第八話:いざ学校へ
セントレール魔術・魔法学校。
ミストレイアにある一般教養だけではなく、剣などの武器や魔法及び魔術も学べる学校である。
国内では上位に入る学校ながらも、(貴族たちの設定上限金額よりは安いが)入学金さえ払えば庶民であっても入学が可能とされていることから、それなりに入学を希望する者は多い。
ただ、入ったら入ったでシビアなこともあり、『生徒は皆平等、学校での権限は全て教師たちが所有し、それが王族であろうと変わらない』とはあるのだが、やはり貴族や庶民たちは王族が在学中は頭を下げ、不正をした教師は即座に罰せられる。
ーーまあ、そもそも(教師を含む)貴族と庶民たちが接する機会は年に数回程度なので、派手に何かしない限りは然程問題にはならないのだが。
「……よし!」
そんな所へーーそれも他人の振りをしてーーこれから乗り込むのだから、理鷲が気合いを入れないわけがない。
ちなみに、セントレールの制服は、男子は通常のブレザー、女子はセーラータイプのブレザーである。なお、学年別に色が決まっており、タイを止めている装身具がそれぞれの色となっている(リズフェリアの場合は高等部一年なので、色は青)。
「あら、ぴったりね」
制服に着替え終わり、理鷲が全体を確認していればミリアーヌが部屋へと入ってくる。
「内心、複雑ですけどね」
見た目だけではなく、体格さえも似通っていることを(制服がそのまま着られるという点で)喜ぶべきか、(胸部やウエストまでほぼ一緒なことに)悲しむべきか。
「けどまあ、いくらリュークも仲間になってくれたとはいえ、ここから先は理鷲ちゃんが頑張らないといけないところだから」
「分かってます」
ミリアーヌの言葉に、理鷲は頷いた。
あの後のことを簡単に纏めるなら、リュークハルトに全てを打ち明けた、というのが正しいだろう。
理鷲を送り出した神様は、リズフェリアの家族と婚約者、師には打ち明けても良いと言ってはいたが、相手は限定していながらも、そこに人数制限は無くーー彼が意図的に制限しなかったのか、単に頭から抜けていたのか。とにもかくにも、言葉の『穴』であり、『抜け道』または『言い訳』のようなものだと判断しての説明だった。
「なるほどな」
こちらをじーっと見てくるリュークハルトに、理鷲は居た堪れず、目を逸らす。
確かに騙していたことは悪いのだろうが、こうして本当のことを話したのだから、もう許してほしい。
子竜ーーアークロディッシュはアークロディッシュで、状況をよく理解できずに諦めたのか、はたまた単に難しすぎて眠くなったのか。気がつけばその場で眠っていた。
「見れば見るほど、あいつに似てるわけだ」
「あいつ?」
リュークハルトの言う『あいつ』とはリズフェリアのことだろうか? と理鷲は思ったが、この場で彼の言葉の意味を正しく理解したのは、ミリアーヌとラルクレールの二人のみである。
「で、こいつに剣と魔法を教えたのは二人か?」
「あと、リトね。魔法は基本的にリト、剣はラルクが教えてたから」
「ふーん」
師事者に関して、リュークハルトは特に興味がなさそうに返してはいたが、ここ最近の付き合い故に『実は、何か隠していることを見透かされているんじゃないのか』と思ってしまったことで、理鷲の視線は落ち着き無くあちこちに向けられているーーつまり、思いっきり泳いでいた。
実際、リュークハルトだけではなく、ミリアーヌもラルクレールも気付いている上に、当たりもつけてはいるのだが、今は特に問題でもないので、追及するための口は誰一人開こうとはしなかった。
「……まあ、後はリズフェリアの友人たちが、こいつに上手く騙されてくれるかどうかだな」
「問題は、そこなのよね。正直、いくら変化が完璧な上に癖とかを真似しきっても、本人でないことぐらい、いつも一緒にいる子なら気付くだろうし」
まさに、それが一番の問題だった。
しかも、学校行きに関しては、もう時間がない状態な訳で。
「登校日ギリギリまでに、何とかします」
「何とかって……」
「口では何とでも言える。実際問題どうするつもりだ」
不安そうな目を向けるラルクレールに対し、リュークハルトは理鷲に問う。
「私がお嬢様に似ているという理由だけで選ばれた以上、何としてもやり遂げます。もうすでに、ミリアーヌさんたちの手もお借りしているわけですし」
理鷲の黒髪と黒眼は変化魔法により、リズフェリアの若草色の髪と紺色の眼へと変化する。
「顔の造形を弄らず、色彩だけを変化させる、か。こんな楽なこと、無ぇよなぁ」
優しげな眼差しを向けながらも、どこか仕方無さそうにしつつ、大雑把に頭を撫でてくるリュークハルトに、理鷲は不服そうな顔をする。
「あーもう、ぼさぼさになったじゃないですか!」
「気をつけろよ? リズフェリアはそんな風に睨みつけてこないし、そんな態度は取らない」
「う……」
リュークハルトの言葉に、理鷲の動きが止まる。
「もう、リュークがからかうから、理鷲ちゃんが本気にしちゃったじゃない」
「からかってねーよ。リフィの奴が、どんなに不服でも睨んだりしないのは、本当のことだろうが。寧ろ、冷たい眼差しか呆れた目を向けて、蹴りを入れてくるような奴だぞ。あいつは」
リュークハルトの言葉に、理鷲の中にあるリズフェリア像が崩れていく。
「そして、止めとばかりに、『だから、リュークハルトさんに良い人が出来ないんですよ』って、言ってきたんだぞ!? お前らの時折出る口の悪さは、ばっちり受け継がれてんだよ!」
唸るリュークハルトに、理鷲は完全に遠い目をする。
そして、思うのだ。
本当に上手く行くのかと。
ーーまあ、そんなこともあり。
「それでは、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気をつけてね」
「リト。お前は学年も違うし、大変だろうが頼むぞ」
「ああ、もちろん分かってる」
変化魔法で、若草色の髪に紺色の眼という、見た目は完全にリズフェリアとなった理鷲とミリアーヌが話す横で、週末の休みに帰ってきていたリトノールとクラウディオがそれぞれ話す。
「それじゃあ、そろそろ馬車に乗るぞ」
「はい」
リトノールに促され、理鷲は彼とともに馬車へと向かう。
そんな二人が、手を取り合って馬車に乗るのを見ていたミリアーヌが小さく笑みを漏らせば、クラウディオが不思議そうに目を向ける。
「どうかしたか?」
「ただ、いいコンビだな、って」
「あの二人がか?」
「うん」
学校方面に向けて出発していく馬車を見送りながら、シルフィリア夫婦はそう話す。
「さて、と。二人とも、これからちょっとの間は帰ってこないし、私たちは私たちで出来ることをしないとね」
「そうだな。俺たちじゃないと無理なことは特に」
「そうそう」
そして、二人が乗った馬車が完全に見えなくなると、二人はやるべき問題について話しつつ、屋敷へと戻るのだった。