表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/18

第十七話 想いの証

壁に手をつきながら、ヴァルガは廊下を進んでいた。


まだ足元が覚束ない。

体の奥で、マナの流れが荒れている。


それでも止まるつもりはなかった。

周りの者が何度も止めようとしたが、跳ね除けた。


晴斗。


その名前だけが、頭の中に浮かび続ける。

胸の奥に残る、かすかな感覚。


循環の宝珠。


あれが使われたのは、間違いない。


そして――


それを使ったのが誰かも、分かってしまう。


壁を伝い、ゆっくりと階段の方へ歩く。


そのときだった。


下の階から、二人分の足音が登ってくる。

ヴァルガは顔を上げた。


階段の影から、先に姿を現したのはレオンだった。

その腕が、誰かの肩を支えている。

次の瞬間、ヴァルガの呼吸が止まった。


「……晴斗」


晴斗は、レオンに肩を抱かれながら、ゆっくりと階段を上がってくる。


顔色は少し青い。

呼吸がわずかに乱れている。

それでも意識ははっきりしているようだった。


ヴァルガの姿を見つけた瞬間、晴斗の表情がぱっと明るくなる。


「ヴァルガ!」


その声は、いつもの晴斗のものだった。


晴斗はレオンから離れ、おぼつかない足取りでヴァルガの元へ向かう。

一歩踏み出すたびに体がわずかに揺れる。


途中、転びそうになるのをヴァルガが抱き止めた。


晴斗はそのまま、しがみつくように抱きつく。


「よかった……元気になったんだな……」


抱きつかれた肩口が涙で濡れる。

晴斗の声は安堵に満ちていた。


だが、ヴァルガは動けなかった。


晴斗を抱き留めたまま、ただ、呆然と立ち尽くしている。


「ヴァルガ?」


不思議に思った晴斗が呼びかける。


「宝珠を……」


ヴァルガから落ちた言葉にびくりと晴斗が震えた。


「ごめん……あれ、勝手に使った」


取り繕うように笑う。


「でも俺、大丈夫だよ。あれ、一回くらい使ったって、お前が心配することなんて、なにも……」


ヴァルガの大きな手が、晴斗の頬に触れる。


晴斗の気配が、薄い。

命の灯が、確かに削られている。


ほんのわずか。

だが、確実に。


掌はこめかみに移り、晴斗の髪に触れた。


「髪の……色が……」


晴斗の髪の一部が、白く変化していた。


「え? 何?」


晴斗は自分の短い髪を引っぱる。

視界に入ったそれを見て、あっと声を上げた。


「白髪になってる……」


言葉を失っているヴァルガを、安心させるように晴斗は笑いかける。


「平気だよ。俺、痛いとこなんてないし。髪の毛の色なんて、大したことない」


ヴァルガの指先が震えている。

そのまま、晴斗を強く掻き抱いた。


「ヴァルガ……?」


ヴァルガは答えず、ただ黙って晴斗を抱きしめ続けた。


ヴァルガの視線が、ゆっくりとレオンへ向く。

その射るような視線を、レオンは静かに見つめ返していた。


***


王の間には、ヴァルガ一人しかいなかった。


玉座に座ってはいるが、心ここにあらずといった様子だった。


思い浮かぶのは、晴斗の顔ばかりだ。

額を手で覆い、深く俯く。


扉が開く音がして、誰かが入ってくる。

広い王の間に、靴音が乾いた反響を残した。


「ヴァルガ、報告だ」


「奏様……勇者は抵抗が激しく、牢に収容された。聖剣も所持中」


小さく息を吐く声が聞こえる。


「やれやれ、晴斗のことになると大変な子だよ。少し厄介だな」


「そういえば晴斗は部屋か?」


問いかけられても、ヴァルガは顔を上げなかった。


「確かに、今は休ませた方がいいだろうな」


足音が近づき、すぐそばで止まる。


「おい、無視するなよ」


気安い声だった。

気配で誰かはわかっている。


「……レオン」


独り言のように呟く。

しばらく沈黙が続いた。


やがてヴァルガが口を開く。


「何故だ」


低い声だった。


「何故、晴斗に教えた」


絞り出すような声に、レオンは冷静に返す。


「お前が瀕死のままでいて、結界が崩れたらどうする?」


ヴァルガは顔を上げ、レオンを睨みつけた。


「俺の番だ!」


声が荒くなる。


「この世で、ただ一人の……」


レオンはヴァルガをしばらくじっと見つめ、視線を伏せた。


「……お前の気持ちは、わかるよ」


少し間を置いて、続ける。


「だが」


レオンは顔を上げた。


「番一人と、すべての魔族」


「簡単に秤にかけられるのか?」


その言葉は、ヴァルガの胸を抉った。


「……それは」


「おっと、即答するなよ? 大丈夫だとは思うが……」


何も言えないヴァルガに、レオンは少しおどけて笑う。


「まったく……魔族の番への執着は、目も当てられないな」


だが次の瞬間、表情が消えた。


冷徹な参謀の声になる。


「お前は魔王だ」


「魔族に対して責任がある」


そして、静かに続けた。


「忘れるな。人間どもに循環の宝珠を奪われるわけにはいかない」


赤い瞳が所在なく彷徨う。


「……わかっている」


ヴァルガの肩に、ポンと手が置かれた。


「わかってるなら、そんなツラするなよ」


レオンの顔には哀れみに近い笑みが浮かんでいる。


「ヴァルガ、晴斗は無事だ。今はそれでいいだろう?」


レオンは扉に向かって歩き出した。


「どうせ、それしか方法はなかったんだ」


「お前がどんなに、他の道があったと悔やんだとしてもな」


レオンは扉の前で立ち止まった。

振り返りはしない。


「……王として、前を見ろ」


そう言い残して、扉に手をかける。

重い扉が開き、静かに閉まった。


王の間には、再びヴァルガ一人だけが残された。


***


「若白髪、か」


俺は鏡を見ながら、髪をいじっていた。

こめかみの上の前髪が、一房だけ白く変わっている。


「はは、メッシュみたいじゃん」


見た目の変化には少し驚いたけど、心は軽かった。


ヴァルガを助けられた。


そのことが、胸の奥をじんわりと温かく灯している。


昨日、ヴァルガに会ってから、たっぷり眠って、食事もゆっくり取った。


おかげで体調はすこぶる良い。


宝珠に願うには、代償に生命力を失う。

確かに使う前は、少し怖かった。


でも、やってみれば──

思っていたよりは、大したことはない。


勇気を出して、よかった。


「あれ……」


俺は鏡の中の自分を見ながら、頬に触れた。


「少し、痩せたか?」


元々肉はついてない方だから、少し痩せると目立つんだよな。


頬をつんつんしてると、ガチャリと扉の開く音が聞こえた。


振り返るとヴァルガが扉の前で静かに佇んでいる。


「ヴァルガ」


思わず笑みが溢れた。

駆け寄る俺の顔を、心配そうに覗き込んでくる。


「体調は、どうだ?」


「ああ、全然平気だって。ちゃんと寝て、食べたら、もうすっかり」


軽く拳を握りヴァルガにアピールする。


こいつは、心配性だ。

少しでも俺が弱ってたら、絶対自分を責める。


ヴァルガはそっと抱きしめてきた。


いつもの馬鹿力ではない。

壊れものを扱うように、慎重だった。


「ヴァルガ……?」


「ありがとう、晴斗」


「お前のおかげで、助かった」


その言葉に──

胸が締め付けられた。


「……俺、さ」


「お前の役に、立てた?」


ぽつりと声が溢れる。


ヴァルガはゆっくり頷いた。


「……ああ」


「俺は、ここに……」


「お前のそばに、いていいの?」


ヴァルガは何かに耐えるように笑う。


「当たり前だ」


ゆっくりと、言い聞かせるように言葉を紡ぐ。


「お前が何もできなかったとしても、ここにいてくれ」


「俺には、お前が必要なんだ」


まっすぐに見つめられ、言葉を失う。


役に立たなかったら、選んでもらえない。


そう思って、ずっと過ごしてた。


よくしてくれるヴァルガに、後ろめたさを感じながら。


両親にすら選んでもらえなかった俺を、ヴァルガは必要だって言ってくれる。


気づかず、涙が溢れた。


ヴァルガがそれを、指で拭う。

その指先は、震えていた。


「もっと……」


ヴァルガの声が苦しそうに掠れている。


「もっと早くに、このことをわかってもらえていたら……」


俺の肩に額を寄せるようにして、ヴァルガは低く呟いた。


「すまない、晴斗……」


「……え?」


その声はひどく小さくて、俺にはうまく聞き取れなかった。

ヴァルガは何も言わない。


ただ、俺を抱きしめたまま、苦しそうに目を伏せている。


どうしてそんな顔をするんだ。


俺は、大丈夫だって。


俺はそっとヴァルガの顔を覗き込む。


そして――


気づいたら、ヴァルガの唇に触れていた。


ほんの一瞬だった。


離れると、ヴァルガが目を見開いて俺を見ている。


「……晴斗」


「そんな顔するなよ」


俺は少しだけ笑った。


「お前を、助けられてよかった」


その瞬間、ヴァルガの腕が強く俺を引き寄せた。


さっきとは違う。


抑えていたものがほどけたみたいに、力がこもる。


「晴斗」


低く呼ばれる。


次の瞬間、唇を塞がれた。


さっきの俺のキスとは違う。

深く、息が止まりそうになる。


逃げようとは思わなかった。


背中に回る手が、わずかに強くなる。

その指先が、確かめるように這う。


「……苦しいよ」


気恥ずかしくて、つぶやいた言葉は、またすぐに塞がれる。


「……っ」


熱い。


体が、ぐずぐずに溶けてしまいそうになる。


気持ちを確かめ合ってから、こんなふうに求められたのは初めてだった。


ようやく唇が離れる頃には、肩で荒く息をしていた。


息が乱れたまま見上げると、赤い瞳とぶつかる。


「愛してる」


低く囁かれて、胸が熱くなる。

そのまま、ヴァルガは俺を軽々と抱き上げた。


俺はヴァルガの熱い体温を感じながら、背中に手を回してぎゅっと抱きしめる。


もう二度と、離したくない、そう思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ