零話目 神との対話
よろしくお願いします。
次に目を開いた時、視界に移るのは満天の星空だった。
首を廻らせても視界に移るのは煌々と輝く星、星、星、私は星の海の中を漂っている。
想像と違うが此処が死後の世界なのだろうか?
三途の川だとか、眩い光の中に座す人だとか、お花畑だとか、閻魔様へと謁見するための長い行列だとか、まぁ実際目の前にある光景に文句を言っても始まらないわけだけれども。
現実ではありえない今の光景を見たかぎり自分が死んだのは間違いないのだろう。たぶん。おそらく。
さてこれからどうしたらいいものか、と考えていると前方に白い霧のようなものが漂いだし、それは見る間に収束して一つの人型を形作る。
「やあ、こんにちは」
目の前に現れた人型はこの非現実的な空間にあって、散歩中知り合いにあった、とでもいうような軽い挨拶を口にしてニッコリと笑った。
そう言う彼か、彼女か恐ろしく整った顔立ちであるために性別が判別できない目の前の人物を一言で表すのならば 白 だ。髪も、肌も、身体を覆うゆったりとした外套も、果ては目の中の瞳孔までもが白い純白の君。神々しくも純粋すぎて恐ろしい… それが第一印象。
それを見透かすように彼か彼女は笑みを深くする。
「別に恐れる必要は無いよ、悪を好み、悪を愛し、悪に殉じた悪の参謀、偽りの首領閣下」
その一言で私の警戒レベルが撥ね上がる。
それを知るのは真の首領である彼と、彼の元に残してきた信の置ける同胞数名のみであり、最後まであの戦場に残った同胞達は自分が首領であると信じていたし、事実宿敵でさえ最後まで自分を首領であると信じて疑わなかったのだ。
何故初対面である目の前の彼か彼女が知っているのか。
だがそれは一つの閃きによって解消され、警戒レベルも徐々に下がり、平時のそれへと落ち着いた。
「ああ、なるほど貴方は、神とか言われているようななにかか…」
なんのことはない、目の前の存在が全知全能だとかいわれている存在であるならば知っていてもおかしくはないと妙に納得できた。
「ん? うん、そうだね。それも私を表す言葉の一つだ」
「では神のような者よ、私になんのようだ?」
たかが人間一人のために神のような者が目の前に現れて声をかける。
普通ならそんなことはしないだろう、神に時間の概念が無いとでもいうなら話は別だろうが。
ならば何故今こうして私に会いに来ているのか、何か問題があるか、何かをさせたいのか、いづれにせよ用事があるのは間違いないだろう。そう思い放った言葉だったが、彼か彼女からの返答は予想外のものだった。
「うん? そうだね、あるような、ないような。しいていうなら君が意図した訳ではないだろうけど今の君の魂には数億に及ぶ魂が内包されている。それがなかなか珍しくてね」
彼か彼女改め神の言葉に首を傾げる。
科学の世界にいた私に対して魂だとか、そんなオカルト系言語を出されても理解に苦しむのだが、だいたい数十億の魂が内包されているとは?
「ああ、理解し辛かったかな? わかりやすくしよう。魂一つ一つが内包するエネルギーを数値として普通の人間ならば内包する量を一とする。これは子供も大人も老人も変わらない。たまに内包する数値が十や百の者もいるけど極々少数だ。そんな中今君の内包するエネルギーは数十億に至っている。これがどれだけ異常なことか解るかい?」
理解できるかな? といった風に首を傾げ神は先を続ける。
「これは君がおこなった大量虐殺による弊害だ。今私達の周りを漂う星々が見えるかい? これら一つ一つが君がいた宇宙と同じものだ。ああ、これが君がいた宇宙だね」
そう言って神は一つの星を手の平の上に浮かせて見せた。
それはよくよく見ると星ではなく球体の中に星々が詰め込まれた宝玉のようだった。
その宝玉からは漏れ出るように光の粒子が溢れ暫く漂うと他の星に吸い込まれていく。
「これは世界の宝珠。これ一つに一つの宇宙が内包されたものだよ。そして今この世界から漏れ出ている光の粒子の一粒一粒が人一人分の魂だ。本来ならば、その魂が存在する宇宙の中で循環されるはずが、君がおこなった大量虐殺による数十億の死が宇宙の処理速度を上回り、外に漏れ出してしまっている。本来ならば起こりえない現象。それゆえに美しくもあるがね」
神が語らう間も、その手の星から流れ出る光の粒子は止まらない。
「君も同じように漏れ出た訳だが、他と違うのは他の魂が君への執着によって君へと吸収されたことだ。これは殺された者達の最後の意識が君に向いていたからだろう。恨み、怒り、恐怖、負の感情でも方向が向いていれば関係ない、本来なら他の魂の意識に呑み込まれ混ざり合い最後には弾けて霧散するだろうに、君は君の意志を保っている。これはなかなか凄いことだ。誇って良いよ。ああ、だけどこれは少し問題があるのかな?」
「………」
自覚はないが私は普通であれば無理なことを成し遂げてしまったらしい、それによって今の現状があると―――
「それで? 問題とは?」
私は顎に手を当てながら疑問を口にする。
それを知らなければどうすることもできない。
「数十億の魂を持つ君を異常なく内包できる宇宙は私の神座にも数える程しかないんだ。勝手に他の世界へいかれて異常が起きても困るしね」
それはつまり… どうなるというのだろう。
「生まれ変わり、又は召喚という形で私が君を次の世界に導こう。生物は生まれ死ぬ。そして魂は廻り、また生まれる。それが世界の理。今回は変則ではあるがね。今の君の魂の自我は濃すぎて記憶を引き継いだままになるだろうけれど、それはまぁ仕方ない」
生まれ変わり。
それは人生の再開、又は新生とでもいうのだろうか。
至高と信じた最後。
自分が思い描いた中でも最良と言えるものだったと自負できる。しかし―――
「満足はしただろう。だがそれで? さらに先を目指さない理由は? 次の人生があるとすれば?」
神が語る言葉は蜜のように甘く、甘く私の中に染み込んでいく。
「まるで悪魔の誘惑だ」
「フフフッ、それも私を表す言葉の一つだ」
そう言って神であり悪魔でもあるという彼か彼女は笑う。
「わかった。貴方の思惑通りにことを運べば良い、次の世界について教えてもらっても?」
「本来は語っても忘却してしまうし意味はないのだが… まぁ君は特例で異例で異常であるし問題ないか。君が来世を生きることになる世界は発生して間もないが魂の純度が他の世界と比べて高い、そのため君を許容することができるのだけどね。先程の例を当てはめるなら人一人の平均の魂総量が百といったところだ。つまり君があちらに生まれ変わる又は召喚されると数百万人分程の魂総量を持つことになる。規格外ではあるが、あの世界では珍しいくらいですむ程度だ。文明レベルは下の中、君がいた世界が上の下といった所だから大分下だね」
「…なるほど、私に対して何か制約のようなものは?」
「無い」
「私の自由にしていいと?」
「おかしなことを言うね? 生物は生まれた時から自由だ。何をしようとその者に決定権と責任がある。私にそれを侵害する気は無いよ」
「確かに。確かにそうだ。理解した」
神は眩しいものでも見るように目を細め言う。
「悪を愛する者、悪を究めようとする者よ、君が来世で実りある生を送れることを祈っているよ」
「それはどうも」
祝福とも取れる言葉に私はそっけない態度でおざなりに礼をする。
私は無神論者なのだ、たとえ目の前にそれに近い存在がいたとしてもだ。
神の存在に涙し、祈りを捧げるような感情は私の心の引き出しの中には生憎と在庫がないのだ。
もしそのすじの聖職者であれば目から滂沱の涙を流して感涙したであろうに、まことに残念至極である。
そんな態度に対しても彼か彼女は微笑を浮かべて手を振ってきた。
それに私も微笑を浮かべて演者が舞台から下りる時のように大仰な身振りで礼を返す。気分は幼い子供が手を振ってきたのに優しく手を振りかえす好青年のそれだ。
ただ最後に彼か彼女の微笑が一瞬、悪童が浮かべるような悪戯が成功した時の意地の悪い笑みに変わったのが気になったが。
次の瞬間、私の姿は光となって光速で彼方で輝く星へと進んでいく。
悪が好きだ。
悪が好きだ。
悪が好きだ。
私は悪に恋している。
私は悪を愛している。
私は悪を崇拝している。
それが私だと胸を張って言える自分を誇りに思う。
来世でもそれは変わらないだろう、来世で望むは至高と言える悪の道。
そう胸に誓い私は来世へと踏み出した。
神から与えられた次の人生へと悪の参謀は一歩を踏み出す。
次に目指すのは至高といえる悪の道。
次回「始まり」
異世界を巻き込んだ悪の道が幕を上げる。