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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第一話
3/43

歯を砕き、縁を繋げ3

 それから穂摘(ほづみ)は、その翌日も少し早めに仕事を切り上げて例の公園に来ていた。

 例の公園、とはアリアが「寝泊りしている」と冗談を飛ばした公園の事だ。

 アリアがこの事実を知ったならばきっと「そんなに私に会いたいか」などとのたまうことが予想されるが、彼の用事はアリアでは無い。

 アリアとは毎晩会えるのだから、わざわざ公園に出向く必要など無い。

 代わりに、彼はその公園で別の、とある存在を観察していた。

 夕方、まだ五時にもならない時間帯にスーツを着た一社会人が公園に独り突っ立っていると言う状況は、通りすがりに見たなら絶賛就職失敗中で途方に暮れているものと勘違いされる事だろう。

 そんな切ない状況に彼が身を置いている理由は……


「アレは、あの像を根城にしている、のか……?」


 彼の視線の先は、少し木々に隠れた先にある噴水と彫像だった。

 一般人にはただ噴水の中央に彫像が立っているようにしか見えないが、穂摘は昨日ここに来た時、その彫像の隣に気になる存在……妖精らしきモノを視認してしまう。

 故にそれを気に掛け、こうして様子を見に来ていたのだった。

 女子高生達に早く帰るよう促したのはその存在を見つけたからでもある。

 ただ、女子高生達に話を合わせたように「変質者」では無いのだが。

 骨ばった体を弱々しく彫像に寄せる、頭からつま先まで彩度の低い緑色の、人間を模しているのに人間では無い老年女性。

 その老婆の妖精は穂摘が見ている限りはずっと噴水の横に座ったまま、焦点の合わない目を宙に揺らしているばかり。

 曇って薄暗い空と同じように、今にもさめざめと泣きそうな顔をしている。

 動こうとする様子も見られず、今のところ害は無いと判断出来た。


「大体において、アリアがここに来ているならあんなのに気付かないわけが無いよな……」


 彼女が気が付いていて放置しているのだから、無害な妖精なのであろう。

 自分で確認する限りでも、無害そうだ。

 帰るか。

 そして、もう来なくていいな。

 そう思って穂摘が踵を返した時だった。


「何だ、アレが気になるのか?」

「っうわああああああ!」


 すとん、と突然目の前に落ちてきたアリアに驚き、絶叫する穂摘。

 いつも通りの黒いローブでフードをかぶり、てるてる坊主としか表現しようの無い服装。

 雨も日差しも何のそのな格好の彼女に、とりあえず一番訴えたい事を伝える。


「どうしていつもいつも突然出てくるんだよ!」

「驚かせたいからに決まっておろう」

「うざすぎるだろ!」

「……で、アラタ。あやつが何かしでかしたのか?」

「やっぱり気付いていたのか。ならいいんだ。ちょっと気になって見ていただけだよ」

「そうか、それならば私も深くは追求するまい」


 相変わらずシンプルなやり取りを交わす彼ら。

 普通の関係ならば話題を掘るのだろうが、彼らにはそれが無い。

 アリアの発言に本来ならば問うべき部分もあるのだが、基本アリアとの会話はとても疲れるせいか、穂摘はあまりよく聞かずに流して自身の中で結論付けた。

 そこへ、少し離れた位置から誰かが声をあげてくる。

 それはあまり気分の良くない語尾の伸ばし方。


「おじさーん、それ変質者ぁー?」

「わー! やめてよそういう事言うの!」


 穂摘は一瞬自分に対しての声かけである事を判断出来なかったが、声を発した相手と視線が合う事でようやく自分がおじさんなのだと気付く。

 そしてその声の主は、昨日おじさんが間違って声を掛けてしまった女子高生二人組だった。

 半分以上でっち上げた変質者の存在を、まさかアリアとして誤認されるという状況に目眩がする。


「おい、姿消してないのか」


 小声で呟くと、アリアもそれに対して女子高生達には聞こえない程度の声量で答えた。


「アラタに寂しく独り言を言わせるわけにもいくまいと思ってな」

「あ、あぁ……」


 穂摘は知っている事であったが、黒いローブに包まれた異様な格好であるアリアが周囲に無視され続けるのには理由がある。

 単にアリアは通常、穂摘以外には見えないのだ。

 その事実はつまり、アリアは人間では無いと言う事。

 だが、アリア自身の意思で、普通の人間にも可視させる事は出来る。

 これは先日の犬女も行っていた。

 死の象徴である自身の姿を故意に可視状態にし、人間に視認させる事で「影響」させ、何人ものクルーを自然死させる……

 とにかく、アリアの場合はそのような物騒な力は無いとは言え視認させてしまえばこの通り、その格好ゆえに即・変質者扱い。

 しかし服装に関しての感覚が人間の一般常識とズレているアリアは、不服そうに女子高生達に近付いて行った。


「変質者? 私の事か?」


 お前以外に誰が居る……と、穂摘は心の中でツッコんだ。

 けれど一度声を放てば、女性のそれ。

 格好はおかしくとも、少し話せば誤解は解けるに違いない。

 事実、女子高生達はアリアの一声でいかにも「しまった」と言った表情を浮かべている。

 女性に対して変質者などと言ってしまったのだから、当然だろう。

 そう高を括った穂摘だったが、その時たまたま吹いた突風によってそれらは全て打ち消される事となった。

 アリアのローブがふわりと捲れた途端、女子高生達が驚きの声をあげる。


「「変質者だーーーーー!」」


 学生服の娘達は二人で手を取り合い、見たものに対して目を見開いている。


「ほ、本物じゃないかも知れないよ!?」

「いや偽物だとしても変質者だっつの!」


 穂摘はアリアの後姿しか見ておらず、アリアの黒いローブの中に、正面から何が見えたのかまでは把握出来なかった。

 けれど、思い浮かぶ物はある。

 剣や籠手は基本、アリアはローブの中から出しているのだから、そんな物騒な物を見せられては叫ぶのも無理は無い。

 あれは本物であり、法的にも即アウトだ。

 焦った穂摘は、急いでアリアの左手を掴んで走り出す。

 女子高生達は茫然としていて特に追いかけて来る気配は無く、自転車は置いて来てしまったが無事に逃げ切る事が出来てほっとする穂摘。

 途中からアリアは再び姿を人間に見えないようにしたのだろうか、公園からは少し離れた道沿いの交差点で、荒い息を整えている穂摘とアリアに振り返る人は誰も居ない。

 この状態、この場所でアリアと話しては、先程彼女が危惧していたように穂摘は独り寂しい変人になってしまう為、少し路地裏に入ってからアリアに話しかける。


「僕の事を気遣ってくれるのはいいがな、お前みたいな格好の奴と話している時点で変人の仲間入りさせられるんだよ。そんな気遣いは要らない」

「何? 何故だ?」


 出会って一ヶ月間、今の今まで、アリアと接して来ているのは自宅ばかり。

 外に出たとしても人けの無い場所で、時間は夜。

 追求せずに放置していたアリアの格好について、今になって指摘する事になろうとは。

 穂摘は面倒な事を後回しにしていた事を後悔しつつ、話し出した。


「簡単だ。お前のその黒ローブ、街中じゃ浮いてるんだよ」

「なっ、何と」

「前から言いたかったんだが、せめてローブを脱げ」


 前から言いたかったのに言わなかったのは、面倒である事と同時に別の理由もある。

 何故ならアリアは人間ではないのだから、人間の常識を押し付けるべきでは無い。

 そう、穂摘は思っていたのだ。

 でもそれによってトラブルに巻き込まれては別だ。

 アリアがどのような服のセンスをしているのかはローブを見るだけでも察する事が出来るが、せめて真っ黒なローブよりは中身のほうが倍マシだろう、と。


「剣を隠したいのなら脱いだローブで巻いておいたらどうだ? それならもう少し誤魔化しが効く見た目になるんじゃないのか」

「剣?」

「あぁ剣だ。さっき、あの女子高生達に物騒な剣を見られたんだろ? 違うのか?」

「剣など私は持ち歩いていないぞ。あれはいつでも『体』から出し入れ出来るからな」

「え?」


 では、先程は何を見られてあんなに面白おかしく叫ばれたのだろう。

 穂摘がその疑問を自力で解消する前に、アリアはぶつぶつ呟きながらローブを脱ぎ始めた。


「まぁいい。脱げと言うのならばそうしよう」


 そして、彼女の私服が露わになる。

 剣など持っていなくとも女子高生達に悲鳴をあげさせた斜め上センスな私服が。

 私服、が……


「は?」


 穂摘の目が丸くなる。

 少なくとも彼に想像する事が出来ていたどの服にも当てはまらないものが見えたからだ。

 覚悟して見たにも拘わらず、


「うっ、う、う、お、おいいいいいぃぃぃぃぃ!!!!」


 穂摘はツッコミのような悲鳴をあげた。

 路地裏に入ったとは言え、大声を出しては通りの人間が、何事かと路地裏を覗くだろう。

 そして、その覗いた先には突っ立って叫んでいる男が一人。

 コングラッチュレーション。

 変人の仲間入りだ。

 不幸中の幸いとして、通りすがりの人々に変人扱いされたところでダメージは少ない、くらいか。


「ローブを脱いでおけば姿を現しても問題無いのだな」

「い、いや、ダメだ、絶対ダメだ、絶対に姿を人間に見られるんじゃないぞ。でもって今すぐローブを着直せ」


 再度着用を促され、アリアの顔が少し不機嫌そうなものに変わる。


「さっきと言っている事が違うではないか」

「そりゃローブの下がまさか全裸だなんて思っていなかったからだよ!」


 アリアのローブの下は、皆がドン引くようなダサい服では無かった。

 皆が超ドン引く、裸体だった。

 耳当て帽子を被ったままでローブだけ脱いだ彼女の体は、ブラジャーもショーツも履いていない。

 なのに右腕の籠手とブーツだけは全裸にも拘わらず装着しており、もう、脱ぐならむしろ全部脱いで頂きたい。

 女の裸体は、シチュエーション次第では是が非でも見たいものだが、シチュエーション次第では見たくも無いくらい萎えるものなのだと実感する。

 少なくとも穂摘は、コートの下の全裸を見せびらかす変質者女と遭遇しても喜べない。

 見入ってはしまうが、欲情は出来ない。

 出来なかった。

 渋々ローブを着直した事を確認し、穂摘はようやく落ち着いて話を戻す。


「脱いだところ見た事無いな、とは思っていたが……予想の斜め下過ぎるだろ」

「私だって好きで服を着ていないわけでは無いのだぞ。ただ、飛行機で日本に来る際にほとんど脱ぎ捨ててしまっただけなのだ」

「そ、そうなのか」


 アリアの出自は、彼女が妖精である以上日本では無い。

 何があったのかは知らないが、何があったのか聞きたくない。

 聞いても何も変わらない事情などさておいて、一刻も早くコイツに服を着せねばならない。

 穂摘は、情けない目標を脳内で自身に課した。

 裏通りに入ったとは言え、あまり独り言を繰り出してはまた白い目で見られてしまう。

 今までは気にしてはいなかったが、アリアに指摘された以上少し気になってきたので、携帯電話を取り出しカモフラージュがわりにそれを耳にあてながら、アリアに話しかける。


「服くらい買う金は稼いでいるんだから、欲しいとか言えよな」

「別に欲しくも無かったのだ」

「……最近暑くなってきたしな」

「うむ」

「でもそれだと姿を可視化している際に一般人に見られたら、さっきみたいになるんだ」

「そのようだな。まさか変質者扱いされるとは驚いた」

「だから……服を買ってやる。今夜までに適当に買っておくから、それまで絶対にさっきみたいな安易な真似はするなよ」

「あい分かった」


 素直に話を聞き入れてくれた事に安心する穂摘。

 これが「服なんて着たくない!」などとのたまう裸族だったら目もあてられない事になっていた。

 仕事が早上がりだった事が幸いし、それから穂摘は一人で女物の服を買いに行く。

 アリアを連れて行って相談しながら買うと言う流れも選択肢にはあったはずだが、そのセンスは信用ならないし、独り言に見える会話を誤魔化すのも疲れる。

 とりあえず着られる服さえあればいいだろう。

 そう思っていた。

 が、売り場に着いてから彼は絶望的な事実に気付く。


 ――下着も買わなきゃいけないじゃないか!


 初めて買った女性用下着は大型スーパーに置いてあった、セットで一九八十円の安物だった。

 努力の末、頭を空っぽにしてレジまで持って行ったと言うのに、店員の顔色も特に変わらず呆気無く会計は終わったらしい。




 そして、あれだけ大騒ぎをしたもののそれからは何事も無く、三日ほど経ったある日の事。

 仕事の外回りの最中に穂摘の携帯電話へ、パソコンに届いた依頼メールが自動転送されてくる。

 依頼内容が自分達の専門外である事も多いので八割以上は断るのだが、転送されてきたメールは穂摘でも分かるくらいの妖精的特徴が書かれていた。

 いや、正確には、穂摘に見覚えがある妖精の特徴が書かれていた、だった。

 しかも依頼主は、


「ええと、学、生……?」


 一先ず足を止め、近くのコンビニに入って携帯電話のタッチパネルをフリックする。

 学生である事を考えると、報酬はあまり望めないだろう。

 だが、穂摘達は決して報酬だけのためにこのサイドビジネスを行っているわけでは無い。

 故に、まずは話を聞いてみよう。

 それ以外の選択肢は無い。

 穂摘は器用に文字を打ち込んで返信をし、すぐさま日常へと思考を切り替えた。

 何しろ今は表の仕事の最中なのだから。

 依頼主の学生から返事が届いたのは夕方になっての事だったが、その頃の穂摘は会社に持ち帰った仕事に追われていてすぐに読む事は出来なかった。

 ようやく仕事が一段落したところで読んでみる。


 ――この数日、ずっと誰かにつけられている気がしていた。

 視線を感じるけれど、姿は見えない。

 友達と探しても見つからない。

 けれど昨日帰宅して何気なく窓の外を見てみると、二階にあるはずの自分の部屋の窓に、人が張り付いていた。

 髪から肌まで、全て苔の様な色をした老婆が――


 本来の文章はもっと狼狽しているのがよく分かるまとまりの無いものであったが、要約するとこういう事だろう。

 ここまでの情報を読み終えて頭に入れたところで、穂摘は返事を送る。

 既に学校が終わっている時間だからか、数分で依頼主から返事が届き、軽く目を通してから携帯電話はポケットに仕舞った。

 加害妖精は既に確認済みだ。

 被害者も薄々想像がつく。

 これでは穂摘達の欲しいものが得られるとは思えない上に報酬も望めないが、可哀想だから退治くらいはしておこう。

 何度もおじさんと呼んだ事は、許してやろうじゃないか。

 穂摘の中では、この度の依頼はそんな慈善事業に変わっていた。

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