蛇足編
あの日、巨大スクリーンで玲のことを見て以来、碧は少しずつ、テレビを見るようになった。時々玲はテレビに出ていて、それを見ると碧の心も少しは明るくなった。玲の元気な顔を見られるのは、碧にとっても嬉しかった。
***
そんな日々が続いたある仕事帰り、碧の家の前に人影が見えた。
「え、誰……」
碧は思わず一歩後ずさった。けれど、人影は碧に気が付いたようで、碧の方に向かってきた。
「碧……!」
「……玲?」
その人影は、碧がずっとテレビ越しで見ていた、玲だった。
「嘘、でしょ……」
そう思いながらも、碧は駆け寄らずにはいられなかった。そんな碧を見て、玲は「久しぶり」と笑った。碧が好きな、優しい笑顔で。
「なんで……なんで、ここにいるの……」
碧は、つっかえながら尋ねる。
「東京行くから、別れたんじゃないの……。もう、戻ってこないかと思ってた」
そんな碧の様子を、どこかおかしそうに玲は見つめる。
「なんでって、碧に会いたかったからだよ。ほんとは連絡してから来ようと思ったんだけど、LINEしても既読つかないし、電話にも出ないし……」
そう言われて、碧のこらえていた涙が止まる。もう二度と玲とは会わないと思って、玲の連絡先を消していたのだ。
「ごめん……」
「こっちこそ。急に戻ってきてごめんね。もしかして、会いたくなかった?」
「そんなわけないじゃん。すごく、すごく会いたかった……」
***
碧はひとまず玲を家に上げた。玲は、家の中を見て「変わらないね」と呟いた。
「とりあえず、お茶淹れるからさ。玲、座ってて」
そう言う碧は、見るからに浮かれていた。そんな碧に対して、玲は少しずつ、自分のことを話し始めた。東京は思っていたよりも厳しかったこと。
俳優としてはなかなか仕事がなかったこと。たまたま、とあるプロデューサーに見てもらえたこと。それがきっかけで、少しずつ俳優として活動できるようになったこと。
碧は、そんな玲の話をすべて楽しそうに聞いていた。けれど、碧にとって何より嬉しいのは画面越しでない、生の玲に会えたことだった。
「玲はもうすっかり有名人だね」
「そんなことないよ。まだまだ」
「でも、玲はもうすごく遠いところにいるよ」
「でも、戻ってきたでしょ」
「え……」
碧は思わず言葉に詰まる。
「それって、どういうこと?」
碧の言葉に、玲は少し目を伏せた。
「ずっと、寂しい思いさせてごめん。最初から、仕事がうまくいったら碧のところに戻ってこようと思ってた。ほんとだよ。よりを戻すかは別として。でも、それを言う前に、碧、出て行ったじゃん」
「ごめん……」
考えるよりも先に、そんな言葉が碧の口をついて出た。そして、碧は「それを先に言えばよかったじゃん」と思い直す。
「ごめん、碧のことを遠距離でも縛り続けるのが嫌だった。碧のことが嫌いになったわけじゃないよ。昔も、今も」
「そのせいで、逆にずっと玲に縛られてたんだよ」
碧は思わず玲に抱きついた。玲は、そんな碧のことを、そっと撫でた。
ぬるくなった麦茶が、テーブルに二つの跡を残した。




