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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第三話
9/43

踏み躙られた蹄に、女が嗤う2

 そして、用事があると言って一人出かけた穂摘(ほづみ)はと言うと。

 彼は、電車を乗り継ぎして隣県に向かっていた。

 ワンショルダーリュックに最低限の荷物を詰め込んでの、ちょっとした遠出。

 私服ではなくスーツで行きたい所だったのだが、今日の日差しは暑く、穂摘にそれを選ばせなかった。

 テーパードになっているチノパンを履き、七分のカーディガンを羽織って、彼は車窓に流れる景色に目をやる。

 山で隔たれた隣県への道中は、日差しで森が常盤色に輝いていた。

 今日もいい天気だ。

 裏の仕事の対談などとは、とても似つかわしくない程に。

 そんな事を思いながら、穂摘は手に持っていたペットボトルの中身を一気に飲み干した。


 目的の駅に着き、面倒なのでさっさとタクシーに乗って目指したのは、とある高層マンション。

 穂摘もそれなりに良いマンションに住んでいるが、これは完全にランクが違う。

 こういう物件でも探してみるか、と一瞬考えた穂摘だったが、アリアとの稼ぎは水商売に等しい。

 安定していない以上は危険だと判断し、あっさりと諦めてマンションの玄関ホールに足を踏み入れた。

 管理人が常駐しているタイプで、会う予定の人物との連絡がつき、その部屋へと案内される。

 上層のワンフロア全てが今回の依頼主の部屋らしい。

 確か前情報では、今回の依頼主はまだ二十歳そこそこの若者だったはずで、親の金と考えたほうが無難だろう。


 穂摘は普段、メールを使って依頼人とやり取りをする。

 最終的には勿論会うが、まず妖精の仕業と判断出来る情報を得なくては依頼を受けようが無いからだ。

 だが、今回の依頼主は少し勝手が違った。

 穂摘側はあくまでまずはメールで話を切り出そうとするのに対し、依頼主は何故か直接会って話をしようと持ち掛けて来たのである。

 受ける前からかなり不安をかきたてる状況と言っていい。

 けれど穂摘もアリアも、本当の目的の為には仕事を選んでいる場合では無い為、何かそこに超常現象がある限りは話だけでも聞いておかねばならない。

 そういう理由で今、彼はこの場所にわざわざ足を運んでいた。

 そんな思惑のある穂摘を無愛想ながらも迎えてくれたのは、短めの茶髪でやや目つきの悪いの女性。


「早く入って」

「ああ……どうも」


 穂摘は、またしても前情報との印象の食い違いにより、内心驚いていた。

 前情報としてメールで送られていたこの人物の名前は「更科翔(さらしな しょう)」。

 先入観は良くないな、と改めて青年は自分を律する。

 男性と勘違いしてしまいそうな名前の更科は、目に隈が出来、目つきや顔色は悪いものの、見た目はまだ高校生でも通じそうな女性だった。

 ボーイッシュではあるが、女性らしい色気もそこはかと無くある。

 招かれた室内は若い女性の部屋、と言うよりは芸能人が友人を招いてホームパーティーを開ける程度に広く、アンティークなデザインの高級家具が飾られ、テーブルや椅子の数も多い。

 異国の品が好きなのか、細かな装飾が彫られたウォールシェルフには沢山の外国産と思われる小物が飾られていた。

 こちらに関しては随分と多国籍で、ヨーロッパの物だけでなくアジア産の品も見受けられる。

 見慣れない動物や花を模した置物だったり、もしかすると誰かからの土産物なのかも知れない。

 促されるがままに、沢山ある椅子のうちの一脚に腰を掛け、穂摘は彼女と向かい合った。


「実は、仲間が三人、行方不明になってる」


 失踪。

 それは妖精絡みの事件で大半を占めると言っても過言では無い事象であった。

 だが一人ではなく集団失踪となるとややタチが悪いかも知れない。

 目を逸らさず、その続きを待つ。


「少し前に警察に捜索願も出された。それで失踪直前に電話をしていた私は容疑者の一人にされててさ。だからその仲間達を襲った犯人を見つけて欲しくて……」

「待ってくれ」


 単刀直入に依頼内容だけを伝えてきた更科に対し、穂摘は一旦ストップを掛けた。

 何故なら、ここまでの彼女の言葉は穂摘にとって全て「本来なら事前に聞いておく事柄」だからだ。


「まず疑問を払拭させてくれない事には依頼を受けるに受けられない。それはメールで伝えたらいい事じゃないのかな。どうしてわざわざ僕をここまで呼んだんだ」


 すると更科は仏頂面のままでその意図を答えた。


「こんな危ない話、知らない奴にメールで相談出来る事じゃない。前金無しで依頼を受けるだなんて、面白おかしい話を聞きたいだけかも知れないと私は思ったのさ。その理由じゃ納得はいかない?」


 なるほど、今の依頼の受け方には、このような見え方もあるのか。

 穂摘は反論する事無く、その意見を受け入れた。

 自分が抱えている不安をぶちまけてしまいたい人間も居れば、その反応に怯える人間も居る。

 一見男勝りで強そうに見える更科だが、彼女はきっと後者だ。

 だからこそ、話を「笑いもの」にされる事を恐れ、見えない所で笑わせないように、目の前に連れて来させなければ気が済まなかったのだろう。

 例えるならそう、メールより電話が好きで、電話より直接会うほうが好きなタイプ。

 表情が見えていないと、怖くなるのだ……表情だって、作る事が出来るのに。

 穂摘は顔を横に振って、思ったままに伝えた。


「いや、納得したよ。僕は『それ』が他人が早々信じてくれない、笑い飛ばされるような現象だと言う事は小さい頃から痛いほど躾けられてきた。だからこそ言わせて貰う。超常現象には様々な分野がある。貴女は先程、僕に依頼する理由となったであろう『それ』について一切触れていない。これでは僕はその依頼をこなせるかどうかも判断出来ないんだ。だから……きちんと『それ』をありのまま話して欲しい」


 穂摘の言葉に、更科は途端に弱々しくなり、困ったように俯いてしまう。

 そしてテーブルの上に飾られていたガラスケースを手に取って、手悪戯を始めてしまった。

 多分彼女は、既に一度誰かに『それ』を話して、否定されている可能性が高い。

 だからこそ話す事に臆病になってしまっているのだ。

 自分は容疑者の一人だ、と言っていたくらいなのだから警察に話したのかも知れない、と穂摘は推理し、もう一歩踏み込んだ。


「僕は……探している物がある。貴女が見た『それ』が、こちらの、探し、追い求めている物の可能性もある。ただ金の為だけに事件を解決しているわけじゃないんだ。人を助けるつもりで、話して貰えないだろうか」


 そこでようやく背中を押されたように、更科の唇は再度動き出す。

 ……電話越しに聞こえた悲鳴。

 「女」というキーワード。

 そして「人間では無い足音なのに、人間のように二足歩行のリズムを叩く足音」の事……

 これらを警察に伝えたが取り合って貰えず、事件現場から自宅が近い事もあってアリバイは無く、動機の部分は「被害者達が更科に常時金をせびり、たかっていたから」として勝手に話を進められている事。

 彼女が話す内容は、まだ穂摘に「妖精」との関わりを見出させてはくれていないが、もう一つ気になる点を彼は確認しておく。


「そうか……ところで、事件と言うくらいなんだから何か事件性が見て取れる物証が現場にあったんじゃないかな?」

「あぁ、話が足りなくてごめんね。そうなんだ。血痕だけは残っていたらしいよ。私は詳しく聞いてないけど」

「ちなみに現場はどこに?」

「ここから見える大きな公園で、その事件のあった現場はもう入れるようになってる。でも、血痕は私が見に行った時にはもう無かった」


 その行方不明となってしまった仲間は全部で三人、男のみ。

 失踪直前の電話自体の用件は「遊びに行ってもいいか」との事で、彼らはいつも複数の女性を連れて遊びに来る為、男三人だけで行方不明となるのはおかしい。

 必ず、近くには見ていたはずの女性が複数居るはずで、一緒に事件に巻き込まれたか、そもそもその女性達が犯人ではないかと更科は疑っていると言う。


「そりゃああいつらと私の関係は、他人からすれば度し難いものかも知れないさ。あいつらにとっても、私はただの金づるでしか無いのかも知れない。けど……そんなのはあくまで他人の目線でしか無い。そこにどんな気持ちがあって私があいつらとつるんでいたのかなんて、勝手に他人に決め付けられるのは……堪ったもんじゃない」


 穂摘も正直、話を聞きながら更科と被害者について「どんな関係なんだ?」と疑問に思っていた。

 そこにある事実だけでは、警察が調査したように「彼女の持つ財産をいい様に使っていた連中」としか認識出来そうにない。

 けれど、彼女の言う通り、それは他人の目線だ。

 他の女を連れ込むホテル代わりに部屋を使われていようとも、少なくとも更科はそれを嫌がっている節は見受けられず、むしろ失踪した彼らを大事に思っているかのように今は見える。

 その辺りは演技なのかも知れないが、穂摘の請負サイトを探して交渉してくるくらいなのだから、彼女が聞いた『不思議な音』の部分は嘘では無いと穂摘は判断した。


「さっきも言ったが僕は警察じゃない。だから君と彼らの関係は一切関係無い。そこにあるものを調べようともしない。代わりに僕がまず調べるのは貴女が聞いたその現象が、僕達の請け負える内容なのかどうか、って事だよ」

「と、言うと……?」

「超常現象には沢山の種類があるって言っただろう? 僕の仲間が解決出来るのはその一部って事なんだ」

「一部?」


 やはり聞かれてしまったか。

 穂摘は、実を言うとその核心部分を他人に伝えるのが凄く嫌いだ。

 それは先程までの更科同様に「話したら笑われる」からである。

 でも聞かれたものを答えないわけにもいかない。

 渋々、その先を口にした。


「僕が請け負えるのは……西洋の妖精絡みだけになる。幽霊や日本の妖怪だったら済まないが解決出来ない」


 更科の、目つきの悪さが二割増しになって穂摘を凝視する。

 そんな彼女の視線から逃れるように、穂摘は彼女の手元に視線を落とした。

 先程から大事そうに手に持ったままのガラスケース。

 透明で中身の無い箱なのだが、これもきっとウォールシェルフに飾られている品々同様にどこかの土産物なのだろう、と思わされる変なリボンに包まれている。

 どうして土産物の大半は実用性の無さすぎるデザインで作られているのか。


「妖精って、見つけると回復とかしてくれるイイヤツなんじゃないの?」

「何のゲームに出てくる妖精なんだい、それは」


 日本での妖精のイメージは、ゲームやアニメのせいでファンシーなものがほとんどだ。

 言い換えたならどちらかと言えば妖怪に近い存在にも拘わらず、妖怪よりもイメージが良い、妖精。

 とりあえずこの後、穂摘は彼女に一から説明する事になる。




 まだ仕事を受けるかどうかは決まっていない。

 けれどメールでは出来なかったやり取りによって情報を得て、穂摘は一先ず帰宅した。

 既に夜遅く、とっくに帰っていると思われていたアリアと夏堀。

 だが彼女達は穂摘が帰宅した時間にはまだそこに居た。


「遅い! 夕餉はまだか!」


 アリアはいつも通り、夕食を待っていたようだ。

 これは穂摘にとって想定内なのだが、さてもう片方の娘まで何故居残っているのか。

 いくらなんでもこの時間までずっと服の相談をしていたとは考え難い。

 穂摘は彼女を無言で見つめ、視線だけで状況説明を要求する。

 後ろめたい事をしている自覚があったらしい夏堀は、堰を切ったように言い訳を開始した。


「私は帰るって言ったんです! お話も終えたし。でも、アリアさんが一緒に夕飯を食べて行けばいいって言って……!」

「そうか、大体そんな事だろうとは思ったんだけどね。でも一応言うがここは僕の家で、アリアに決定権は無いんだよ」

「そ、そうですよね、すみません……」


 しおしおと項垂れる、私服の女子高生。

 指摘するべき部分だけは一応指摘し終えた穂摘は、今度はアリアを見る。

 アリアは、以前穂摘が買ってやった服一式を着ていた。

 どんな心境の変化かは穂摘には分からないが服にケチを付けずに着ようと思わせたのはきっと夏堀の功績だろう、と判断する。

 それは、穂摘には出来なかった事。

 雇っていて給与が発生しているとは言え、自分に出来ない事をして貰えるのは、とても有難い事に違いない。

 溜め息を吐きつつ、今日も穂摘はフォローを入れる。


「アリアが服を我慢して着ているのは君のお陰だろう? 礼代わりに夕食くらい出すさ」

「な、何だか催促したみたいですみません!」

「いやいいよ。僕は夏堀さんに食事をさせるのが嫌なんじゃなくて、夜遅くに女子高生が自分の部屋から帰って行くのを近所に見られるのが嫌なだけだから。このアリアの服装なら可視化させても大丈夫そうだし、二人で一緒に帰ってくれれば問題無い」

「な、なるほどぉ……」


 人間関係は面倒臭い。

 けれど既にそこに付き合いがある以上、面倒臭いと投げていては収集がつかないし、生き難くもなる。

 こうやって様々な方向において「うまく収まる地点」を探し、折り合いを付けていくものなのだ。

 ちなみに穂摘にとっての「うまく収まる地点」は、何よりも周囲の視線が考慮されている。

 それは、彼が普通とは違うものが見える人間だからこそ、他の事においても他人の視線に敏感になっているのだが、そこまでを察する事が出来ない夏堀は「最近は子供を気遣って匿うだけで通報される時代ですもんね」と少し違う方向で納得していた。

 そして、そもそもこうなっている元凶はと言うと、あっけらかんとした表情で自分の話したい事を話し始める。


「ツバキが下着を選んでくれると言うのでな、服を着て私も共に行くのだ!」


 妖精でも一応女性だからか、買い物の予定に今から浮かれているらしい。


「あー、そうだな。確かにちゃんと服を着てくれれば買い物にも連れて行けるよな」


 気に食わなくても我慢して着てくれるのなら、行動の幅は一気に広がっていく。

 その事実に穂摘の顔も自然と綻んだ。

 が、


「いつ行くのだ!? 今は無理なのか!?」


 どうやらこの妖精、お散歩に行けるものと思って喜んでいるワンコ状態だったようだ。

 穂摘はこんな夜遅くに、リードをぶっ千切るワンコを散歩させるつもりは無い。

 と言うか、店が開いてない。


「夏堀さんと買い物に行くなら週末になる。それまでその服で我慢してくれないか」

「ふおぉぅぅぅ」


 嘆くアリアに、その服を買った穂摘もさくっと胸を抉られたが、それは顔に出さずにキッチンへと移動して夕食の準備を始める。

 この家の夕食は諸事情により一ヶ月以上、毎晩鍋が続いている。

 ただ今夜は一人客が増えたので、一つ大きいサイズの鍋を取り出し、馴れた手つきで具材を切っていく。

 しばらくは笑いながらテレビを観ていたアリアだったが、思い出したように彼女は穂摘に話しかけた。


「そういえば、どうだったのだ?」

「ああ、まだちょっと妖精の仕業か判断付かない上に、警察が入ってて面倒な事になってるようだったよ」

「そうか……妖精が憑きそうな物は、傍には無かったのか」

「事件現場だって言う公園にはそれっぽい物も無かったし、妖精自体も見えなかった」

「ふぅむ」


 アリアは呻いて考え込む素振りを見せたが、その視線はテレビに向いたまま。

 傍に居る夏堀は、下手に口を挟んでも怒られそうな気がするのか、閉口しつつ耳だけを傾けている。

 刃物がまな板に触れる音が消え、代わりに湯が煮える音が部屋の中で踊り始めた。

 後は待つだけになった穂摘が、本腰を入れてアリアとの会話を再開する。

 ある程度の情報を口頭で伝えていくが、今回の依頼は情報が全て電話越しと言う事もあり、なかなか判断が難しい。

 ……と、穂摘は思っていたのだが、


「血を流すような事態になっていて、更に複数の女、蹄の音……馬などに乗っている妖精ならば、その蹄の音は四足ならではの特徴的なリズムを打つであろう。そうでは無いのなら……吸血妖精(バーヴァン・シー)が思い当たるぞ」

吸血妖精(バーヴァン・シー)、ですか?」


 穂摘の代わりに、夏堀がアリアの話に疑問符を含んだ相槌を打つ。

 ようやく口を挟んでもいいような単語が出て、ここぞとばかりに話に入って来たのだろう。


「基本は複数で行動する、足を隠す為に長いスカートを履いた女の妖精だ。今回の依頼主は結局何が目的なのだ? もしその男達を助けろと言うのであれば諦めたほうがいい」

「もう死んでる、と?」

「その通り。何故そんな妖精が日本の、しかも街に繰り出す事になっているのか……何かの品と共に運ばれたのかも知れぬな」

「そう言えば周囲は高そうな家がいっぱい並んでたよ。妖精が憑きそうな物が輸入される可能性も十分有り得る」


 アリアがこの国に来た時のように、基本妖精は何かに憑いている事が多い。

 自然の木でも、人間の造形物でも。


「依頼主は、事件性が見て取れる今回の失踪に加害者として関与している、と警察に疑われているらしい。だから人間とは思えないその真犯人を見つけて欲しいと言っていた……だけど、犯人を見つけた所で警察に突き出せるわけも無い。せいぜい出来るのは遺体を見つけてやるくらいか……」

「そ、その遺体を見つけたら死んでる事が確定しちゃうわけですし、逆に依頼主さんの立場が危うくなったりしませんか!?」


 夏堀の言う通りだ。

 犯人を捜し、退治し、遺体を見つけたとしても、依頼主の容疑が晴れるとは思えない。

 かと言って真犯人を突き出せるわけでも無く、更科への容疑がかかったままこの事件は解決されずに残り続けるのか……

 煮えた鍋をテーブルへ持って行き、人数分の食器を用意する穂摘。

 今夜は夏堀に気を遣ったようで、取り皿によそう為の箸も別途置いてある。


「い、いただきます」

「どうぞ」


 エアコンが効いたひんやりとした室内で、誰からとも無く鍋をつつき始め、互いに解決案を練るが……簡単に思いつくものでは無かった。

 先日の犬女の件のように、死因が警察には事件と疑われないような場合なら良いが、既に事件となっていて、しかもどこかに血塗れた遺体が存在している状況では、穂摘達だけでどうにか出来るレベルでは無いのだ。

 害となる妖精を退治した後、それをうまく隠蔽してくれるような伝手が、穂摘達に有る訳も無く。

 こういう場合、他の同業者はどう言った対応をしているのであろうか。


「なあアリア。この前温泉で、名刺貰ってただろ?」

「ああ、貰ったぞ」

「僕にくれないか」

「……なるほど、あい分かった。上手くやるがいい」


 穂摘のやりたい事を察したアリアが、ばっと手を振った。

 すると何も無い空間からまるでマジックのように黒ローブが現れ、アリアはその中からもそりと一枚の紙を出した。

 質の良さそうな紙で作られている、上北優(かみきた すぐる)の名刺だ。

 だがこの名刺はあくまでアリアのスカウトの為に渡された物である。

 それで連絡を取った所で、相手にして貰えないのでは無いだろうか。

 夏堀は不安げに穂摘を見つめたが、穂摘はポケットに名刺をしまうとまた鍋をつつき始めるだけで今それ以上を語るつもりは無いようだった。

 それはアリアも同じ。

 多少察したとは言え、彼女はいつも穂摘に多くを問わない。

 そこには信頼があるのか、それとも別の何かか。

 まだ雇われて間も無い夏堀には、分からぬ事であった。

 箸が止まってしまっている夏堀に、穂摘がぼそりと一言。


「食べないのかな」

「あっ、食べます!」


 慌てて自分の器に肉と野菜をよそい、味わう気があるとは思えぬ箸の運びで食事を再開する夏堀。

 勿論、


「あっつ!」


 急いで食べれば、火傷をする。

 一人慌てふためく女子高生をおいて、他の二人は黙々と食べた。

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