変貌した村人
「いったいこの村で何が起きたというのですか?村の人は殺意むき出しだし、姉は消息不明だし、あなたは冷静だし、何より警察を呼ばないと」
黒木はあきれながら首を振った。数十分間、ずっと百合は喋り続けている。本当に薫子の妹か?薫子よりずっと明るいし、美人だが、黒木は無駄口少ない薫子のほうが好みだ。
「黙ってくれないか?そうすれば、俺は助かるんだが」
「それより警察を」
「警察も殺意むき出しだ。頼れない」
「じゃ、どうするんですか?」
「とにかく、連絡を取らないと」
「て言うか、村人ってどうしてああなんですか?」
「俺に聞くな。連中に聞け。もっとも連中に政治的信条を尋ねたところで、連中の答えはいたって簡単」
「殺す」
「そうだ、わかってるじゃないか。頼む。数分だけ黙ってくれ」
「……出来ない」
「出来ないはずなかろうが?口を閉じれば、はい黙れる。やってごらん」
「怖いのよ……喋ってないと、恐怖で蹲りそうで」
「だったら俺が背負ってやる」
「本当?」
「だから黙れ」
「………ああ!ダメ!黙れない!」
黒木はため息ついた。これだから、素人は。
素人?
何の素人だ?くそ!自分までおかしくなりそうだ!
だが、前方にあることを確認し、黒木はしゃがむ。
「どうしたの?」
「しゃがめ。静かにな」
2人は見る。一メートルもしないさきに、目から血の涙を流した男性が、つるはしで岩を削っていた。線路が続いていて、その先に洞窟があった。トロッコも近くに止まっていた。
「いいか?ここに居ろ。俺がいいというまで、動かず、しゃべらず、じっとしていろ」
「襲われたら?」
「それは逃げていい」
「ゴキブリが出たら?」
「殺せ」
黒木はしゃがみながら歩き、男の背後に忍び寄った。男は作業に夢中で、黒木に気づかない。
よし、いいぞ!
黒木は近くに落ちているシャベルを拾うと、大きく構え、振りかざす。シャベルは男の後頭部に命中し、男は倒れこみ、痙攣を起こした。
黒木はつるはしを奪い取り、それを男の首に突き刺した。
「よし、もういいぞ」
百合は呆然としながら、近寄った。
「殺した……ですか?」
「仕方がない。どうせ「わあ~」と叫びながらやってくるんだから」
すると、2人の後ろから声がした。
黒木は見る。大勢の村人が武器を持ちながら、こっちに向かってきた。
「トロッコにのれ!」
「え?!」
「いいから!乗れ!」
百合はトロッコに乗る。
「いいか?トロッコが止まったら、安全な場所に隠れるんだ。俺を見かけたら、声をかけろ」
「え?で、でも」
言い終える前に黒木はトロッコを押した。トロッコは、猛スピードで線路を走り、洞窟に消える。百合を乗せたまま。これでうるさいのは消えた。少々さみしいが。
黒木は叫んだ。
「おら、こっちだ間抜け!」
村人たちは黒木目がけて走ってきた。戦うのは妥当ではない。
黒木は、近くの手すりを登り、急斜面を下りた。降りるというよりは、滑っているが正しい。
村人たちも滑ってきた。
黒木は滑り降りると、目の前の小川を渡り、木々を通って森に入る。
そして、本望ではないが木に登り、木の上の大量の葉の中に身を潜める。
村人たちも森に入ってきて、黒木を捜索した。眼は真っ赤に充血し、皆狂気に染まっていた。恐ろしい。まるで、悪霊だ。
村人たちは森の奥に進み、やがては消えた。このままクマに襲われて死ね!
黒木はそう思いながら、木を飛び降りて、斜面に向かった。登るのは難しそうなので、遠回りだが、別のルートを探すしかない。
まったく、こんなに運動したのは、空地の隣に住む雷爺さんの窓を割った時以来だ。
山岸百合は、停止したトロッコから降りると、洞窟を見渡した。暗かったが、所々あう電灯のおかげで視界は確保できた。暗闇に覚えることは、まずない。
それにしても、黒木という男はどうしてあんなに冷静なのか?それがずっと不思議でたまらない。今時の男子とはどこかが違う。だが、どこが?
今は考えるのをやめよう。言われたとおり、安全な場所を探そう。あるいは線路をたどって出口を目指すか?
決めた。出口を目指そう。