破滅の誕生
破滅の誕生は些細なことから始まる。
フィリピンの研究所で、黒木大輝、野村たけし、大澤知冬、坂本京子、相沢美雪、本田勝頼、ジョージ・ゴーニックを主導とする生物学、ウィルス学の学者達が集まっていた。
彼らの目的は未知のウィルスを研究することだった。
このウィルスを熱狂的に研究していたのが、ジョージ・ゴーニック。ゴーニック博士はベルリンの大学で細菌の研究を続けた。そしてようやく自身が理想とするウィルスに出会えた。だが、未知のウィルスを大学で研究することは出来ず、研究費も出なかった。学校側は何の援助もせず、嫌ならやめろと言ったのだ。
困り果てた彼だが、フィリピンで自分と同じウィルスを研究している機関がフィリピンにあると知ると、野村たけしと連絡を取り、見事に研究に参加できた。
彼は学校を止め、フィリピンの研究所で一睡もせず、研究を続けた。
そして結果がある夜に出た。
ゴーニック博士は、サッカーの熱狂的なファンのように興奮しながら待っていた。
彼の研究室をノックし、黒木が入ってきた。
「ジョージ博士、一体何時だと思ってる?深夜だぞ。眠いし疲れてるんだ」
黒木はコートに手を突っ込みながら眠そうに言った。
「いいかい、黒木博士。これは歴史的な発見だ。全人類に関わる問題だ」
「君の気持ちは分かるが」
黒木は眠そうにあくびをした。
「夜中に呼び出されるのはいい気持ちじゃないぞ」
「睡眠はいつでも取れる!私は、君達を喜ばせようと呼んだ!」
「俺が思うに……」
「思うに?」
「他の博士は来ないだろう。彼等は俺と違ってお人好しじゃない。坂本博士ならともかく、それ以外は無駄にプライドが高い。呼んでも来ないだろう」
「分かった、君だけでも見てくれ」
電子顕微鏡の画像をモニターに映し出した。
「これを見てくれ」
そこには紐のついた長めの米粒のようなものが幾つも映し出されていた。
「大腸菌だ」
「なるほど、ウィルスが突然変異して大腸菌になったわけだ」
「まあ、見てろ」
大腸菌に針が伸びた。
何かが注入される。
すると、別の塊が現れ、大腸菌を取り込んだ。
「君達と私が発見したウィルスが、大腸菌を取り込んでいる」
「それが?」
「それが?それだけか」
「違う、取り込んでどうした」
「そこなんだ」
ゴーニックは興奮した。
「このウィルスは、大腸菌を取り込んで、その特性を我が物にしようとしている」
「つまり、進化しようとしてるのか?」
「そうだ!」
黒木はやはりとばかりに頷いた。
「心当たりが?」
「実は、他の博士には秘密にしてたんだが、このウィルスは“細胞”を持ってる」
「何!?細胞を!」
ゴーニックが驚くのも無理は無い。ウィルスは細胞を持たない非生物なのだ。
「このウィルスをウィルスとよんでいいのか」
「黒木博士、これも見てくれ」
分厚い論文を渡した。
「今から読めと?」
「後で読め、いいか、簡単に説明する。その論文にはあらゆる実験記録が書かれてる。一番興味深いのは、マウス実験とミラー実験だ」
一応聞いておこうと思った。
「まずは、ミラーの実験とほぼ同じ事をした実験だ。メタン、アンモニアに水素と水蒸気を満たした、密閉したフラスコに入れる。一PPMの塩素で殺した未知のウィルスをわずか十単位入れたのを加熱する。そして放電」
「アミノ酸が合成されたんだろ?」
「違う、アミノ酸や核酸からたんぱく質ができ、たんぱく質は膜を持った組織になり、自己増殖した」
「馬鹿な、数十億年前の生物誕生を再現したのか?」
「マウス実験では面白い結果が出来た。まず、健康なマウスと予め別のウィルスに感染したマウスにこのウィルスを注入した。すると、このウィルスは他のウィルスを取り込む。そして2匹のマウスのDNAや細胞内に侵入し、自らの細胞と融合した」
「融合?」
「マウスは突然変異を起こして、別の生命体に変貌した」
ケージを見せる。
そこには2匹のマウスが居た。
だが、全身の毛は抜け落ち、異常に筋肉が発達していた。
「これがマウスか?」
「ああ」
黒木は電子顕微鏡を見た。
そして興味本位で別のウィルスを注入した。
「何を入れた?」
「狂犬病」
すると、未知のウィルスは狂犬病ウィルスを取り込み、変異を起こした。
「変異したぞ」
「何?大腸菌では大して変化が無かったのに」
2人はモニターを見た。
そして新たなウィルスを、近くの檻に居た猿に注入した。
「結果が楽しみだ」
「狂犬病の特性を取り組んだんだ、結果は見えてる」
狂犬病は脳や筋肉を麻痺させ、死亡に至らせるウィルスだ。いずれこの猿も死ぬだろう。
だが、2人の予想を反した。
通常、狂犬病の潜伏期間は短くて2週間ほど。
しかし、僅か数秒で猿は突然苦しみだした。
血を吐き、目を充血させた。
やがて猿は、静かになった。
「死んだか?」
黒木はゆっくりと近寄る。
突然猿が立ち上がり、黒木目掛けて手を伸ばした。
「狂暴になってるぞ」
「興味深い」
2人は後にさまざまな観察を行い、猿が肉食になったのを知る。
そして餓死するまで、猿は死ななかった。