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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第六話
25/43

窮愁に呑まれる、思慕の情4

 心の仕えが少し取れたのは、きっとアリアを人間として扱っても良いと思えるようになったからだろう。

 どう距離を取って良いのか分からなかった相手に、普通に接しても良い理由が出来たからだろう。

 だがそれは、穂摘(ほづみ)の母が「駄目」と躾けた内容に障るものである事には変わりない。

 穂摘は彼女の本音が嬉しくて、その点を失念してしまっていた。

 アリアが妖精である現実は、何も変わってはいない事を――


 心の問題だけは片付いた穂摘は、次に更科(さらしな)からの依頼をアリアに話した。

 アリアは嫌がらせのように黒いローブを脱いで、薄手のロングシャツ一枚の状態で、デスクに向かう彼の隣に立っている。

 対して穂摘は座っているので丁度視線の高さが彼女の胸元になり、どうしてもそれに目がいってしまうのだが、アリアがわざといじって来るのだからここはいっそ開き直って見てやろう、と今夜は遠慮無くその豊満な胸を見る事に決めた。

 以前よく見せられていた全裸より、今夜の格好はまあイケる、と穂摘は正直に思う。

 言葉と態度には決して出さないが。


「あれからあの黒い犬の件は僕も調べていたんだけど、どうも腑に落ちないんだ」

「と言うと?」


 小首を傾げたアリアに、穂摘は収集した情報をまとめていたテキストファイルを開いて見せる。

 図と補足文で情報の繋がりを綺麗にまとめたそのファイルは、彼の几帳面さが出ているものだった。


「まず黒い犬は、最初の被害者と約束をして、それを被害者が違えてしまった。黒い犬の言い分を聞く限りはこう言う事で、その反故によって他の船員にも害が及んだんだろうと思える。他の被害者に原因は無いような言い方だったからな」

「ふむ」

「で、被害者は多分だけど誰かを助ける為に黒い犬と取引をしたんじゃないかと思う。これは黒い犬じゃなくて遺族の話から推察するに、なんだけど。どうも彼はそんな事を遺族に漏らしていたらしい」

「ふむふむ」


 流石に真面目な話題にもなると意識はモニタに集中し、穂摘は隣にある魅惑的な物体も気にならなくなっていた。

 細い線の眼鏡はモニタの光を反射して、その下にある穂摘の表情をアリアに見せない。

 その状態では視線が合う事も無い為、アリアも一緒になってモニタを見つめる。


「そこで問題なのが……あの黒い犬の性質なんだ。あれは、自身の姿を見たものを後日死なせてしまうような妖精だっただろ? 誰かを助ける為にあの犬と契約するのはおかしくないか?」

「そうだな。奴は人を死なせる事はあっても、断じて救うような妖精では無い」

「それに一つの契約の反故に対しての制裁があまりに大きすぎる」

「確かに倍どころでは無い数の人間を殺し続けるつもりだったようだのう、あやつは」

「僕が言うのもなんだが、妖精は決して人間のように不当な制裁は与えない存在がほとんどだと感じる。多分(ことわり)や制約に存在が縛られているからだろうけどさ。なら、そこにはきっと倍どころでは無い数の人間を殺すに値する契約があったはずなんだ」

「なるほど。つまり、契約は何か他にも、私達の見えていないものがあった、と言う事だな」


 モニタ内のテキストファイルから目を離し、二人の視線がそこでしっかりと合う。

 互いの瞳は、やや険しく細められていた。


「けれど最初の被害者側からはどう掘り返してみても、誰かを助ける……その一つしか取引に為り得るような事情が見つからないんだ。だからそこは一旦置く」


 重要点と思われる問題をあっさりと横に置く穂摘に、アリアが一瞬目を丸くする。

 だが、すぐに彼女も彼同様に切り替えた。


「……情報が足りない状態で無理に仮定しても、選択肢を狭めるだけだからか」

「そういう事。代わりに、確実に拾えたもう一つの情報について考えよう。これはその、ちょっとあまり良くないやり方で調べていたんだけど」

「私は咎めぬから、言ってしまうが良い」

「……被害者の情報を掘り返す際に、同じようにその被害者の情報にアクセスしている存在があった」

「ほう?」

「そのアクセス元は僕が確認した限りでは……メイヴカンパニーなんだ」


 あの客船の連続死の依頼は、メイヴカンパニーを通していない。

 ならば何故、黒崎(くろさき)達はこの件を調べていたのか。

 勿論「自分達に来なかった依頼」として彼女達にとって調べる価値はあると思うが、それだけで納得して捨て置いて良い事実でも無いだろう。

 アリアはパソコンデスクの上に軽く腰を掛け、銀の腕を組んで考え込んだ。


「わざわざ調べていたくらいなのだ、ラウファーダ達は直接関係があるわけでは無いような気もするが?」

「そう、だよな」

「直接聞いたほうが早いであろう。あやつらの事だ、きっと首を突っ込めばこれ幸いに私達を利用してくるぞ」

「それでいいのか?」


 この件に必要以上に首を突っ込むと言う事は、アリアの目的の石を探す作業が滞るからだ。

 だが、


「構わぬ。アラタが請け負うと決めたのならそれに従おう。むしろ長引くと困るのは私ではなくアラタなのだから、引き際もお主が判断出来る」

「……分かったよ」

妖精の騎士(タムレイン)が元々人間であったように、人間が妖精に昇華する事も時間をかければ可能、逆もまた然りなのだ。なりたくないのであればいつでも私から離れるが良い」


 ここまで協力して来た穂摘としては、彼女の言い方は少し気になるものであった。

 いつでも離れてもお前は困らないのか、と聞きたい事だった。

 けれど穂摘はその時は聞けなかった。

 それは間違いなく、アリアが言う「『問わない』では無く『問えない』」なのだと今回に関しては自覚している。

 でも大丈夫だ。

 いつだってアリアは、穂摘に感謝の意を告げるのを忘れた事は無い。

 だから、問わなくても平気なのだ……




 翌日に穂摘は、夏堀(かほり)に連絡して、アリアの下着を買って来てくれるように頼んだ。

 彼にとって超最優先事項である。

 次に黒崎への窓口である上北に再度電話を掛ける。

 これらは全て、穂摘の表の仕事の合間を縫って行われた事。

 相変わらず多忙な日々を送る穂摘は、もう表の仕事を辞めてしまいたい衝動に駆られていた。

 アリアの目的が達成した時点で無職になってしまう事を考えたら、そんな事は出来ないけれど。

 メイヴカンパニーに雇って貰えそうな伝手があるとしても、あの会社は給料がかなり安そうなのでとてもでは無いが再就職先に選ぶ気は無かった。

 きっと労働環境は最悪に違いない。

 上北から折り返しの電話が掛かって来たのは、夕方を過ぎてから。

 会社に戻る前、西日の暑さに耐えながらも受話をする。


「もしもし」

『よう、出られなくて悪かったな』

「いや、こちらこそいつも突然で悪い」

『悪いと思ってんなら俺じゃなくてまず会社のほうに電話しろよ』

「受付を通すのって面倒なんだよ」

『ははっ、違いねーや!』


 何度か話している事と、上北の話し方が敬語も何もあったものでは無い為、二人は自然と距離が近く感じられる受け応えになっていた。

 ただしそれは、彼女の主人である黒崎が穂摘の事を多少なり認めていると言う前提があってこそである。

 それが無ければ穂摘は彼女にとって「見えるだけの男」なのだから。


『で、あれか。昨日の土砂崩れの事だろ? 間違いない、あれはイットの仕業だったぜ』

「イット、って言うのは?」

『んな事も知らねーのか! 人けの少ない所で悪戯して、たまにやり過ぎちまう光の妖精だ。人間は大抵自然災害として処理しちまうけど、今回はイットを確認出来たお陰で管理局は無用な追求はされずに済みそうだ。勿論表向きは責任を取らないといけないが、適当な人間を飛ばしてほとぼり冷めた頃に戻すだろう。恩を売れて俺らはウハウハよ!』

「そんな所まで妖精の事は話が通じるものなのか……」

『当たり前だ、でなきゃ不当な思いをする連中が出ちまうぞ?』


 そこまで説明し、穂摘が黙ったところでそれを彼女は納得と捉え、話を少しだけ横にずらす。


『まあ、イットが居たって事はよ。お前の見たものは本物だったって事だ。おめでとさん? ようこそ、俺達の世界へ』


 皮肉めいた物言いで、電話越しに上北が穂摘を歓迎した。

 暑さで汗の滲む手が、携帯電話を不快な感触へと変えている。

 木陰を探してそこに身を落ち着かせると、穂摘は本腰で会話に集中する態勢を整えた。

 木々の葉の隙間から零れる日差しに所々茶色の髪を焼かせながら。


「ありがとう」


 一言だが、力の込められた穂摘の返答に、ぴゅうと口笛を鳴らす上北。


『へえ、心を決めたのか。ユリカでもその辺りの決断は時間が掛かったぜ』

「ああ。いいんだ、僕はそれでもアリアの願いを叶えてやりたいんだから」

『ふぅん……献身な事で。分かるけどな、俺もユリカにそうだからよ。お前達の関係は俺達とは逆らしいな』

「そうかも知れないな。そんなわけで僕の今日の本題はそこじゃない」

『ん?』


 穂摘は昨晩決めた事を、すぅ、と息を大きく吸った後に吐き出す勢いで彼女に伝える。


「メイヴカンパニーは、大型客船での妖精による連続死に関してその裏に何を見ている? 調べた情報をこちらにも回して欲しい」


 もし穂摘達の情報が欲しいだけならば、今となっては穂摘達に直接聞いたほうが早い。

 ましてや、黒崎は既に穂摘の情報など、過去の交友関係まで収集を終えているのだからそこに違法なアクセスによる労力を割くとは思えないのだ。

 なら、きっと何か穂摘達の知らない何かがそこにあるはずだ。

 だが上北の返事は無かった。

 沈黙がしばらく続き、穂摘はその間にポケットからハンカチを取り出して額の汗を拭う。

 些細ではあるが気持ち悪さも一緒に拭えたところで、低く静かな声色で上北が言った。


『ユリカに取り次いでやるよ』

「……分かった」


 つまり、上北からは話せない事情があるのだろう。

 一旦そこで電話は終了し、穂摘は会社に戻って仕事を早めに終わらせる事に専念した。

 定時が過ぎてすぐに、上北からの電話が再度掛かってくる。

 それは今夜の食事のお誘いであった。

 昨晩、服と共にアリアには部屋の合鍵を渡してある為、不在中の彼女の来訪を心配する必要も無い。

 一応今回はアリアの同席が必要かどうかを確認したが、上北からそれは求められなかった。

 以前はアリアに執着して、連れて来ない事に不満を持っていたメイヴカンパニーが。

 汗をかいた事もあって、ワイシャツだけ会社で着替えた穂摘はその足で以前に呼び出された場所と同じ店に向かう。

 相変わらず一般人には場違いな装いの高級和食店。

 ただ、以前来た時よりも少しだけ庭園の雰囲気は変わっていた。

 季節に合わせて植木を入れ替えているのだと思われる。

 淡い灰桜色の蓮の花が池中から、そのつぼみを覗かせていた。

 指定の個室に通されると今日は既に黒崎と上北が待ち受けており、マナーなど気にせずに入った穂摘は彼女達を見下ろす形になる。

 その状態を嫌った上北が、顎で対面の席を示す。


「さっさと座れ」

「ああ」


 黒い鞄を横に置き、穂摘は黒崎の向かいに足を崩して座った。

 それにもやはり上北が噛み付いて来そうな勢いであったが、黒崎が視線だけで彼女を留めている。

 室内は冷房が効いているとは言え、この暑い季節によくも着物など着ていられるものだ。

 今宵も黒崎は着物であった。

 だが、盛夏用の薄物なようで長襦袢が透けていて、以前とは少しだけ違った印象を見せていた。

 季節は少しずつだが、進み、過ぎ去っている。

 長い黒髪をしっとりと後頭部から流し結っている黒崎は、その白い首筋を見せるように傾けてまずは挨拶をする。


「お久しぶりです、穂摘様」

「お久しぶり、です」


 物腰柔らかに相手を魅了し、それでいて黒崎には凄みがあった。

 挨拶をしたところで時を計らったかのように、会席膳が少しずつ運ばれ始めてきた。

 高そうな前菜に目がいくが、それに箸はつけず黒崎が話し出す。


(すぐる)から話は聞きました。死を運ぶ犬(デュラハン)の件について知りたいそうですね」

死を運ぶ犬(デュラハン)?」

「大型客船の連続死に関わった妖精の一つです。穂摘様とアリア様が対処した、」

「ああ、あれ死を運ぶ犬(デュラハン)って言うのか……」


 そういえばすぐに片付いた事もあって、妖精の名前などアリアから聞いていなかった。

 すぐ様、新しい情報としてインプットし、穂摘は黒崎の黒い瞳を見つめ直す。

 視線を受け、彼女の瞳は柔らかく弧を描いたが、それでもその奥の強い光は消えておらず対面の穂摘に威圧感を与えている。


「あの事件に裏があると、何故思ったのでしょう?」

「既に終わった上に関係の無いメイヴカンパニーが未だ探っているんだから、そうも思うだろう」

「不正アクセスとは感心しませんが」

「別にメイヴカンパニーにアクセスしたわけじゃない。僕のアクセスした先にそちらの足跡が残っていただけの話だからお互い様だ」

「……なるほど、足跡を残してしまっていただなんて減給ものですね」


 絵羽で飾られた胸元の上に彼女の手の平がすっと置かれ、それはゆっくりと力強く握り締められていった。

 この分だと情報収集をしていたシステムチームは相当の減給にされるかも知れない。


「と言う事は、やっぱり何かしら裏があるんだな?」

「はい、ある事は認めましょう。けれどここから先は有料になります」

「……いくらだよ」


 金はいくらかかっても構わない、と更科に言われているのでここでかかったら経費に上乗せすれば良いだけの事。

 けれど、黒崎が要求してきたのは穂摘達としては半分くらい予想していた事であったが、金銭では無かった。


「踏み込むのでしたら、いっそ解決して頂きたく思います。それで手を打ちましょう。手が足りない可能性もありますので、うちの優もお貸し致します」

「何だって……?」


 アリアが言ったように、仕事を押し付けてきた黒崎。

 けれどその押し付け方が予想外。


「そんなに、やばいのか……?」


 上北の力だけでは足りない程のヤマであり、黒崎はアリアだけでもやはり足りないと踏んでいて、手を貸すと言って来ていると推測出来る。

 言葉に詰まってしまった穂摘に、黒崎は薄っすらと笑みを浮かべたままその先を鈴のような声で綴った。


「聞くのでしたら、先にご承諾を」

「くっ」


 躯を固くするしか無くなっている穂摘を、笑顔の裏にある冷淡な感情を露わにして刺す黒崎。

 危険を冒す覚悟も無く、興味本位でこの業界に踏み込んだような男に。

 先程からゆっくりと運ばれてくる会席の椀に唇をつけ、何でも無い事のように話し始める。


「そう言えば優から聞きましたが、その眼……私からすれば、喉から手が出るほど求めるものなのです」


 きっとその程度の気概しか無いように見える穂摘がそんな能力にまで育った事に、嫉みの感情をぶつけているのだ、彼女は。

 だが穂摘がここでこれ以上踏み込むべきか否か悩んだのは、もし敵が手に負えない存在ならば苦労するのはアリアだからだ。

 危険な目に遭うのも……剣を振るうアリアである。

 今の彼は、単に「自分自身」だけならば危険を冒す事も厭わない。

 アリアの力を取り戻す為ならば。

 どうすべきか。

 穂摘も同じように椀に口をつけるが、こちらは正直味など感じている余裕が無かった。

 考える事が多すぎる。

 今回の更科の依頼を受ける事によってアリアの石に関する情報が得られるかどうか、その確率はそこまで高くない。

 更科の以前の依頼の対象だった吸血妖精(バーヴァン・シー)ならばアリアの石と多少の関わりはあったけれど、死を運ぶ犬(デュラハン)の件からその情報は拾えなかったのだからむしろ空振りに終わる可能性のほうが高いだろう。

 更科にはメイヴカンパニーを紹介し、そちらに解決の依頼を出せばまとまるか。

 だが黒崎は、自分達だけでは既に許容オーバーなのだと暗に言っている為、メイヴカンパニーを紹介しても……彼女の願いは解決せずに終わる。

 穂摘は更科が苦手ではあるが、自分をそれなりに認めて再度依頼をして来た彼女を無責任に他人に任せるのも心苦しい。

 困った穂摘は、もう一つの案を提示する事にした。


「やはり先に承諾は出来ない。実際に危険な目に遭うのは僕じゃないからな」


 穂摘の、一つ聞けば弱気な発言に黒崎の眉が顰められ、上北も小馬鹿にした様な表情を作る。


「では、おりると」

「いや、その話を聞いた上でやはり手を引く、とこちらが判断した場合は別の取引条件を提示したい」

「同程度の条件を提示出来るとでも仰るのですか?」

「そもそも今回の取引は不当だ。情報を聞くならそのまま解決しろ、だなんて割に合わない。以前の報酬もそうだがボッタくり過ぎじゃないか、黒崎さん?」


 笑顔だった黒崎の表情はもう無い。

 ボッタくりだと言われた事が不愉快だったのか、その頬の筋肉は強張っていた。

 主がご立腹気味な事を肌で感じた上北が、食って掛かるように間に入る。


「ケチなのはユリカの良いところなんだよ!」

「優、おやめなさい。それは結果として私を貶めていますよ」

「あれ?」

「不当なのは当然です。持ちかけているのは穂摘様なのですから、こちらはこの条件が嫌なら受けないでも構わないと言っているに過ぎません」


 受けて貰わなくては困るくせに、その点を認める気は無いようで強気に出てくる黒崎。

 ますますその先にある難題が、穂摘には気になって仕方が無かった。


「そこを何とかしてくれないか。あくまで手を引く場合のみの別条件でだが……僕の眼をやるから」

「……今、何と?」

「欲しいんだろ? この眼」


 コンコン、と自分の眼鏡の縁を爪先でつつく穂摘。

 彼の琥珀の瞳には、先程までとは打って変わって唖然としている女二人が映っていた。


「手術して移植したってきっと妖精なんて見えたりしないだろうから、そう言う意味じゃなくて……見え過ぎる人間の人材はきっと足りてない。違うか?」


 ぽかんと開けてしまっていた唇をすぐに閉じ、黒崎は無言で穂摘を見据える。

 そんな彼女を真っ直ぐ見返して、穂摘は続けた。


「見るだけなら妖精にさせたらいい話だと思うんだけど、それが出来ないからこの力を求めてる。憶測でしか無いが……高い知能を持った上で人間の命令を聞く妖精が少ないからじゃないか。下位の妖精の場合は複雑な命令はこなせなさそうだし、意思疎通も難しい。上位の妖精はまず命令を聞かない、こんなところか」

「……その通り、です」

「人間で妖精並みの視認力があれば、手駒として使うには便利だろう? 話は通じるし、変な契約や誓約も必要としない。妖精ならよくある制約も無い。素直に金や利害だけで済む」


 様々な事件で妖精などが関与していると仮定しよう。

 そうした場合、事件が「妖精の仕業かそうでないか」の判別はかなり難しいだろう。

 上北一人で確認出来るような量ではなく、純粋に人手が足りない。

 全ての事件をチェックするわけにもいかずに、ましてや昨日の土砂崩れの事故のようなケースならば漏れてしまうのも仕方無い事だ。

 だがそれを少しでも拾えたなら、それだけでメイヴカンパニーは大きな利を得る事が出来る。

 それだけの繋がりが各界隈にあるのだから。


「穂摘様の力を頂く、として、それは私に常時雇われるおつもりなのでしょうか?」

「生活に支障が出ない程度の短時間の映像を見るくらいなら、無料でいつでも受けてやる」

「その話、乗りましょう」


 即答し、気付けば黒い双眸を爛々と輝かせている和服の女。

 この流れだとむしろ穂摘を無料でこき使えるほうが彼女にとっては欲しい物であるかのように。

 無事に取引を成立させ、話を先に進める事が出来た穂摘は、これから聞く話が引き受けられる程度である事を静かに祈る。

 つい取引の材料に使ってしまったが、正直ブラック企業にしか見えないメイヴカンパニーに使われるのはごめんだった。

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