偽りの天国と、千年前の墓標
【Side A:カイト】 眩しすぎる凱旋
王都ルミナの正門が開く音は、まるで天国の扉が開く音に似ていた。
ファンファーレ。紙吹雪。そして、地鳴りのような歓声。
「勇者カイト様万歳!!」
「我らが光! 救世主様!」
沿道を埋め尽くす市民たちの笑顔は、あまりにも完璧だった。
誰もが幸福そうで、誰もが俺たちに期待し、誰もが――「レンがいなくなったこと」に
など興味を持っていなかった。
「すっげえ人だ! なあカイト、俺たちマジで英雄なんだな!」
「みんな手を振ってるよ! やばい、超楽しい!」
隣を歩く石川ゲンタや渋谷ミカは、興奮して頬を紅潮させている。
彼らの装備は、王家から下賜された最高級品だ。
一ヶ月前まではただの高校生だった彼らも、今では立派な「狂戦士」であり「吟遊詩人」に見える。
俺――天王寺カイトは、馬上からその光景を眺めながら、
自分の右手が小刻みに震えているのを必死に抑えていた。
(……笑え。笑うんだ、カイト)
俺は勇者だ。
レンを犠牲にして、俺だけがここに立っている。
あいつが最後に叫んだ「世界を救え」という言葉。それが今の俺を支える唯一の呪いであり、
道標だった。
だから俺は、唇を噛み締め、引きつった笑顔で民衆に手を振り返した。
「――出発するぞ! 魔王を倒し、必ず平和を持ち帰る!」
ワアアアアッ! と歓声が爆発する。
その熱狂の中で、ふと視界の端に青いウィンドウが浮かんだ。
【クエスト開始:魔王討伐の旅】
【現在のパーティメンバー:29名】
【状態:良好(不純物排除済み)】
「不純物」――。
その無機質な文字列が、俺の心臓を冷たく握り潰した。
「カイト、顔色が悪いぞ。……水、飲むか?」
野太い声と共に、巨大な水筒が差し出される。
柔道部主将の熊田ダイゴだ。
身長190センチを超える巨漢の彼は、重戦士の重厚な鎧を着込み、
俺の馬の横を歩いている。
「ありがとう、ダイゴ。……お前は、平気なのか?」
「……平気なわけねえだろ」
ダイゴは声を潜め、兜の奥で眉をひそめた。
彼はクラスで一番の力持ちだが、一番優しい男でもある。レンがいなくなった時、
最後まで俺と一緒に衛兵を止めようとしてくれたのは彼だった。
「でもよ、カイト。俺たちがここで立ち止まったら、レンの犠牲が無駄になっちまう。
……あいつは、お前に『行け』って言ったんだ。なら、俺は盾としてお前を守る。
それが、あいつへの手向けだ」
ダイゴの言葉は正論だった。正論すぎて、痛かった。
「……そうだな。行こう」
俺は前を向く。
背後には、白亜の王城がそびえ立っている。
その地下深く、暗い廃棄孔の底で、親友が一人ぼっちで眠っていることを、
俺たちは決して口にしなかった。
空は、絵の具で塗りつぶしたように青かった。
その青さが、今の俺には「作り物」のように見えて仕方がなかった。




