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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第九話
39/43

折られた願いと、織り成す望み4

   ◇◇◇   ◇◇◇


 一先ず事態は収束したところで、少しだけ話は遡る。

 三日前、上北(かみきた)がアリアに連れられて穂摘(ほづみ)の部屋に入った時の事。

 彼女は一つの写真を見つけていた。

 穂摘の両親が写った写真である。

 そこには穂摘の母も写っていたが、上北がその写真から見出したのはそれだけではない。

 穂摘の父親がメイヴカンパニーとやり取りのある警察庁妖精課(仮)の人間だった事のほうが上北にとっては大きな情報だった。

 なるほど、あの男ならばきっと妖精から人間になった穂摘の母の身元を秘密裏に処理する事は可能だ。

 現場では穂摘と言う姓は名乗っていなかったはずだが、素性を隠して活動するような彼だからこそ、その女性を自分の妻にして隠す事も出来たのだろう。

 元来の法律では不可能な事も、日本の法律を軸とはしない妖精相手の正規プロには関係無い。

 良くも悪くも、例外だらけであるが故に例外対応が利く部署なのだ。

 しかしそこでふと上北は気付く。

 そう言えばここ数年、あの男を見ていない……と。

 散々穂摘の部屋(の主に食料)を荒らした後、その情報を上北が持ち帰った事でメイヴカンパニーはその点を再度洗い直す。

 穂摘の父の行方の情報はこの短期間では結局得られなかったが、彼の姿を見なくなってから妖精の事件が急増していた事までは、元々メイヴカンパニーにある資料を元に割り出す事は出来た。


「……(すぐる)はどう考えていますか?」


 メイヴカンパニーの社内……その一室で、黒崎優理佳(くろさき ゆりか)の問いに、銀髪の妖精が難しい顔をして推量する。


「この情報だけ見たら、あの男が例のリボンや箱を作って様々な事件を起こしている……って考えるところだな。あの男も確かにそれなりの知識を持ってるドルイドには違いない」

「そうですね。しかしそれなら彼はその行動の内容的に、少なくとも国の保護を受けていない状態で行動しているはず。なのに彼の行方が少しの手掛かりも得られないのはおかしいでしょう」

「だな。どちらかと言えば国に機密情報として管理されてるようなガードの堅さだぜ」


 メイヴカンパニーの伝手ならば、大抵の情報はすぐに入ってくる。

 その伝手ではすぐに見つけられない程なのならば……それは、穂摘の父の行動の裏にはやはり国家のような大きな存在があると言っていい。

 国の下で彼が行動している以上は、彼がリボンや箱を作っている側とは考え難いだろう。

 ただ、それはあくまで推論。


「何かしら関わっているのは確かでしょうが、この件はまだ私達だけで留めておきます」


 黒崎の指示に上北は黙って頷いた後、お預け解除されたワンコの様に飼い主にがばっと引っ付いた。




 そしてエスラスを捕まえた夜。

 上北は穂摘と別れてから、アリアと共に夏堀(かほり)をすぐに見つける。

 道が通って道路照明灯があるとは言え、崖を降りたならそこは物を見て取る事も困難な闇の森。

 視覚ではなく嗅覚を頼りに見つけ、縛り付けられていた夏堀を上北が預かり、アリアは穂摘の所へと向かう。

 その場に残された上北は、と言うと。


「大丈夫か?」

「ありがとうございます……怖い妖精だと思ってたんですけれど、実はとっても頼りになるんですね!」

「ああ、そういやアンタとは最初に会ったっきりだったか」

「はい、初対面で喧嘩を売ってきたり穂摘さんの首を切ったり、怖いイメージしか無かったです」


 両手を胸の前で合わせ、悪気も無さそうに夏堀は素直な感想を述べる。

 その言い方では穂摘は生首になってしまっているようだ、ほんの少し切っただけだと言うのに。

 色々文句を言いたい部分はあるが、今はそれどころでは無い。

 上北は夏堀が縛り付けられていた周辺を見渡し、苦い顔をする。

 妖精である上北の目に映るのは、妖精にとっての特殊な磁場のような事になっているこの場所で変異を起こして変わり果てた妖精達の姿だった。

 夏堀には見えていないようだが、ここはまずい。

 主人である黒崎から六年前の事故現場なのだとは聞いていたが、これはそれだけでは無いようだ。


「確か不可視状態の妖精までは見えねーんだよな?」


 上北の言葉に、夏堀がゆっくりと頷く。


「何だかこの辺りにふわふわと光が漂っているのまでは見えます……でも、それだけです」

「そうか。でもそこまで見えてんだな」


 黒崎のように夏堀もまた、妖精に寄って来ている事が明白だ。

 ただそのスピードはアリアの因子を宿す穂摘に比べたなら微々たるもので、これが本来のスピードなのだが。

 上北は地面に転がっている石ころを拾い、自分の耳を隠しているバレッタの片方を乱暴に取った。

 隠れていた長い耳が片方だけ露わになり、それをまじまじと見つめる夏堀を放って、上北はそのバレッタをパチンパチンと二段階ほど組み替えてパチンコの様な形に作り変える。


「な、何をしているんですか?」

「ちょっとトチ狂った妖精がうようよしてるから全部叩く。槍はアリァガッドリャフに貸しちまったから、この石でな」

「ふええ!?」


 石と言っても、先程足元に落ちている物を拾ったばかりの本当にただの石。

 それをパチンコみたいに飛ばすとでも言うのか。

 夏堀を軽く自分の後ろに追いやって、上北は即席パチンコの紐を引き絞り、手を離した。

 間髪入れずにズドンと大きな音が耳に響き、その石が最終的に埋まった崖の壁は小さいけれど深い穴が開いている。

 石パチンコの破壊力では無い。


「ど、ドユコト」


 夏堀の目が点になり、普段はバイト先と言う事で敬語を使っている彼女の学生としての素が出ていた。

 有り得ない光景を見てぼそぼそと呟く女子高生を無視し、拾い上げた石ころをどんどん飛ばしていく上北。

 その石は銃弾の様に凄まじいスピードと、爆弾の様な破壊力でどごんどごんと周囲を荒らしていった。

 夏堀の目には何を標的にしているのか映らないが、上北の紅い瞳には自分の放った石の飛礫によって妖精が四散する生々しい光景が映っている。

 だが特に彼女はこの同胞達に悪いなどと思っていなかった。

 この磁場に中てられて既に元々の理から外れてしまっている、人間で言うならゾンビのような存在、むしろ駆逐してやるほうが相手の為だと上北は思う。

 一通り片付けたところで、上北は改めて地面に手を触れて調べ始めた。

 よく分からないなりに夏堀も屈んで問う。


「な、何かあるんですか?」

「この土地、何かおかしいんだ。力が漏れ出ているっつーか」

「もしかして、アリアさんの力でしょうか?」

「ああそうか! 何か覚えがある感覚だと思ったら先輩の力なのか!」

「この辺りで私は多分、アリアさんの力の石によって生きながらえさせて貰えたはずなんです」

「ふぅん……でも、力を使っただけでここにこれだけの力が残るとは思えねーんだけどなぁ」


 考え込み、地面に集中する上北と、それを見守る夏堀。

 そこへ背後から草を搔き分ける音が聞こえ、二人は咄嗟に振り向いた。

 夏堀は普通に驚いただけだが、上北としては近くに来るまで気付けなかった事にも驚愕しつつ。

 上北達が居る場所は事故の影響で木々が折れ、比較的視界が開けているが、そうでは無い林の向こうから聞こえてくる足音の持ち主はまだよく見えない。


「誰だ!」


 上北が怒声を上げると、そこでようやく相手の体は薄暗い夜空の下に晒される。


「相変わらずだね、上北ちゃんは」


 黒い髪と瞳。

 男らしく精悍な顔立ちと、それに見合う肉体。

 ほんのりと目尻に笑い皺はあるものの、おじさんと言うよりはおじさま、と呼びたくなるような雰囲気の男性だった。

 夏堀は見えた人物に対して首をかしげ、


「どこかで見たような……上北さんはお知り合いなんですか?」

「ホヅミアラタの親父さんだぜ。でもって警察の妖精関連の部署に居て海外飛び回ってるナンパ野郎だ」

「ついに私の素性まで調べ上げたとは愛を感じるよ」

「うぜぇ!」


 穂摘の父、と紹介された事で夏堀は合点がいったように頷いた。

 きっと穂摘の部屋の写真で見た記憶が残っているのだ、と。

 しかしすぐに彼女の中の事実と噛み合わない部分が浮かんでくる。

 何しろ夏堀は先日、穂摘の父の墓参りに行ったばかりなのだから。


「穂摘さんのお父さん……って事は、もしかしてオバケ、いや、妖精になっちゃったとかですか!?」

「何を言っているのかよく分からないけれど私は正真正銘人間だよお嬢さん。まあ、少し妖精に寄ってて色々見えるけれどね」

「ええっ、私、命日にお墓にお礼参りしたのにじゃああれは一体?」


 色々とこんがらかってヤンキーのような事を言っている夏堀は、自分の頭を押さえてあわあわと取り乱す。

 穂摘の父は笑顔を崩さず、上北に訊ねる。


「上北ちゃん、このお嬢さんは?」

「あー、えーっと、多分六年前のここでの事故でアンタが助けた子供だ。色々あって今回の件に絡んでる。っつーか連絡いってねーか? 一昨日の晩にあった妖精誘拐の被害者でもあるんだけど」

「ああー、分かった分かった。夏堀椿さんだね」


 ぽん、と手の平を拳で打って、彼はにこやかな表情を夏堀に向けた。

 が、すぐにその表情は真剣なものとなり、そのまま彼の頭は下げられる。


「……君のご両親の件は本当に申し訳ない事をした。あの時も今回も、原因は私にある。もうすぐ片が付くはずだからその後にいくらでも私を親代わりにしてくれ。勿論ご両親と同じように見ろと言う事では無いし、そんな事出来るはずも無い。ただ、君に与えてしまった損失を私の出来る限りで補わせて貰いたいんだ」

「一見真面目に謝ってるようだけど、さり気なく義理の娘を作ろうとしてねーか、アンタ」


 呆れ顔で上北が彼の後頭部にじと目をやると、その頭は上げられて彼の苦笑が見えた。

 心苦しさを隠す為の笑顔。

 親代わりになる、と言うその意図がどこにあるのか分からないが、一般的に言う「いくらでも責めてくれ」よりも夏堀には好感が持てる。

 ただ責めても結局何の足しにもならないが、彼の謝罪と償いの提示はきちんと「中身がある」のだ。

 口や態度だけではなく、以後「親のように」援助と行動で示すと言っているのだから。

 夏堀の両親は他人を責めるような人間に育って欲しいなどと思うタイプでは無いし、夏堀自身も恨むより助けてくれた人を素直に慕いたい。


「な、何だかよく分からないですけれど、穂摘さんのお父さんが生きていたのなら良かったです! てっきり、私を救って死んじゃったのだとばかり思ってたんで」


 夏堀の言葉は、嘘偽り無いものだった。

 彼は自分のせいだ、と言うけれど、夏堀は彼のせいだと思っていないのだからそれは当然の事。

 一生背負う大きな心の傷だけれど、穂摘の父を責めるほど夏堀の思考は飛び跳ねない。

 彼女の言葉に胸のつかえが取れたのか、穂摘の父の笑顔が少しだけ無理の無いものになった。


「お見舞いに行ってあげられたら良かったんだがね、自分の失態の尻拭いでこの数年はずっと忙しかったんだ」

「事故の新聞記事を掘り返せば誰が死んだか分かるんだし、そこは完全にちんちくりんの勘違いなような気もするけどな」

「す、すみませ……ん?」


 一部変な呼び名が混ざっていた事にフリーズした夏堀だったが、思い出話をいつまでもしているわけにはいかない他二名はそんな夏堀に構わずそこで気持ちを切り替えていた。

 崖の上では穂摘達が敵の相手をしているはずである。


「色々私に聞きたい事もあるとは思うが説明は後だ。一先ずエスラスの下へ急ごう」

「エスラス……この件の裏に居たのはアイツなのか。分かった」


 しかし行く先は崖の上。

 普通に回って行ったなら、かなりの時間が掛かる事が予想される。

 上北は穂摘の父に手を差し伸べ、言う。


「引っ張って行ってやろうか? 勿論、貸しにするけどよ」

「それは有り難いね。どうせならエスラスに気付かれないように少し離れた位置に運んで貰えるかな?」

「いいだろう」


 そして、


「ひゃう!」


 上北はまず夏堀を肩に軽々と担ぎ上げて、今度こそ穂摘の父と手を繋いだ。


「引っ張るだけだからな、脱臼しないようにせいぜい耐えやがれ」

「お手柔らかに頼むよ」

「って言うか、この流れはもしかしてぇ……」


 長身の女妖精は軽く膝を曲げ、それを勢いよく伸ばす。

 次の瞬間に上北の体は、穂摘の父と夏堀を連れているにも拘わらず、ふわりと跳んだ。

 ただそれは羽を使って飛ぶのではなく、あくまで跳ぶ。

 重力を無視したような跳躍で崖を蹴って駆け上がる。

 大男が駆け上がって行く様も夏堀は見ていたが、それよりもずっと華麗に彼女は跳んでいた。

 登っている最中に夏堀はふっと下を見下ろす……上の公道の灯りがほとんど届かない、夜の森を。

 夏堀にとって様々な想いが詰まったその地は、あっという間に闇に溶けて見えなくなっていった。


 ストン、と上北の黒い厚底ブーツが降り立ったのは事故現場から少し先、カーブ地点によってエスラスの位置からは死角になる場所である。

 が、隠れながら遠めに確認出来た穂摘達の状況は切迫していた。

 アリアは例のリボンによって縛られ、穂摘は大男に襲われようとしている。

 音も無く静かに、だが速く、まるで忍者の様に穂摘の父がそちらに向かうが、流石に間に合わないと悟った上北が石ころを拾い上げてパチンコで大男を狙い、それは命中した。

 穂摘に当たったらどうするんだと思うほどの威力の飛礫であったが、そこは上北からすれば狙いが外れるわけが無いと言う事なのか。

 攻撃が狙い通り当たった事を確認してから上北が夏堀を促す。


「よし、俺達も追うぞ」

「は、はい!」


 が、夏堀の足がおぼつかない事に気付いた上北は彼女に背を向け、


「……おぶってやるから乗れ。丸二日以上拘束されてたんだ、走れねーだろ」

「お、おっぱいのついた紳士がいる」

「褒めるのは後でたっぷりしやがれ」

「後で褒めろと!?」


 指摘通り二日間ほぼ休まる事の無かった体を夏堀はそっと上北に預ける。

 速く走る事は出来るがなるべく気付かれないように、と気配を消しつつ駆け――


 先に穂摘達の下へと辿り着いた穂摘の父が、エスラスを捕らえた事で一先ず難は去ったのだった。

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