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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第九話
37/43

折られた願いと、織り成す望み2

 そして夏堀(かほり)が見上げる崖の先では、彼女の想像通り、停車させた車の横に穂摘(ほづみ)が立っていた。

 上北(かみきた)とアリアは敵らしき妖精の臭いを確認した時点で穂摘と別れており、一人で穂摘が現地に着いて間も無く、大きくて気持ちの悪い生き物が崖を凄い勢いで駆け上がって小さな少女を連れて来る。

 全身が長い毛で覆われている大男。

 例えるなら、雪男などに近い外見をしているが、その毛は白では無く焦茶色でオランウータンなどを連想させるもの。

 十中八九、これは妖精と言う名の化け物なのだろう。

 そんな不気味な大男の肩に乗っているのは、異国の少女。

 カーライトで照らされている髪は赤茶色。

 某ゴスロリ聖地でも闊歩していそうな服は丈の短いアンティークドレスで、暑苦しいなと言うのが穂摘の第一印象だった。

 夜とは言え、半袖でも蒸し暑いのによく着られたものだ、と。

 見た目は子供だが、年相応の中身では無いはずだ。

 異質な存在に慣れている穂摘は、夏堀とは違い即座に切り替えて、わざわざその点を問う事はしなかった。

 かわりに、


「まだ指定の時間じゃ無いんだけど、もう取引出来るのか」


 特に表情など変えずに淡々と話をふる。

 少女は穂摘の瞳よりも少し緑味の掛かった淡褐色の瞳を彼に向け、上唇を尖らせながらも答えた。


「待ちきれずに取引をしに来たのでは無いのかい? 物を持って来ているのであれば、取引してやろうでは無いか」

「……持って来ているよ。でもその前に夏堀さんの安否確認が先だ。彼女を、」


 しかし穂摘の言葉はそこで止められる。

 少女が話の途中で大男の肩から飛び降り、レースアップされている厚底靴でアスファルトをカカンッと鳴らした。


「石は奴の懐だ。やれ」


 少女の華やかなフリルのついた袖が、穂摘に向けられて、上がる。

 目標を指定された大男が合図の後にすぐ、太い腕を振り回し襲い掛かって来た。

 相手は死者が出る事を気にも留めない連中だ。

 まともに取引が出来るなどとは思っていなかったので、攻撃が来る事を心構えしていた穂摘は初撃はうまく逃げる事が出来た。

 だが避ける事の出来ない、運転手の居ないレンタカーのボンネットは、フロントフェンダー側からべこりと凹まされてしまう。


「げ」


 弁償費用が脳裏を過ぎって、穂摘は声を漏らした。

 妖精に殴られた場合でも、保険は効くのか。

 大男の攻撃はスピードこそ遅いが、一撃の重さは生身の体では受け止められるものでは無い事を、車の惨状が物語っている。

 大した力を持っていない穂摘の役割は時間稼ぎだ。

 こうしている間に夏堀の安全をアリア達が確保してくれたなら、その後は剣をアリアに返していつも通りばっさりと斬って貰えばいいだけである。

 けれど、出来る事ならば指定時刻前に周辺の把握をしたかったのに、既にその場に敵が居る上に取引もせずに襲って来ている現状は、想定していたとは言えども一番悪いケースであった。

 穂摘が逃げ惑っていると、今度はバス事故後に新しくつけたと思われる頑丈そうなガードレールが大男の拳によって捻じ曲がってしまう。

 これの修理代は僕が払うんじゃあないぞ、と相変わらず弁償について考えてしまうのは、ある意味彼に余裕があるからなのか。

 一切声を上げずに黙々と穂摘を襲い続ける大男の動きはシンプルだ。

 力はあれども頭は足りていないのかも知れない。

 決して広くは無い公道の幅では、大男の動きにも制限がかかって穂摘のほうが動きやすいようである。

 そんな進展の無い攻防にじれったくなったのか、少女がフリルの袖の中に手を通し、そこから一枚の白い羽根を取り出した。


「ちょこまかと動いたところで、お前は全てを奪われて終わるのだよ! お前の母が私にしたように……ッ!」


 少女がぶぁ、と羽根を持って手を振ると、その腕の動きに合わせて強風が彼女の手元から吹き荒れ、穂摘の体が押されてしまう。


「くっ……」


 まるで少女自身が風を起こしたようであったが、穂摘には見えている。

 その羽根の先に縛り付けられている小さな妖精が。

 アリア達のように自身の力を使うのではなく、あくまで妖精の力を借りての技らしい。

 となると、やはりこの少女は人間か。

 ただし、人間でありながら穂摘よりも余程妖精の近くに生きているようではあるが。

 ドルイドと言う、妖精と共に生きる、人間。

 しかもどうやらこの少女……


「僕の母は、お前にも何かをしたのか?」


 アリアに続いて、穂摘の母の、第二の被害者らしい。

 自分の母は今度は一体何をしでかしたのだ。

 穂摘は気が滅入りそうであった。

 夏堀の安否に関しては話す気など微塵も見せなかった少女だがその件に関してはむしろ話したいようで、羽根を持っていないほうの手で大男の動きを止めるような指示をする。


「罪による罰は子にも継がれる……いや、お前の存在自体が罪と言ってもいいだろう。その罪、知ってから逝くがいい」


 ふふん、と色々引っ掛かる物言いをする少女。

 けれど穂摘はそれらを飲み込んで黙った。

 少女が口を開くのであれば、それは穂摘にとって願ってもない時間稼ぎだからだ。

 大男は再度少女の近くに寄って、穂摘から彼女を護るような位置関係に構え、少女はそんな大男に身を預けながら続ける。


「私は王の宝を預かる命を与えられたドルイド。王に仕える事は私にとって至上の喜びであり、生き甲斐。妖精王と言う人智を超えた存在の傍らに居られるのだから当然だろう」


 ドルイドは自身の小さな胸に手を当て、思い出の中の王に(かしず)く様に目を伏せた。

 だが次の瞬間には、その目をかっと見開き、穂摘を貫かんばかりに睨み付けてくる。


「なのにその幸福は突然終わった。お前の母が私の主を騙し貶めたせいで我らの国は荒れたのだよ。想像出来るかい? 私だけではない、民の全てが愚かな女のせいで未来を嘆く現状を」

「……な、何となくは」


 穂摘の瞳は、眼鏡の下で普段よりも多く瞬きをしていた。

 表情筋が、うんざりとした顔へと動くのを止められない。

 辛うじて当たり障りのない返事をドルイドに返したが、正直言って穂摘はそこで叫びたい程であった。

 このドルイドの言葉に……穂摘が知っている事実と重なる点があったからだ。

 けれど叫んでも仕方がない。

 その重なる点が「同一」であるのか確認すべく、穂摘は恐る恐る口を開いた。


「あ、あのさ……確認なんだが、アナタの主とやらの名前は最初にアリが付く名前だったりシマセンカ」


 あまりの申し訳無さに、二人称がお前からアナタになる穂摘。

 ドルイドの少女は彼の言葉に憤怒し、叫ぶ。


「我が王をそんな不名誉な名前で呼ぶんじゃないよ! お前が言おうとしている名は蔑称なのだからね」


 やっぱりか、と漏らしたいところを堪える穂摘の唇が無理に引き絞られて歪んでいた。

 要するにこのドルイドは、アリアが力を失った事によって二次被害を受けていたのだろう。


「ご、ごめんなさい。本当に申し訳ございません」

「……急に殊勝になったね、何がお前の心を変えたんだい」

「いや、色々思うところがありまして……で、でもならどうしてそんな被害者である貴女が妖精を使って、人間も妖精も不幸にするような事をしているのでしょうか」


 先程は聞けなかった話。

 だがこの流れなら聞ける。

 そう思ってへりくだりつつ話に混ぜてみると、少女は穂摘の話に乗ってきた。


「そりゃあ私の目的はあの御方の治世の再建だからだよ。今の世の人間はあの御方には不要、そしてあの御方を崇めぬ妖精も不要。そういう事さ」


 その言葉には、自分と異なる価値観への完全なる拒絶があった。

 歩み寄りすらも、無い。

 人間も妖精も関係なく、他を見下す醜さが彼女の表情から零れている。

 多分このドルイドはアリアの元配下で、アリアを崇拝しているのだろう。

 なのにその配下とは思えぬほど、彼女の輝きとは正反対の、とても人間らしい価値観を持っていた。

 アリアを見えない人間を憎み、アリアを崇めない妖精までも憎む。


「なるほど……だから彼女の力を使って、あんな酷い箱をばら撒いていたのか」

「そうさ。けれど誤算だったのはお前達が探っていた死を運ぶ犬(デュラハン)の件だね。箱同士を繋げて少ない力で誓約(ゲッシュ)を強制させていた事があだとなった。ルールを破ったその者だけを殺すはずが、呪いの影響する対象までもが箱によって繋がってしまった……死に過ぎたおかげでお前に嗅ぎ付けられたのだから、あれは私の落ち度だったよ。死を運ぶ犬(デュラハン)の死因ならば、一人死ぬだけなら不自然では無かったはずなのにねぇ」


 大型客船でのあのどこか矛盾した被害の拡大ぶりは、箱を作った際の予期せぬ欠陥だったらしい。

 ならばそこをどんな風に探ったところで答えが出て来ないわけだ。

 物事には、偶然と必然がある。

 偶然に起こってしまった事柄まで拾い上げてその意図を推測しようとしても、答えが無いものは導き出しようが無い。

 このドルイドの失敗など、分かるわけが無いのだから。


「落ち度、ね。ドルイドであろうともやっぱり人間だな。お前も、お前の嫌いな今の世の人間と大差無い」

「何だって……?」


 穂摘の厭味が癇に障ったようで、その顔に浮かぶ憎悪の色が濃くなる。

 人形の様な外見なだけに、表情が歪むとこの暗さで僅かに見える少女の姿はもはやホラーだ。

 だが、穂摘は更に言ってやる。


「失敗する、完璧じゃない、何かが欠けている……まさに世に蔓延る多勢の人間そのものだと思わないか?」

「ッ!」

「妖精達はそういうミスをした自分自身を、きっと許さない。だからこそ妖精の世界では誓約(ゲッシュ)が成り立つ……平然とそのミスを口に出せるお前は人間なんだ。どんなに他の人間と区別しようとしたって、本質は何も違わない」

「そんな事は無い、少なくとも私は世の中の人間とは違い、妖精が見えている」

「そうだな、確かにその差に行き着くだろう。でもな、妖精が見えていないと言う点でお前よりも欠けている人間を見下し……かと思えばお前と同じように、欠けた者、つまり腕が使えなくなった王を見下した妖精達に対して蔑んで……お前がやっている事は矛盾してるんだよ」


 人間も妖精も害そうとするこのドルイドは一つの自分の我を通す為に、その行動に矛盾を生じさせていた。

 欠けた事で位を剥奪された王に肩入れしようと思うのなら、人間の欠けている部分を責めるものでは無いのだから。

 欠けた人間を責めた時点で、それでは遠まわしに王を責めているようなものだと言うのに。

 どこまでも自分勝手で理不尽な敵に穂摘の苛立ちが募る。


「何で人間と妖精の狭間で生きていながら分からないんだ。見えてもいない人間が妖精の存在を認めないのは当然だし、妖精に人間であるお前の価値観を押し付けるべきでもない」


 それは穂摘の、妖精や人間に対するスタンスであった。

 ずっと妖精から距離を置いていた穂摘だが、そんな自分でも分かる。

 妖精の価値観は、ゼロか一か、だ。

 好きか嫌いか、生きるか死ぬか。

 そして、一つでも欠けてしまえば、それは妖精にとってはゼロだった。

 妖精の極端さは良い方向に向けば強い力となるが、悪い方向にも簡単に翻る。

 その最たるものが、アリアの立場だったのだろう。

 人間であるこのドルイドにとっては理解出来ないくらい、簡単に、残酷に。

 気持ちは分かる。

 想像でしか無いが、アリアをそんな風に見られたら穂摘も怒る。

 けれど、だからと言ってそう言った者達に害を為して良いわけが無い。

 勿論、妖精を見ようが無い人間を害して良いわけも無い。


「お前が欠けた王の傍らに居たのなら、お前のやるべき事は彼女を認めない他者を害する事なんかじゃない。傷ついた彼女があんな風に自分を責める前に、お前自身が彼女を認めてやる事だったんだ」


 もし誰かが完全な王としてではなく、きちんと彼女そのものを認めていたなら……アリアは自分を責めて、死を救いだなんて思ったりはしなかっただろう。

 それが妖精の価値観では出来ない事なのであれば、彼女を慕い、更に妖精の隣人だったこの少女がしたら良かった。

 ただそれだけの事だったのに。

 だが、傷ついたアリアの不遇の日々は、結果として彼女の器を大きくしたとも穂摘は思う。

 完璧ではなくなった時に気が付く、不完全である事の、別の価値。

 彼女は妖精でありながらも、人間のそれを知る事が出来た。

 そして、型に嵌まる事の恐ろしさ、妖精としての理(それ)を外れただけで生き難くなる悲しさも。

 穂摘は笑った。

 自分の役目はここまでだ、と。


「お前などにあの御方の何が分かる! 王を貶めた罪深き女の息子ごときが……ッ!!」


 怒り狂った少女が、また羽根を振るう。

 生み出された暴風によって動きを制限された穂摘に、大男が狙いを定める。

 避けようが無いが、穂摘は避けようともしなかった。

 大男の拳は、自分に届く前に止められると分かっていたから。

 青年の予想通り、大男の太く大きな腕は大きな槍によってざくりと突かれ、地面に串刺しにされた。

 大男は声をあげないものの、のたうち回って痛みに悶えている。


「ふむ、四秘宝を守護するドルイドの誰かだとは思っていたが……お主だったかエスラスよ」


 垂直に突き刺さっている槍の石突部分に、重力など関係無いかのようにふわりとアリアが乗り立った。

 黒いローブを身に纏いつつも、それが靡いた隙間から見える彼女の体はどの部分も美しい。

 髪も、肌も……銀の、腕でさえも。

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