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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第九話
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折られた願いと、織り成す望み5

 もう、日付は変わった頃だろうか。

 穂摘(ほづみ)は夜空の星の位置で時間を把握出来たりはしない。

 かと言ってリュックの中にある携帯電話を取り出す気力も無いままとにかく抜け殻状態の息子に対し、その父はずっと保留していた疑問を投げ掛ける。


「ところで(あらた)、どうしてここに居るんだ?」

「何だよ! 偶然来たのか!? そんなわけ無いだろ!!」

「駄目だぞアラタ、父親に対してそのような言葉遣い。ウォールニーン、私達……正確にはアラタはエスラスに取引を持ち掛けられていたのだ。アラタの母の墓に眠っていた石と、ツバキの命と交換と言う、な」


 そこで少し事情を掘り下げてアリアが穂摘の父に説明すると、彼は納得がいったように表情を緩め、エスラスの手錠を軽く引いた。


「多分こいつは妻の墓にあった石の片割れを使って、この下の土地に融合してしまっているもう一つの力を吸い出そうとしていたんだろう」

「融、合……?」


 半分死んでいるような状態だった一人息子が反応し、父親は静かに頷く。

 そして彼は事の発端をゆっくりと打ち明けた。




 ――六年前の事故。

 妻の一周忌なのに仕事で大した事も出来ず、どうにか付き合いを切り上げて墓のある故郷へと帰ろうとしていた時の事。

 穂摘の父の乗っていたバスは、エスラスの指示によって妖精に襲われたのだ。

 幸い乗車人数は少なかったが、高い崖から転落してその場は酷い惨状となる。

 彼自身は妻から譲り受けた石を使って死を免れたものの傷を負い、他の乗客はほぼ生存は見込めない状況だった。

 けれどその中で一人だけ、まだ死んでいない子供が居た。

 それが夏堀椿(かほり つばき)

 彼女にも石の力を使い、命を繋ぎ止め、ほっとしたのも束の間。

 エスラスの狙いは、あくまでアリァガッドリャフの力を秘めた石。

 奪われる前に、と呪術的に隠したのがこの土地だったのである。


 土地自体に隠す事は成功したが、石の力は大きい。

 それは穂摘の父が思っていたよりも……ずっと。

 妖精の理から人の死の運命までも左右する物なのだから、十分有り得る話だ。

 穂摘の父がこの土地に石を隠した事で、その周辺は妖精にとっての特殊な場所となってしまった。

 エスラスに奪われずに済んだものの、この状態では近くを通った弱い妖精に影響が出てしまう。

 日本に妖精は決して多くはないがその状態のまま放置するわけにもいかず、次に穂摘の父は、石の力をきちんと回収する呪術を得る為に渡英した。

 混ぜるのは容易でも分離させるには何倍もの技術が必要なもので、穂摘の父はその術を事故当時の時点では持ち合わせていなかったのだ。

 そして穂摘の父が渡英をしている間にエスラスは、分離させる事が難しいのなら、とその土地から直接力を借りて使う方法だけは成功させて、様々な公にならぬ事件を引き起こしていたのである。

 だが土地から石の力を引き離せなければ、力を使う際には必ずこの事故現場に戻って来なくてはいけない。

 その不便さを解消すべく、エスラスはもう一つの石を手に入れようとした――




 穂摘の父は、更に補足する。


「あの石は二つあってね。一つは私が仕事に使わせて貰っていたんだが、二つ同時に持つには力が強すぎるからもう一つは妻の墓に封印していたんだ。本来ならば私以外には取り出せないんだが、七年と言う封印の切れ目を利用されては防ぎようが無い」

「結果として僕が先にそれを取り出していたんだけどな……」

「そう! 呪術を会得して戻って来てみたなら石は消えてて、私はてっきりエスラスが奪ったとばかり思ってここに駆け付けただけに、この状況には驚いたさ!」

「何で奪われたからってここに駆けつける必要があったんだよ……」

「その融合を解く呪術に、もう片方の石が必要だったからだ」


 ふっ、と明るかった穂摘の父の表情が、真面目なものに変わった。

 あまり穂摘と似ていない雄々しい顔立ちで、真っ直ぐとアリアを見つめる。


「先程の説明では、もう一つの石は既にアリァガッドリャフの体に戻っているんだろう?」

「うむ、すまないが返して貰っておる」

「なら石の代わりに君の体を使えば、土地に融合してしまった力は『元の場所』に戻ろうとするだろう。私が手を貸すから、やってくれるかい?」


 力強くも丁寧に差し出された手に、アリアは銀の右手をそっと乗せた。


「喜んで、ウォールニーン」


 まるで無垢な乙女の様にはにかんだアリアの表情は、穂摘がこれまで見た事の無いもの。

 脱力していた体を起こし、ぼうっと彼女と父の様子を目に映す。

 アリアの手を取った父が呪文のような言葉を唱え、銀の腕に何か葉みたいな物を触れさせた。

 多分形状からしてクローバー。

 その瞬間だった。

 穂摘達の居る場所から、見える範囲の野山が黄金色に輝き始める。

 強い光ではなくやわらかな光で、それはどんどん舞い上がり、アリアの腕に集まってきた。

 こんな非現実な現象を誰かに見られたら不味いのではとは思ったが、この光自体、普通の人間には見えていないものなのかも知れない。

 輝くアリアと父の向かい合っている光景を黙って見ながら、穂摘は思った。

 今のアリアの表情は、アリアのものとしては見た事が無かったけれど、自分が今までの人生でよく見ていた表情ではないか、と。


 ――アリアは、本当に母さんそっくりなんだ。


 金の髪も、翠の瞳も……そして、父を見つめる眼差しも。

 今はもう見られない父と亡き母の絆のようなものを、少し違う形で穂摘は再び見せられているような気がする。

 だが穂摘は、子供の頃からその父と母の間に漂う空気が大ッッッ嫌いだったのであった。

 思い出したからと言ってしんみりする事など一切無い。

 むしろ苛立ちが募るばかりである。

 黄金の光に演出されている二者を見ていても、胸糞悪さしか残らない。


「ほ、穂摘さん? 感動してるんですか?」

「ソンナワケナイ」

「ですよね、凄い形相ですよ。そこのエスラスって人と同じような顔してます」


 夏堀に言われ、手錠に繋がれて上北に預けられているエスラスを見やる。

 視線だけで人を殺せるのなら、今のエスラスの視線はきっと穂摘の父を殺す事だろう。

 少女の姿でありながら、そんな恐ろしい目だった。

 なるほど、自分はあんな目をしているのか、と穂摘が自覚して少し落ち着きを取り戻したところに上北がぼそりと言い放つ。


「ウォールニーンってのは、あれだ。俺達の言葉なんだが、訳すと『ダーリン』ってやつだ」

「何ッッッであんな男にたらしこまれるんだ! 母さんもアリアも!!」

「同感だぜ、胡散臭いだけの野郎だっつーのに。経験が無いとああいうのにコロッとやられちまうんだろうな。俺はあの食えない男よりは害の無さそうなお前のほうが好きだぜ」


 確かに、上北に些細ではあるがちょっかいを出しているところを目の当たりにした夏堀も、それに関しては頷く。

 何だかこう、女性慣れしていそうだ、と。

 しかし、


「えっとですね穂摘さん。お母さんがたらしこまれなかったら、穂摘さん居ないんですからね?」


 要するに、アリアとの関係を否定するならまだしも、いくらなんでも実の父と母の恋愛関係まで否定するのはいかがなものかと女子高生は指摘している。

 が、半ばヤケクソになっている彼女の雇い主はこう切り返した。


「母さんが親父と出会わずに済むのなら……僕が生まれなくたって、構わない」


 穂摘の目は、真剣だ。


「穂摘さんってもうお母さんが居ないから分かり難いですけれど、結構重症のマザコンですね」


 確か七年前に穂摘の母は死んだはずである。

 となると彼の年齢からして学生時代はずっとこのマザコン思考であったと思われ、それならば彼に恋人の一人も出来なかったのも納得と言えよう。

 夏堀と上北、双方が顔を見合わせ、互いの思った事を察し合う。

 そこで、アリア達を包んでいた黄金の輝きが、徐々に収束し始めた。

 視界を占めていた光が弱くなってきた事に気が付いた一同が、その中心であるアリアを見つめる。

 やがて今の時間に相応しい暗度になったところで、穂摘の父に右腕を預けたまま彼女はそのガントレットを左手でカチャリと外した。

 ゴトンと地に落ちる、『銀の腕』(アリァガッド リャフ)

 忌むべき名で呼ばれる事になったその元である重き楔から解き放たれた妖精は、黒いローブを脱ぎそれを握り潰すように掻き消した。

 次に、素手となった両手でそっと耳当て帽子を外すが、解放された耳はまだ長い。

 けれどその動きだけで見て取れる。

 少なくとも彼女の右腕が、無事に力を取り戻した事が。

 皆に見守られながらアリアはそっと一歩だけ、穂摘の父から後退した。

 彼女がこれからやろうとしている事を察し、それまでずっと口を閉ざしていたエスラスが突然立ち上がり、叫び出す。


「おやめください、王よ!」


 が、エスラスの身は上北が抑えている。

 それ以上動けず、しかしそれでも。

 エスラスは訴え続けようとした。


「今、貴女様が力を取り戻したのならまだ出来る事はございます! 我らの国の為に……」

「エスラスよ」


 今のアリアは、長い耳を除けば、Tシャツにジーパン、手には帽子が収まっている。

 全身を「人間の産物」に包まれながら、人間に焦がれる妖精は穏やかに微笑んだ。


「妖精を、ましてや既に落ちぶれた私を崇める道理などもはや無い。今の流行最先端は人間だぞ。お主達の時代なのだ」


 流行とか言う問題では無いはずなのだが、そんな風に微笑む「消え逝く種族」に、誰も声を上げられない。

 言い方は違えども、事実、世界は人間に溢れている。

 妖精なんて見えずに、その存在を否定する者達で。

 上北が少しだけ俯き、連鎖するようにエスラスが力無く項垂れる。

 アリアは、音も無くその身を自ら宙に溶かしていった。

 確かにそこに立っていたはずなのに、ゆっくりとアリアの体が薄れていく。

 やがて、不可視状態でも見えるはずの穂摘にもアリアは見えなくなってしまい、残された衣類が「完全にアリアが消えた事」を物語っていた。

 穂摘が適当に選んだ服の隙間に、夏堀が買ってきた下着がちらりと見える。

 今まで消してきた妖精と同じように、アリアもまた、跡形も無く消えてしまったのだった。


【第九話 折られた願いと、織り成す望み 完】

主人公が可哀想な事になっておりますが、

第十話(最終話)であと三つほど小型?爆弾が彼に降って来るので

最後までお付き合いくだされば幸いです。

ちなみに、爆弾を投下する女性はそれぞれ違います(え?)


【話末オマケ四コマ】

挿絵(By みてみん)

挿絵(By みてみん)

穂摘「あのカメラの妖精が撮ってたりとかしないのか?」

上北「こっち来んな」

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