第十話:今に至るまで
「リフィ、早く行こうよ」
くるりと黒髪の少女が振り返る。
そんな彼女に、リフィことリズフェリアーーもとい理鷲は、苦笑を浮かべ、彼女の後をついて行く。
☆★☆
事の始まりは、シルフィリア家の当主であるクラウディオが持ってきた話から始まる。
学校に通い始めて、最初の休み。リトノールとともにシルフィリア家に帰ってきた理鷲は、学校であったことをミリアーヌたちに話していれば、クラウディオがふと思い出したとばかりに口を開く。
「そういえば、城で珍しい子に会ったぞ」
「珍しい子?」
「ほら、この前話しただろ。どうやったのかは分からないが、いきなり城内庭園にある噴水広場に現れた少女を保護したって」
「ああ、あの子……」
ミリアーヌが納得したように頷く。
「いきなり、ですか? それも警備が厳しいとされる城内庭園方面に?」
「そうなの。まだ貴族たちの間でも、その話題が出るほどでねぇ……」
顔を顰めるリトノールに、ミリアーヌがやれやれと言いたげに軽く息を吐く。
「その現れた子というのが、理鷲と同じ異世界人かもしれないんだから、驚きなんだがな」
「え……」
クラウディオの言葉に、理鷲は驚きと戸惑いの表情を浮かべる。
異世界転移といえば、理鷲の場合は、こちらに来る前に神様に会って、何かを頼まれるパターンだったが、保護されたという少女は神様に会うことなく、この世界に来たということだろうか。
「誰が何のために、彼女をあの場所に出現させたのかは分からないが……気にならないか?」
「確かに、気にならないといえば、嘘にはなりますが、そう簡単に会えるわけではないんですよね?」
「まあな」
「だ・か・ら」
にんまりと笑みを浮かべるミリアーヌに、理鷲は顔を引きつらせ、クラウディオとリトノールが同情するような視線を向ける。
「期間限定の行儀見習いとして、行ってきなさい」
(それで、これだもんなぁ)
と思いつつ、理鷲は遠い目をする。
学校にも通いながらというのもあるため、休日二日はシルフィリア家への帰宅ではなく、行儀見習いのために王城へ向かわなくてはならない。
しかも、仕える相手はメイドや侍女としての技量がいらないようでいる相手ーー件の少女。
変化魔法は常時展開し、やらなくてはいけないことを手早く片付けていく。最初は慣れなかった紅茶を淹れる作業も、コツやタイミング、慣れさえ有れば淹れられるようにもなった。
正直『病み上がり設定、どこ行った』状態ではあるが、一週間以上経った今では、体育などの体を動かす授業にも出ていることから、クラスメイトたちも大丈夫そうだと判断したらしい。理鷲としても、実は何ともないのに心配されるという状況に罪悪感があったので、彼らが落ち着いてくれたことに内心安堵はしていた。
「リフィ?」
少女が小首を傾げる。
「いえ、何でもありませんよ」
そう返し、そのまま彼女の後を追うようにして歩き出せば、理鷲の若草色の髪がふわりと舞う。
件の少女の名は、月姫神楽夜。
理鷲と同じ異世界人にして、突如として王城敷地内に現れた謎の少女。
初対面の時、理鷲が抱いた印象は、「乙女ゲームの主人公みたい」や「逆ハーが出来そうなタイプだなぁ」というものなのだが、その予想が当たっているとばかりに、王城内に居るイケメンたちーーそれも有名人レベルーーが会いに来るため、週に二日しかいない理鷲にしても慣れたもので手早く作業し、部屋から離脱することが当たり前になっていた。
さらに、同僚たち曰く、羨ましくはあるが、近くで見れるだけでも有りがたいとのこと。逆に貴族令嬢たちからの嫉妬は凄まじく、すでに嫌味を言われたりしているらしい。
とにもかくにも、理鷲は下手に藪蛇をするつもりは無い。
彼女の手は『リズフェリアの代役』という役目で埋まっているのだから、そんなことをして余計な仕事を増やしたくはないのだ。
「ま、このまま傍観できるならさせてもらうだけだし」
「ん? 何か言った?」
「いえ、何も」
小さな呟きに対して聞かれるが、首を横に振って否定する。
彼女は知らなくて良い。
今目の前で接しているリズフェリアという少女が、実は自分と同じ異世界人であり、鷺ノ宮理鷲という少女であることを。
そんな理鷲がどうしてこの世界に居り、役割を与えられたのかを。
そして、理鷲がどんな人間なのかを。
ーー彼女自身の問題があるだけに、理鷲の方の問題に巻き込むわけにはいかないのだから、きっと知らない方が良いのだ。