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アリア・リアファイル  作者: 蒼山
第三話
11/43

踏み躙られた蹄に、女が嗤う4

 それから翌日穂摘(ほづみ)は、上北(かみきた)の名刺に書かれていた連絡先に電話を掛けていた。

 当人に直接連絡は行かず、他に雇用されているらしい受付嬢に電話が掛かったのだが、アポイント自体を取るのは容易であった。

 人材を探しているくらいならば忙しそうなものなのだが、それでも予定を空けて貰えたのは相手にとってこちらが、いや、アリアが多少なりとも有益な存在として受け止められているのかも知れない。


 今日は平日である為、日中の穂摘は表の仕事がある。

 外回りに行くのではなくデスクに向かいながら仕事をこなしつつ、考えるのは夜に会う上北の事。

 穂摘達は……報酬も大事であるが、決して報酬だけが目的でこの様な裏の仕事をしているわけでは無い。

 目的は、一つの不思議な石を見つける事なのだから。

 スカウトをしたいと接触をして来たのならば、相手の傘下……とまではいかずとも、協力関係になれるのならばそれでも良い、と穂摘は考えていた。

 そして、今回の更科(さらしな)の依頼は、穂摘達には少し荷が重いのである。

 もし、裏に広い繋がりがあって今回の依頼を上手くこなせるくらいの企業ならば関係を築くのも悪くないだろう。

 会う際に指定された場所は、財界の人間が会席に利用するような高級料理店。

 一体どんな服を着て行けばいいのだ、と悩みつつも他にわざわざ新しく仕立てる気も無かった穂摘は、諦めて夜の対面を迎えた。




 柑子色の照明が、厳かな日本庭園を温かく照らしている。

 夜空を背にして、濃藍に滲むように立つ取り取りの木々が造る景色は、穂摘の足が鈍るような場違い感。

 仲居に名前を告げると、奥の部屋に通された。

 相手方はまだ来て居ないようでほっとしつつ、待つ事数分。

 先程の穂摘と同じように仲居に通されて個室に入って来たのは、アシンメトリーの銀髪が輝く上北。

 続いて、それとは対照的な艶やかな黒髪の女が入って来た。

 まず、面識の無い相手が追加でやって来た事に、穂摘は内心動揺する。

 黒髪の女は、この和食の高級料理店に合うような和服姿。

 しかし、雰囲気は決して柔らかくなど無い。

 威圧感を穂摘の肌に感じさせながら、黒髪の女と上北は彼の対面に静かに座る。

 するとまず上北が口を開いた。


「お前しか居ないのかよ?」


 そう、穂摘はアリアを連れて来ない事を事前に伝えていない。


「ああ。アリアが居ると話がややこしくなる事が多いからな。心配しなくていい、僕の決定に彼女は従う意向だ」

「……ふぅん」


 上北が不満げに唇の隙間から音を漏らす。

 アリアだけをスカウトしたい相手方からすれば、この状況は不服なのであろう。

 勿論それは折込済みだ。


「回りくどいやり取りは無しにしよう。結論から言って僕達はメイヴカンパニーと友好関係を結んでも構わない」

「達? うちは優秀な人材しか集めていないんだぜ。つまり、アリァガッドリャフ以外を引き抜く気は」

「何か勘違いをしているようだから言っておこう。僕は、別にこの妖精退治の仕事を専門として生きている人間じゃないし、延々と続ける気も無い」

「……何だと?」

「アリアも人間の金を稼ぐ為に退治しているわけじゃない。だから金がどうので引き抜く事は不可能だ」


 穂摘の提案は、ここで彼女にとって不可解なものとなったらしい。

 上北は、自身の上司と思われる和服の女に目配せした。

 彼女は穂摘と上北の言葉に黙って耳を傾けていたのだが、そこでようやく言葉を発する。


「ごめんなさい、貴方のお名前を教えてくださるかしら。自己紹介もせずに本題に入るだなんて少し強引ではなくて?」


 その強引さは、わざとであった。

 有無を言わせずに穂摘のペースに持って行く為の。

 だがこの黒髪の女は、まずきっちりとそのペースを戻しに掛かって来た。

 もっと早くに戻す事も出来たであろうに、穂摘が一番話を途切れさせたくない時点で動いたのだ。

 やり難い相手だな、と思いつつも牽制しながら穂摘が答える。


「悪かった。だが先にマナーを蹴って僕に声を掛けてきたのはそっちの連れだからな。僕の名前は穂摘新(ほづみ あらた)だ。これでいいか?」

「ええ、ありがとうございます。私は黒崎優理佳(くろさき ゆりか)と申します」


 静々と挨拶をこなす、メイヴカンパニーの現取締役の名を名乗った女。

 メイヴカンパニーは表向きはきちんと社会的に認められている会社であった。

 流石に妖精退治などと言う名目ではなく何でも屋や探偵業のような物であったが、これらはインターネットで調べられる程に公になっている。


「本来ユリカが来なくてもいい所を来てやったんだ、有り難く思え」

「……(すぐる)、おやめなさい」


 喧嘩を吹っかける上北に対し、嗜める黒崎。

 上北はアリアから聞く限りでは、かなり上位の妖精と見ていい。

 それを従えている、従えられるだけの器がこの黒崎と言う人間にあるのならば、アリアですらも手を焼いている穂摘には荷が重い相手かも知れない。

 何か弱みを握っているような雰囲気ではなく心から従えさせていて、穂摘の挑発めいた言葉にも一切乗る兆しが見えず、取っ掛かりを掴ませてくれないのである。

 多分先日あまり上北が喋らなかったのも、この女の指示だろう。

 今日の上北は喋らせるとどんどん喋るような性格に見受けられる為、今日と先日ではやや違った印象を穂摘は受けていた。

 しかしこの黒崎と言う人物は、一体どうしてこの様な仕事をしているのであろうか。

 肌や髪の色から見る限りでは完全に日本人。

 穂摘と違い、西洋の妖精との接点があまりあるとは思えない。

 だが元々資産家であれば外国産のいわくつきの品々に触れる機会も一般人よりは多いと言えよう。

 気になりはするがその点は一先ずおいて、穂摘は先程止められた話を再開した。


「じゃあ続きを話させて貰うが、構わないかな?」

「ええ、構いません。お金が目的ではない、とか」

「ああ、そうだ。僕とアリアは、とある物を探しているだけなんだ。だから、それに関する妖精の情報さえ得られるのであれば仕事もその報酬も気にしていない」


 黒崎はほんの僅か推量した後に、ふふ、と笑みを零す。

 特に笑われる事を話した覚えが無いだけに、穂摘は若干だが不快にさせられた。

 それも相手の思惑かも知れない、と耐えはしたが。

 笑ってしまった理由を、黒崎はほんのりと首を傾けながら話し始める。


「ごめんなさい。事情は分かりました……ですが、情報が欲しいのであれば、報酬は必須ではありませんか?」

「……?」

「その報酬で、情報を買えばいいだけの話なのですから」


 つまり、何にしても金さえあればどうにかなる事なのだ、と彼女は言っていた。

 確かにそれは一般常識的には、事実。

 けれど、


「僕達が求めている情報は、買えるルート自体がほぼ無いと僕は思っている。売っていない物を、買いようが無いだろう?」

「それも、そうですね。一般人の感覚では、そこで止まるものでしょう」

「確かに一般人な事は否定しないが」

「穂摘様、貴方の事は少し調べさせて頂きました」


 そして彼女は上北に目配せをして、一つの書類を出させた。

 黒崎は細い指でそれを丁寧に取り、軽く目を通しながら唇を開く。


「まず、貴方は一見普通の人生を送っていますが今の今まで恋人の一人も作っていませんね」

「……そ、それが何だって言うんだよ」


 いい年の成人男性として傷つく点を確認されて、戸惑った穂摘。


「いえ、他にも戸籍など色々調べさせて頂きましたが、私が言いたいのはつまりこういう事です。貴方の私生活の情報を売っている人間は居なくとも、お金次第ではそれを得る事は可能だと言う事です」

「ああ、そういう事か」


 アリアが探し求めている、一つの石。

 それは妖精に関する物であり、普通のルートでは探しようが無いはずだった。

 その石に影響を受けた妖精を見つける事で、少しでも手掛かりを探そうとしていた穂摘達は『元手が無かった』段階ではそれが最善の策だったであろう。

 だが、今はそうでは無い。

 金があるのならば金で、影響を受けた妖精を誰かに見つけさせればいい。

 そういう事なのだ。


「確かに報酬の事まで深く気に留めていなかったけれど、言われてみたらその報酬を使って更に情報網を広げたらいいだけの話でもあるのは分かる」

「はい。これでつまり、貴方がたは報酬など不要だ、と言い捨てる事は出来なくなりました。違いますか?」


 穂摘としては金は不要だと言う状況を作り出し、アリアの手を必要としている連中に貸し借りを作る事で、表面化してしまっている妖精の事件の対処を協力して貰おうと思っていたのだが、相手はあくまでアリアの引き抜きに持ち込もうとしている。

 アリアがそれで良いと言うのであれば、黒崎の下に着いたほうがスムーズに目的を達成出来る気がしないでも無い。

 しかしそれはアリアも分かっている事のはずだ。

 あの名刺を貰った時点で、穂摘ではなく上北に乗り換えればいい。

 つまり、それをしなかった事が、彼女の意思。

 アリアは、黒崎の下……いや、上北の同僚となる気は無いと言う事。

 それならば、穂摘はまだアリアを誰かに任せてはいけないのである。

 黒崎の思惑にはそのまま乗るわけにはいかない。


「そうは言うけど、僕にどんなに金があったとしても、使う場所が無いんだよ。一般人にはコネクションが無い。金で探そうにも、目的であるその道に繋がらないんだ」

「だから、私達と友好関係を結びたい、と言う事になるわけでしょうか」

「その通り。そして今回、普通なら無理な事でもあんたなら出来るかも知れないと思って連絡を取らせて貰ったんだ」

「あんたじゃねえ、ユリカって呼べ!」

「……初対面の男性に私のファーストネームを呼ばせるのですか」


 人間の戸籍を得ていても、上北は妖精だ。

 アリア同様に価値観はややずれているようで、黒崎が困った顔をしている。

 食えない相手だが少しだけ穂摘は黒崎に同情していた。


「お話は分かりました。ですが穂摘様、貴方がたが私達に提供してくださるメリットは一体何なのでしょうか?」

「この名刺をわざわざアリアに渡した事、それがそのまま、黒崎さんが僕達に求めている事、なんじゃないのか」


 呼び名を直しつつ、そう言って穂摘は胸ポケットからするりと取り出した名刺をひらひらと見せ付ける。

 黒崎は深く溜め息を吐いてから、真っ直ぐ穂摘を見つめた。

 その眼差しは決して先程までの威圧的なものではなく、敵意が取り払われたようだった。


「……では、こちらからも本題を切り出しましょう」


 そして黒崎は、上北に向かって手を差し出した。

 その手に、上北は渋々ながらもまたもう一つの書類を手渡し、受け取った黒崎がそれを卓の上に乗せ、するりと穂摘の方に滑らせる。


「その書類は見せても問題無い情報しか載っておりませんので、どうぞお開きください」


 予めこうなる事も予測していての事なのか、準備の良さに感歎させられつつ、穂摘は言われるがままにその書類を開いた。

 ほとんどは名前と数字の羅列であったが、表の仕事で営業職をしている彼には比較的見慣れた内容。

 簡略して説明するならば、その書類はメイヴカンパニーに舞い込んでくる依頼リストであった。

 予想以上に多い。

 それが、穂摘の第一印象。


「今、様々な物が輸入される事でこの国にはかなりの数の妖精や悪魔が入って来てしまっております。勿論その逆も然り。日本の妖怪が西洋に流れ、その先でトラブルを起こしている事も多々あるのです」

「へえ……僕自身はそんなに自分の周囲で妖精を見かけないんだけどなぁ」

「輸入品、ましてや妖精などが取り憑くような質の良い品は、一般には出回りませんから。料金の兼ね合いもありますが、当社に依頼が来る場合、そのほとんどが上流階級になりますね」


 確かに、この間依頼を寄越して来た更科もそのカテゴリに当てはまる顧客と言えよう。


「メイヴカンパニーは実質は各国に拠点が存在し、その国の『異端』を取り除く仕事を請け負っております。『異端』でさえなければ、元々その土地にはその土地に合った祓い屋が居ますので、そちらと競争をしようと言う気はありません」

「手を付けられていない分野のみを開拓、か」

「はい。ところが……ここ数年はその『異端』が、増えてきた事に手を焼いているのです」


 穂摘がこの仕事を請け負い出して一ヶ月半と言ったところになるが、依頼を受けるか受けないかはおいて、それでも純粋に舞い込んでくる依頼の量は百では済まない。

 冷やかしの可能性もある、西洋妖精ではなく日本妖怪かも知れない。

 選んで対応していく事自体でもかなり手を取られている。

 その道の大手ともなれば、料金で狭き門をくぐらせたとしても多忙を極めている事は想像に容易いだろう。


「そちらの処理係であるアリア様は、かなりの腕前とお伺いしております。私どもは処理対象に見合った者を派遣しておりますが……流石に、難易度の高い依頼である場合に派遣出来る者は数が限られております。そこで、お願いしたいのが」

「難しい依頼をこっちに回したい、と」

「はい。出来たなら穂摘様達をそのまま雇いたいところなのですが、それは……お嫌なのでしょう?」

「僕はどっちでもいいんだけど、アリアにその気が無いらしい」

「こちらの優も内心ではそのようですので、致し方ありません。妖精には相性と言うものが大きく関わって来ますからね」

「確かに」


 そう言ってほんのりと笑い合う、人間二人。

 その傍らで苦虫を噛み潰したような顔をしながら、妖精である上北が庭を眺めていた。


「比較的早い段階でご連絡を頂いたと言う事は、何か早急にこちらの手を借りたい事態があるのでは?」

「話が早くていいね。そうなんだよ。実は今依頼が来ている件に既に警察が関わって来ていて……解決したらしたで面倒な事になりそうで困っている。メイヴカンパニーはそういう場合、どうやって対処しているんだ?」

「人は死んでおりますか?」

「アリアの見立てでは、もう死んでいるだろう……と」

「分かりました。優」

「フイディヒ、ユリカ」


 黒崎の言葉に、上北は相槌のような言葉の後に携帯電話を取り出して、穂摘に聞く。


「被害者の名前は?」

「男が三人、先日隣県で行方不明になって捜索願が出されている。名前はメモを貰ってあるからちょっと待ってくれ」

「ああ、そこまで言ってくれりゃ分かった。事件自体は知っているが、妖精の仕業らしいって連絡は来てないぜ……ったく、人間は大半が使えねー連中だ」


 そして手際よく電話を掛け、穂摘に背を向けてしまう。

 流れ的に、まるで上北が警察の関係者に電話を掛けている様に見えるのだが……

 そんなまさか。

 穂摘が、自分の中に湧いた有り得ない考えを振り払おうとしたところで、黒崎は穂摘に向かって微笑んだ。


「電話の相手は正真正銘、警察職員ですよ」

「……え゛」


 妖精に戸籍を与え、更にその妖精が公務員と仕事上でのやり取りをしているだなんて、一体この国の裏側はどうなっているのか。

 いや、一般人が知らないだけで、妖精・妖怪などその辺りに関してはどの国も柔軟に対処しているものなのかも知れない。

 普通に事件を追っていては、解決出来ない事案に違いないのだから。

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