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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第九話
38/43

折られた願いと、織り成す望み3

 配下だった者がこのような事をしでかしていたのだから、アリアにとっては苦悩に値する事実だろう。

 憂いを秘め、影の落ちた表情も、彼女は綺麗だった。

 アリアは槍の石突から地面に降り、槍を抜く。

 解放された大男は元妖精王であるアリアに竦んでまともに動けなくなっていた。

 ずりずりと尻を擦らせなが後退するのは、圧倒的存在から少しでも距離を取りたいのかも知れない。

 その横で、エスラスと呼ばれた少女の外見をしたドルイドが、目を見開いて敬愛する王を見つめている。


「あ、貴女様がどうしてここに……!」


 驚愕の色を含んだエスラスの発言に、穂摘(ほづみ)は合点がいった。

 このドルイドは穂摘の傍にアリアが居る事を知らなかったのだ、と。

 依頼を受けていてもインターネット上で存在が明らかになっているのは穂摘のみであり、退治した妖精が既に無い口を割るわけも無く。

 普段アリアは異空間ローブを纏って気配を遮断している状態で、穂摘の周囲に居る存在の直接的な情報を得る事となったのは先日の墓参りの時だったものの、そこに居たのはアリアではなく夏堀(かほり)である。

 ドルイドの主は何でも無い事のように理由を言う。


「いや何、そろそろ力を取り戻そうと思ったものでな。力に近そうだったアラタについて回っておったのだ」


 力を取り戻す、その返答にエスラスの瞳が輝いた。


「取り戻す!? では……!」


 このドルイドの目的からして、アリアが自ら力を取り戻そうとしているのなら穂摘達にこんな事をする必要性は薄い。

 しかし、彼女の願いに合わせた言葉をアリアが選ぶわけが無かった。

 アリアは素直に自身の望みを伝えてしまう。


「すまぬがお主の願うような事にはならぬよ。私は力を取り戻してその力で……人間になりたいのだからのぅ」


 輝いた瞳が一瞬にしてその光を消す。

 絶望に染まるエスラスの表情に、穂摘は嫌な予感がして懐の石を無意識に握っていた。

 震える赤毛の娘が途切れ途切れに絞り出したのは、穂摘の母親の真意。


「何故……あの愚かな女と同じ選択を、なさろうとするのです……」


 アリアのしようとしている事は、過去に穂摘の母が辿って来た道。

 エスラスが言っているのはそういう事。

 アリアの力を奪い、様々な妖精達を掻き乱し、人間社会で妖精に関わろうとせずに生涯を終えた穂摘の母は……人間になる為にアリアの力を奪い、使用したのだ。


「やはりあやつもその為に私の力を奪ったのだな。異様なまでに私と酷似した姿に変わっておったのを確認した時点でそんな気はしておったのだ……なら、あやつはきっと私よりも気付くのが早かった、愚かでは無い、むしろその逆なのであろう」


 穂摘の母は元妖精であった。

 しかし同じ妖精だからアリアと似ていたわけでは無かった。

 それもそうだ、上北(かみきた)を始めとして妖精は皆、外見は全く違う。

 にも拘わらず穂摘の母とアリアが似ていたのは……アリアの力で人間に変化した事による副作用のようなものだったのだろう。

 アリアがたまたま穂摘の母と似ていたのでは無い、母の姿がアリアに成ってしまっていただけなのだ。

 穂摘の母の行いもまたエスラスと同じく、どうしようも無いほど自分勝手極まりない。

 穂摘はもう完全に母を擁護出来なくなった。

 けれど同じ願いを持つアリアはその欲望の末の行いを受け止めている。

 妖精が人間になる方法はきっと限られていて、奪うしか無かったのならそれも致し方ない、と。

 人間になる事はアリアにとってもそれほど大きな願いなのだろうか。

 穂摘からすれば、アリアはもう既に人間に片足突っ込んでいるような妖精であり、上北のような生き方でも十分だと思うのだが。

 アリアは悲しそうに微笑み、俯いてしまったエスラスの傍に寄った。


「お前達には迷惑を掛けた……それによって起こした行動の責は私が背負うべきもの。お前と私との絆であるこの槍を手向けるなら、本望であろう」


 そう言ってアリアが、槍の穂先をエスラスに向ける。

 驚いた穂摘は、アリアが『何をしようとしているのか』気付くのが一瞬遅れてしまう。

 まだ妖精であるアリアが、相手の罪に対して背負おうとするのは……


「この命、まだ貴女様に返すわけには参りませぬ!」


 命そのもの。

 過去に、人間に必要以上に害を為した妖精達のように。

 けれど、エスラスは槍を素直にその身で受け止めようとはしなかった。

 彼女の腕のフリル袖の中から、しゅるりと勢いよく飛ばされてきたのはあの(まじな)いの掛かったリボンであった。

 自分に妄信していたドルイドが反旗を翻すなどと思っていなかったアリアを容赦なく封じる白い布。


「アリア!」


 あれを切るならナイフか。

 穂摘は、肩に掛けていたワンショルダーリュックのサイドポケットにすぐさま手を入れる。

 だがそこで、アリアが拘束された事によって大男が復活して穂摘の行く手を阻む。

 エスラスはリボンで縛られた事で全身の力が抜けてしまっているアリアを見下ろし、不気味な笑みを浮かべていた。


「申し訳ありません、我が王よ……ですが、何故でしょう。私の胸は今どうしようも無いほど昂っております。縛られた貴女様をこうして見下ろしていると、ぞくぞくしてそれだけでどうにかなってしまいそうで」

「ぅ、ぬぅ……そういう趣味があったのか、エスラスよ」

「そんな悠長な返ししてる状況じゃないだろ!」


 敬愛している相手を縛った事で変な嗜好が芽生えているドルイド。

 幸いエスラスはアリアを必要以上に傷つけるつもりは無さそうだが、穂摘相手にはそうでは無いのは明白だ。

 槍を持ったアリアを拘束した事で、余裕たっぷりに穂摘へ顔を向ける。


「惜しい気もするがいつまでも王を拘束するのは忍びない。さぁ、その力の石を早く渡しなさい。その力で……我が王が再び治世する世界の土台をこの私が創りあげるのだからね」

「お前の王はそんな事望んでないじゃないか」

「人間に世界が圧迫され、少し弱気になっておられるだけだよ。私が全て事を終えたなら考えも変わるはずだ」

「愛されてるなぁ、アリア……」


 思わずそう漏らしてしまうほど、痛い愛情が伝わってきた。

 しかし穂摘の呟きに対して、エスラスは少し違う見方をした。


「アリ……ア?」

「あっ」


 そう、アリアと言う略称は穂摘が勝手につけた名前だ。


「アラタがつけてくれた、私の名だ」


 すかさずアリアが補足して、その瞬間穂摘は死を覚悟する。

 何故ならこのエスラスと言うドルイドはアリアに過度の愛情を抱いているわけで、そんなアリアに穂摘が愛称をつけて、それをアリアが受け入れているなどと知ったなら、


「……ッッ、王の手前だが、やはり力尽くで奪ってくれるわ!!」


 憤怒するに決まっているだろう。

 エスラスの腕が穂摘を指し、その合図で大男がまた動き出す。

 今度は腕では無く、巨体が覆い被さるように穂摘に襲い掛かってきた。

 逃げられるか、いやこの距離では体格差的にもう無理だ。

 そう思った瞬間、何か小さな物が穂摘と大男の間にズドンと大きな音を立てて落ちてくる。

 どうもそれによって肩を撃ち抜かれたらしく、悲鳴のかわりに体を大きく仰け反らせる大男。

 ほんの少しだけ出来た猶予に、アリアが甲高く叫んだ。


「剣を使え! 私の力を受け継いでいるアラタなら抜けるはずだ!!」


 剣?

 まさか、あの石ころみたいになったアリアの剣の事か?

 傷を負いつつも再度穂摘に襲い掛かろうとして来る大男。

 穂摘は慌てて懐に手を入れ、例の石を取り出す。

 だがこれをどうしろと言うのか、自分にはこの石を剣へと変える事など出来やしない。

 しかし、アリアは出来ると叫んでいた。


「ああ、もう、くそっ!!」


 やぶれかぶれで、石のままのそれを穂摘が振るう。

 するとあっと言う間に手には石の代わりに柄が握られ、眩しく輝く長剣が目の前に伸びた。

 何物もその剣を阻む事は出来ない、荘厳で神聖なる剣。

 温かくもどこか畏怖を感じさせる光と共に、あるはずの無かったものがそこに現れ、穂摘の腕の軌跡のままに大男は一刀両断される。

 斬られた大男の体が音も無く砂になってその場に崩れ落ちてしまうその様は、いつもアリアが剣を振るう時と同じ現象だ。

 アリアの剣ではあるが、穂摘が使っても変わりない効果を引き起こすのか。

 いや違う、アリアは先程穂摘の事を「力を受け継いだ」と言っていたのだから、穂摘だからこそ、この剣の力を発揮出来たのだろう。

 しかし力など受け継いだ覚えの無い穂摘は首を傾げる。

 一緒に居て影響されているからか。

 だからと言ってそれが受け継いだ事になるのか。

 さっぱり分からなくなっているところに、下僕を失ったエスラスが呆然と突っ立っていた。

 わなわなと震え、うまく定まらない指を穂摘の手元の輝きに向けて指し示す。


「その剣を何故、お前ごときが……」

「分からないかエスラス。私の力で人間となった女の産んだ子だぞ。アラタは人間でありながら生まれつきに私の因子を受け継ぎ、宿しているのだ」

「な、何て羨ま、しい……」


 知った事実による衝撃で本音がだだ漏れているドルイドに、穂摘自身も衝撃が大きくて突っ込む余裕が無い。 

 穂摘は決して、妖精と人間の間の子では無かった。

 穂摘の母親の体はきちんと人間に変わっていたのだから、人間と人間の子には違いない。

 ただ、アリアの力によって人間となった存在が母だった事で、その体にアリアの力の因子を受け継いでいたのだろう。

 穂摘にとってはもうどうしようも無い程、目を背けたい現実。

 だがここで挫けて膝をついてしまうわけにはいかない。

 穂摘は剣を持ったまま、エスラスに寄って行く。


「アリアを離せ」


 エスラスを見下ろす、穂摘の眼鏡の下は酷く冷めていた。

 動機は何であれ、このドルイドは人間を大量に殺している、殺人鬼である。

 アリア相手ではあどけない少女にしか見えないが、実のところはそうでは無い。

 気を抜いてはいけない、と切っ先を少女から外さずに居た、のだが、


「馬鹿め」


 瞬間、エスラスの袖からまたリボンが勢いよく投げ放たれた。

 リボンに触れた時点で穂摘の体は虚脱した状態になり、その場に崩れ落ちる。


「結果として人間同士の子とは言え、その剣を抜けるほど我が王の因子が含まれているのであれば私の呪に掛かると言う事。ぬかったねぇ」

「アラタ!!」


 このリボンは対象を巻く必要など本来は無い。

 ただ触れてしまうだけで妖精の力を奪うのは、以前手に取った穂摘がよく分かっていた。

 なのに、やってしまった。

 この場に上北が現れないと言う事は、彼女はまだ夏堀を探している最中なのだろう。

 今度こそ絶対絶命だ。

 しかし穂摘を死なせたところでアリアの石は無い。

 剣は奪われてしまうが、このドルイドに剣は使えなさそうであり、後から来るはずの上北がきっとどうにかしてくれるはずだ。

 素直に死を覚悟するわけでは無いが、動きを封じられている状況では何もしようが無い。

 呪による虚脱感で、開いているのも疲れる瞼を閉じようとした時、


「そこまでだ、エスラス」


 ざり、と刃物で布が切られる音と、男の声がした。


「き、貴様ァァァァ!!!!」


 これ以上無いと言うほど激昂するエスラスの叫びに、穂摘は慌てて顔を上げた。

 顔を上げられると言う事は既に自分にリボンは触れていない。

 倒れていた体を起こすと、視界に収まる範囲の遠方、アスファルトが続く道の先から夏堀をおぶった上北が駆けて来ている。

 ああ、無事だったのか。

 しかしすぐに疑問が湧く。

 遠くに上北が居ると言う事は、今自分を救ったのは誰なのか。

 穂摘が顔を上げると、そこには短い黒髪で、精悍な体躯の男が居た。


「何年ぶりだ? 相変わらず貧弱そうだなぁ(あらた)は。そういう所は母さんにそっくりだ」

「おっ、お、おお、おおお」


 言葉をうまく発する事が出来ない穂摘をよそに、男はエスラスに視線を戻す。

 その視線の先のドルイドは幼い顔を、先程穂摘を見ていた時以上に憎々しげに歪めていた。


「毎回毎回、私の邪魔をして……!!」

「それが仕事だから仕方無いだろう。そろそろ年貢の納め時なんじゃないか?」


 不敵に笑う、男。

 見た目の年の頃は、三十代後半、と言ったところか。

 身長も日本人にしては高く、体つきも逞しい。

 しかし彼がその見た目よりもずっと年を取っている事を穂摘は知っている。


「親父……」


 リボンに触れているわけでも無いのに、穂摘の力が抜けていく。


「諸悪の根源が何を言うんだい、貴様さえ居なければあの女が人間になろうなどと血迷う事も無かった、その後の私の計画が邪魔される事も無かったのに!」

「そんな言い分は知らないなぁ。あの日あの時……俺の持つ力を狙って大勢の人間を殺した時点でお前に救いなんて無いさ」


 エスラスとの言い争いの最中、どこか飄々とした振る舞いだった穂摘の父の雰囲気がどんどん張り詰めていく。

 あのバスでの事故の事を思い出しているのかも知れない。

 自身が巻き込んでしまった人達の事を。

 穂摘の父が持っているのはごく普通のカッターナイフであったが、人間であるエスラスには十分な凶器だ。

 しかし彼はそれを仕舞い、かわりに妙な紋様の刻まれた手錠を取り出して、


「お前の操っていた妖精は全てあのラウファーダが退治した。終わりだ……エスラス」


 かしゃんと少女の手首に掛けた。

 がくりと膝をつき、声も涙も無く、エスラスの瞳は虚ろになる。

 ついでに言うと、穂摘の瞳も虚ろになっていた。

 言いたい事がありすぎて、どこから言っていいのか分からない。

 穂摘の父は次に、アリアのリボンも切ってやっている。

 その身を解放されたアリアは、槍など地面に捨て置いて、開口一番こう言った。


「ウォールニーン!!」


 そして穂摘の父に抱きつく、金髪妖精。

 何を言っているのか分からないが、あれ、何だ、もしかして顔見知りなのか。

 更に突っ込みたい事が増えた穂摘に、容赦なく降りかかる彼女達の会話。


「アリァガッドリャフ。どこへ行っていたのかと思ったが、息子の所に居たのか」

「うむ、見た目は似ておらぬがウォールニーンに似て優しかったぞ!」

「俺はほとんど育ててないけどなぁ」


 ウォールニーンって何だ。

 何故アリアは、自分の父に抱きつき擦り寄っているのだ。

 起こしていたはずの穂摘の体が、べたりと地面にくっついた。

 何だかもうこれ以上動ける気がしない、精神的な意味で。

 そんな穂摘の下へようやく来た上北と夏堀。

 夏堀はそこで上北の背から降り、所々赤くなった肌をさすりながら膝を突く。

 キャミソールに短パン、と多分攫われた時の格好のままなのだろう、と穂摘は思ったがそれを気遣う精神的余裕は穂摘には無い。

 代わりに、捕らわれていて憔悴していてもおかしく無いはずの少女が、穂摘を気遣う。


「穂摘さん! 大丈夫ですか!? 怪我でもしているんですか!?」

「……いやその、怪我はしてないんだけど、力が出ない」

「リボンのせいですか!?」

「もう違うと思う……」


 穂摘の心中を察している上北が、転がっている自分の槍を拾い上げてため息まじりに告げた。


「お前の親父は、日本で妖精処理を担っている人間どもの……現場のトップだぜ」

「穂摘さんのお父さん凄い人だったんですね! って言うかてっきり事故で死んでいたんだと思っていたんでびっくりしました!!」

「何その勘違い……見ての通り死んでないよ……生きてるかどうかも分からないくらい音信不通だったけど……」


 そして仲睦まじく再会を喜び合っているアリアと父に目をやる。

 が、とてもでは無いが直視し続ける事は穂摘には出来なくて。


「のたれ死んでりゃ良かったんだ……それでもって僕もしにたい」

「なっ、何て事言ってるんですか穂摘さん!」


 倒れている自分を支えてくれた女子高生に、穂摘は情け無さ過ぎる泣き言を漏らした。

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