夜のホテルは予約済み
初めに言っておくが、ぼくは警察だ。しかし、凛々しい宮崎佳苗に恋をしているし、麻薬取締官という職業に敬意を表している。
この考えがイレギュラーであるのは、こういった背景がある。
もともと、厚生労働省医薬局麻薬対策課の凶悪犯罪組織担当、麻薬取締強制介入班であったが、近年、青少年による凶悪犯罪が跳ね上がるように増加。高齢者が国全体の七割を占め、不安定な政治状況がさらに悪化したことや、家庭教育の在り方、年少者社会性不足によるものが主な原因であるなど、専門家は様々に指摘している。
麻薬事件が身近に顔を出すようになったのはそれと同様で、極秘で活動している麻薬取締部隊も、積極的に表舞台へ上がり出るようになった。部隊としての大幅な組織へ変貌、のちに独立。日本の中枢として活躍している。
任務遂行上、詳しいメンバーやその全貌は謎に包まれているが、いざ彼女たちが犯人確保となると、違法すれすれの大胆な活動を平然とこなす危険組織ともいわれている。巧みな手法でマスコミには一切触れることなく、自らの役職を全うするのだ。それがいつも正当なやり方かと問えば、お世辞にもそうは言えない。そういったことから、警察とは反りが合わないのだ。
「そういえば桑山、おまえかなえちゃんとお食事をしていたそうじゃないか」
ぼくが桑山を鋭くにらみつける。
あぶなかった、このこと問い詰めるの忘れるところだった。
「えっ、桑山さん。噂の美人部長とそんな関係でしたの? 残念だわ、わたし狙っていたのに」
監察医(女)も面白がって話題に入る。
「馬鹿言わないでください。あの人とそんな関係になってみようものなら、いくつ命があっても足りませんよ。それだけじゃない、警部にすら暗殺される危険性がある」
そうだな、完全犯罪が生まれるだろうな。
「そんなことより、冨田警部。ゆりかもめでしょうかね」
麻薬取締官と聞けば、連想されるはあの国内最大の犯罪シンジケート、ゆりかもめ。ちなみに某モノレールとは一切関係ない。
奴らは非合法薬物を主な収入源としており、都内でも違法売買を行っている。以前、ゆりかもめ末端組織が覚せい剤を売りさばいていた事件は耳にしていたが、今回の動きもそれに関係しているのか。
「なァ、二人とも。今回の件、ただの事件じゃ済まない気がするんだ。いや、特に理由はない。なんとなく、な」
冨田はたばこを取りだそうとポケットに手をのばす。が、ふと気づく。そうだ、今は禁煙中だ。先ほど入れたライターしかはいっていない。
残り少ないライターの火を眺めながら、ぼんやりと自分の財布の中身も空洞と化している悲惨な状況を思い出す。
いくら人並み、人並みよりも多少の収入はあるとはいえ、愛しき女性のために、ブランドスーツを新調、豪華ディナーの予約。何かあった時のために、高級ホテルのスイートルームも手配した。ぼくの懐は悲鳴をあげている。
愛とは悲しいものなのかな。冨田栄三郎、愛に飢える三十路男。
「かなえちゃんと一夜をともに出来るならこんな出費痛くも痒くもないけどね! ああどきどきが止まらない!」
「完全にカモにされてるって気付いて下さいよ、警部」
「じゃあ桑山さん、わたしたちは今夜どうかしら。上手って評判なんですよ」
「やめてください、何がですか。いや、分かるけども」