気な笑顔。
イブの笑顔に初めて出会ったとき、女性体制が皆無の俺は目をそらしてしまった。
しかし、今はしっかりとその目を見つめ返せる。イブの無邪気さ、嘘のない真剣な気持ち、俺を思ってくれる優しさ。色々な感情が入り混じった、ガラスのように透き通った空色の人口眼球を。慕ってくれる存在がいることの、今まで感じたことのないあったかい気持ち。
これが大人たちの言う愛情というものなのかもしれない。
「フハハハァー!どうだ!我が漆黒の羽が織りなす、秘儀堕天使降臨は!我サタン山本!封印を解かれ今、井之頭公園に降臨せりぃぃぃっ!」
そう遠く己を誇示するように叫ぶ声が聞こえる。と同時に翅の攻撃が止まった。
「イブ!大丈夫か!?」
庇われてばかりではいけない!イブの肩をつかみ、語りかける。しかし、イブは笑顔で、
「ご主人様。イブは大丈夫です!これでも最先端の機械娼婦ですから!」
そうドヤッ!と言いながら立ち上がるイブ。よかった!元気そうだ!もし無事でなかったら泣き崩れてしまっていたかもしれない。
そして微笑みながら遠くからの声に振り返るイブ……のだが、背中に翅が無数に突き刺さっていた。
おやー?めちゃめちゃ翅刺さってるような。多分余裕で2桁は刺さってそうだけど……。
すんごく痛そうなんだけど……
「……イブ。その……言いづらいんだが…………本当に大丈夫か?」
するとイブは一瞬間をおいて、メイド服の袖で顔をぬぐう動作をしてからから振り返り、
「だ、だいじょうぶです!ほ、ほんとのほんとに大丈夫ですからね!?……!」
その瞳にはうっすらと涙のようなものがたまっていたように見えた事は、心にそっとしまっておくことにした。




