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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第九話
36/43

折られた願いと、織り成す望み1

挿絵(By みてみん)

 穂摘新(ほづみ あらた)上北優(かみきた すぐる)の運転に振り回されていた頃、夏堀椿(かほり つばき)は体を木に縄で縛りつけられた状態でいた。

 見張りらしい毛むくじゃらの大男が傍に控えているが、口は特に封じられていない。

 何故なら、そこは人など通らぬ山奥。

 叫んで助けを求めたところで誰も来ないから、封じる必要が無いのだろう。

 鬱蒼と茂った森なのに、夏堀の居る場所だけやや抉れて土が見えていて、潰される様に折れて歪んだ株となっている木々が痛々しく夏堀を囲んでいる。

 当時の記憶は明瞭では無い彼女だったが、多分ここは六年前の事故現場だと誰に言われずとも感じ取っていた。

 そこでは見上げれば崖の上にガードレールがあり、夜の間はちらりとライトが光るのも確認出来る。

 けれど一言で崖の上と言ってもその崖はとても高く、頭上の公道で車が走ったところで夏堀の声など届くはずが無い。


「あの時はあそこから落ちたんだよなー……きっと」


 よく生きていられたものだ。

 いや、生きていられるはずが無い。

 実際に父も母も死に、本当ならば一緒に死んでいたはずの夏堀を助けたのはアリアの力である。

 夏堀は思わず身震いした。

 あの時の記憶が、だんだんはっきりとしてきて。

 幸い頭を強く打った覚えは無かったが、腹に一瞬こみ上げた熱さと、その後に襲ってくる「ナニモナイ」感覚。

 痛くない事とは、今思えば恐怖でしか無い。

 今も、蒸し暑い夜の中で野山に放置されていて、確かに夏堀は怖かった。

 しかしあの時の事を思えば、何て事は無いと思える。

 汗ばんだ肌を不快に感じる事も、虫にさされまくって痒い事も、生きているからこその自然な現象だ。

 ……そして、とてもお腹が空く事も。

 ぎゅう、とお腹から絞り出されるように音が鳴った。

 連れ去られてから夏堀は何も食べさせて貰えていない。

 それどころか、この女子高生は実は現状もよく把握出来ていなかった。

 寝て起きたらパジャマ姿のままで木に縛り付けられ、横には毛むくじゃらの人間と言うよりも動物に近い大男が見張っていて、トイレの際には解放して貰えるが乙女に草むらで致せと言う酷い事を強いられている。

 何にしても、話をして貰えないのでは現状の把握など不可能だ。

 自分にアリア以外の妖精は見えないはずだったが、この大男はきっと妖精で、緑の歯(ジェニー)の時のように人間に接触する為に可視化させているのでは、と夏堀なりに推測した。

 更に、食事も与えて貰えないと言う事は……この妖精は自分を生かす気が無いと思っていいだろう。


「うう、きっと穂摘さん達が助けに来てくれるとは思うけれど、お風呂も入らず虫刺されだらけだし、何よりパジャマ姿で二人を迎えるのが恥ずかしい……」


 夏堀が泣き言を漏らすと、大男が体を揺らして少しだけ反応した。

 この二日間一切会話の相手になってくれていなかった大男だが、ようやく何か喋ってくれるのか、と夏堀が相手の長い毛の奥に潜んでいるはずの目や鼻を見つめようとした時だった。

 夏堀の斜め後ろから、女の声がする。


「この状況で出てくる心配事がそれとは、肝の据わった娘だ」


 大男が反応したのは夏堀の言葉にではなく、この女性が来た事に対してらしい。

 がさがさと草を搔き分けて夏堀の近くに寄ってきたのは、アリアと似たようなローブを纏った者。

 薄暗い夜空の下では分からないが、真っ黒では無いものの暗い色のフードローブだ。

 ただ背丈はアリアよりも低く、それどころか夏堀よりも小さい。

 小柄な女性だと思いつつ、夏堀はようやく現れた「話の出来る相手」に捲くし立てるように言った。


「こんな事をして、どうするつもりなんですか!」

「……意外とまともな質問が来たね」

「そりゃあそうです、私、馬鹿じゃないですもん」

「馬鹿そうだから分かりやすく教えてあげようか。お前はここで私の為に死ぬんだよ」


 死ぬ、と言う言葉に夏堀はそれ以上の質問が詰まって出てこなくなってしまう。

 やはり自分は生かすつもり無くこの場に連れて来られたのだと、疑惑が確信に変わって。

 黙った夏堀に気分を良くしたのか、ローブの女はそのフードの下に見える唇をにんまりと動かした。


「本来は死ぬはずだった命だ、今更惜しくもないだろう?」

「……あ、あの事故を、知ってるんですか?」

「ああ知ってるよ。あいつのせいで計画が台無しになった、私にとって堪え難い事故だったのだから」


 そう言って、女は夏堀の前でローブを脱ぎ捨て、姿を晒す。

 その身は小柄で可愛らしい少女であった。

 ハーフアップにされた髪は赤毛で、茶色の瞳はぱっちりとしている。

 服装もアンティークなドレスで、何となく異国のお人形さんが重なる容姿をした女に、夏堀は驚いていた。

 この敵と思われる人物は、人間では無かったのか、と。


「な、何であの事故を知っていて、しかも何かしら関わっていた人が、そんなに幼いの……?」


 夏堀から見て少女と思うくらいな女の見た目年齢は、十歳に届くか届かないか。

 六年前の事故当時では小学校にすら通わぬ年齢のはずで、なのに計画を台無しにされたなどと言えるのなら人間では無い。

 そんな夏堀の疑問を、女は簡単に解いた。


「この姿かい? これは力の影響だよ。あの御方の力の作用は、決してただ強さを得るものでは無い。お前さんもその恩恵を受けているじゃないか」


 すぅ、と彼女の人さし指が上がり、先端が向けられた先は夏堀。 


「死に逝くはずだった命は生に繋ぎ止められ、僅かだが成長も緩やかなのはそういう事。ああ憎らしい。石を手にいれたら真っ先にお前は肉塊に戻してこの地と共に力を抽出してやろう」


 子供の姿をした女は、夏堀に明確な殺意を放つ。

 何となくしか分からないが、とにかくこの女は、夏堀に使われた力を取り戻したいのだろう。

 そしてそれは、殺した後に行うものだ、と言う事。


「そんな事、貴女にはさせません! あっ、いや、縛られちゃってる私には止める事は出来ないですけれど、私じゃなくて」

「……例の請負人が来るから、かね?」


 この状況は確かに本来ならば体も動かなくなる程恐怖してもおかしくないものだが、それでも夏堀の威勢は良かった。

 それは、絶対に助けに来て貰えるはずだと言う理由の無い確信が夏堀の中にあったから。

 彼らの人柄はこの目でしっかりと見てきた。

 自分が彼らを見捨てたりしないように、彼らも自分を見捨てたりなどしない。

 絶対に。

 長い間拘束されている状況でありながら未だ怯まぬ夏堀に、子供の姿をしたドレスの女は不満げに顔を歪ませる。


「確かにあの請負人は私の放った妖精達を次々に始末していった。腐ってもあいつの息子、それなりに実力がある事は私も認めている。だが……だからこその、お前の存在なのだよ」


 僅かに緑を孕んだ女の茶色の瞳が、パジャマ姿の女子高生を映した。

 人質。

 それ以上言われなくても十分分かっている夏堀は、問う事はせずに黙って聞き止める。

 夏堀の知っている事実との相違も飲み込んで。

 ただでさえ今、彼らの足枷になっている状況だ。

 ……口を滑らせてはいけない。


「どうせ死に逝くのだからその土産として教えてやろう。私はエスラス。あの御方達の力を傍で見続けていた……人間だ」

「じゃ、じゃあ何で人間なのに、人間にあんな事を」

「妖精王に従い、崇拝する人間だからこそ、さ」

「た、妖精の騎士(タムレイン)みたいな感じ?」

「アレと一緒にされては心外だね。アレは無理に『こちら側』に引っ張って来られた類だ。私は人間のまま、世襲制度ではあるもののきちんと自分の意思であの御方に仕えていたのだよ」

「ううぅぅ」


 ここまで来るとわけが分からなくなって、夏堀は泣くように呻く事しか出来なかった。

 このエスラスと言う人間は多少妖精には寄っているようだが、本質は人間なのに妖精に仕えている。

 それは分かった。

 だが、ならばその後ろで彼女を指示している妖精が居ると言う事なのか?

 穂摘達は人間の仕業だろうと予測していたがそこに更に強そうな妖精の存在があるのであれば、対応がまた変わってくる。

 この状況で穂摘達がここに来るのは不味いのではないか。

 不安に怯える夏堀の横で、毛むくじゃらの大柄な妖精がゆっくりと動いた。

 大男が崖を見上げ、エスラスは頷き、そして窘める。


「落ち着きなさい。もう……来たみたいだからね」


 エスラスの瞳が、大男と同じように崖を見上げる。

 そこには、車のライトのものと思われる輝きが見えていた。

 それは通り過ぎはせず、どうやら停車しているらしい。


「約束では明日のはずだったのだが……せっかちな男だ。忌々しい者達の子めが」


 エスラスが可愛らしい顔を醜く歪め、視線の先に居るであろう穂摘に毒づく。

 暗くてはっきりとは見えないが、崖の上に一つの人影が車のライトによって現れていて、それがきっと穂摘なのだと夏堀は思った。

 しかし崖の上からどうやってここまで降りてくるのか。

 そう思っていると、大男の妖精が小柄なエスラスを抱えながら崖を駆け上っていってしまった。


「えっ、あれ?」


 穂摘がここに降りて来るのではなく、エスラスから穂摘の方へ向かった事により、夏堀は拘束されてはいるが見張りが居なくなった。


「もしかしてこれは、逃げるチャンスってやつなんじゃあ……」


 ぎり、と縄を引っ張って、緩み具合を確かめてみる。

 だが、すぐに彼女は思い留まった。

 エスラスが居なくなった途端に、夏堀の周囲には僅かだが金色の光がふわふわと飛び交い始めたのだ。

 何か居る?

 そう、思わされた彼女はもう動けない。

 考えてみたなら、夏堀に一般の妖精は基本見えていない。

 あちらが人間に可視化させていたなら見えるが、ここに他にも妖精が居たとしても、相手が不可視の状態であれば夏堀に見えていない可能性がある。


「もうちょっと、様子見よう……」


 痒い体を搔く事も出来ない状況で、夏堀は痒さに身を捩りながら耐え忍んだ。

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