選んだもの
短編です
学生の頃は、何かに秀でていれば、それだけで「すごい」と言ってもらえた。
ピアノが弾ける、勉強ができる、足が速い、水泳が得意、皆勤賞をとったetc…。
たった一つ、何かたった一つでも、誰かよりは優れているものが欲しくて、いろいろなことに手を出した。
ギターを買ってもらったり、水泳教室に通ったり、塾に通ったり。
でも私は、大体が中くらい。学校の成績も平均程度、ピアノは右手で「猫ふんじゃった」のメロディを追いかけるので精いっぱい。水泳は出来るけど、二十五メートル泳いだら終わり。
でも友人達は、常に学年トップの成績で、有名な曲を弾けて、水泳は100メートルの種目選手に選ばれた。
私は全部中途半端。
ずっと、真ん中。何かに秀でることはできなかった。
でも周囲を見ると、いつも成績最下位の子も、歌のへたくそな子も、5mも泳いでいられない子もいる。
私よりダメな子も、いる。
私は学んだ。世の中には、すごくできる人と、すごくできない人がそれぞれ一握りずついて、私はそのちょうど真ん中にいるんだなって。真ん中から出ることのできない人間なんだなって。
安心した。学校は、何者かにならなくても、とりあえず卒業だけはさせてくれた。
大学できっと、私に合う何かが見つかるだろうと思って、毎日通って、図書室に行って、勉強した。
でも、私は何者にもなれなかった。
大学でもやっぱり私は、中間の人間だった。何かに秀でることのできない人間だった。
就職して、急に“仕事のできる人間”になることを強制された。右も左もわからないのに、上司や先輩からは「もっと、死ぬ気で、頑張れ、成果を出せ」と言われ続けた。
私は懸命にそれに応えようと必死に努力した。上を目指していた。できない人間になるのが怖かった。下に秀でた人間と思われるのが怖かった。
でも成果は出なかった。
色んな部署を“勉強”と称して盥回しにされた。グルグルグルグル。
どこの部署に行っても、私は中途半端で、何の成果も得られないまま、だんだん窓際に追いやられていった。
ずっと、何者かになりたかった。
でももう、何者かになるのはあきらめた。だって、私は何者でもないから。
会社に必要とされる価値もなければ、秀でた何かで、社会に物申すこともできない。自分の存在を証明するものも何も持ち合わせてはいない。
お前は何ができるのか?
そんなの、私が知りたい。私は何をもって生まれて、何をするために生きて来たんだろう。自分が成してきたものは、いったい何だったんだろう。
振り返っても何もない。私の中には、何も、ない。誇れるものも、秀でた物も、出来ることも、何も。なにも。
誰も、私を褒めてくれない。自分で自分をほめることもできない。
私は何も、持っていない。
こんな私は、きっと必要のない人間なんだと、頭の中で誰かが言う。
そうかもしれないね。
何もない人間は、何をしたって、誰にも何も、気づかれないのだから。
——二十年近く務めた会社を辞めた——
この選択は間違いじゃない




