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第十四話 勇者と魔王

月光の下で、刃を受け止めた男の顔が、奏の目にはっきりと映った。


銀の髪。

赤い瞳。


その視線には、恐怖も焦りもない。

ただ、静かな威圧。


特徴を聞いていた奏はすぐに察する。


「お前が、魔王」


握った聖剣が、怒りに応えるように、白く光を増す。


「奏! やめろ! こいつは魔王だけど、良いやつなんだ!」


晴斗の声が夜を裂く。

だが、刃は止まらない。


「晴斗に何をしたんだ!」


聖剣が唸りを上げる。


「目を覚ませ!晴斗!」


「違うって言ってるだろ!」


火花が散るたび、月光が揺れる。

言葉は、届いていない。

焦りが喉を締めつける。


「ヴァルガ、あいつは友達なんだ! 俺の……幼馴染で!」


ヴァルガの剣が、再び刃を受け止める。


「わかっている」


低い声。

金属が軋む音。

そのまま、力で刃を振り払う。


奏は即座に飛び退き、体勢を整えた。


「それに、あの者は転移者だ」


「無下にはできぬ」


「それって、どういう……」


ヴァルガはそれには答えず、守るように、晴斗を背へ押しやる。


「あとで、話そう。今は勇者の頭を冷やす」


その声は穏やかだった。


刃を交えているはずなのに、

なぜかそこだけ静かだ。


優しく微笑むその顔に、胸がほどける。


──大丈夫だ。


そう思った。

その、わずかな隙間に。


「晴斗から離れろ!」


踏み込みと同時に、白い刃が閃いた。


ヴァルガがそれを受け止め、重い衝突音とともに火花が散る。

夜の空気が、鋭く裂けた。


受け止めたまま、押し返さない。


「勇者よ、少し落ち着け」


「うるさい! お前と話すことなんて何もない!」


間髪入れず、連続の斬撃が降る。

怒りがそのまま刃になっている。


だが、それだけではない。


無駄がない。

踏み込みは低く鋭く、受け流された瞬間にはすでに別の角度から斬り込んでくる。

剣が弾かれた反動さえ、次の一撃の助走に変えている。


晴斗は息を呑んだ。


剣技は二人ともリヴェルトで一応は習った。

あの頃から奏は才能を開花させ、俺とは雲泥の差だった。


けれど、今目の前にいる奏は、あの延長線上の存在じゃない。


まるで──斬ることだけを教え込まれた兵器のように、迷いがない。


それでもヴァルガは崩れない。

最小限の動きで弾き、流し、逸らす。

一歩も余計に動かないその足取りは、静かで、揺るがない。


攻撃が響かないことに、奏の表情がわずかに歪む。


「余裕ぶるの、やめろ!」


叫びとともに、聖剣が空へ掲げられる。

次の瞬間、それは地面へと叩きつけられた。


白い光が爆ぜ、そこから波紋のような衝撃が広がる。


目に見えない圧が、地面を震わせ、空気を歪ませる。


びりびりと肌を刺すその波動の中で、ヴァルガだけが微動だにしない。


俺は足が震え、堪えきれず膝が落ちた。


それに気づいたヴァルガが、わずかにこちらを振り向く。


「晴斗、大丈夫か?」


差し伸べられた手を掴み、引き上げられる。


「だいじょう──」


言い終わるより早く、次の斬撃がヴァルガに襲いかかった。


「晴斗に触るな!」


寸前で刃が受け止められる。


間近で見る奏の顔は、美しいまま、憎悪に歪んでいた。


「お前、いい加減に……」


俺が口を挟みかけた、その瞬間。


「晴斗は俺のだ!」


こいつ、また言ってる。


元の世界でもたまに聞いていたセリフだった。


昔から、妙に俺に執着するところがある。

ただの幼馴染なだけなのに。


「ふざけるな」


ヴァルガの低く、抑えた声が響いた。


防衛一方だったヴァルガの剣が、初めて明確に前へ出た。

防ぐためではなく、押し返すための一撃。


火花が、これまでよりも高く散った。

奏の体が大きく後退した。


間髪入れず、二撃、三撃。


先ほどまでとは明らかに違う。

重く、鋭い。

空気そのものが切り裂かれるような斬撃。


「……っ」


奏が歯を食いしばる。


打ち合う刃の向こうで、ヴァルガの赤い瞳が、わずかに細まった。


「晴斗がお前のものなわけがない」


低い声が、衝突の合間に落ちる。


金属が擦れ、火花が散る。


「それに――」


刃を押し合ったまま、さらに踏み込む。


「先ほどから、晴斗の名を軽々しく何度も」


鍔迫り合いの圧が増す。

奏の足が、石畳を削る。


「気に入らない」


その言葉と同時に、剣圧が一段と重くなる。


押し返すためではない。

叩き伏せるための一撃。


「お、おい、ヴァルガ……」


今度は、晴斗の声が届かない。


ヴァルガの剣が続けざまに振るわれる。

一撃ごとに空気が震え、金属の衝突音が夜を裂く。


奏は後退しながらも受ける。

だが、防戦一方だった先ほどとは違う。

刃と刃がぶつかるたび、地面に亀裂が走る。


――だが。


ほんの一瞬。


ヴァルガの足元が揺れた。

踏み込みが、わずかに遅れる。


その隙を、奏は見逃さない。

上段から、迷いなく振り下ろす。


ヴァルガは咄嗟に片手を離し、掌から赤い光を放った。


魔力が迸り、奏を正面から弾く。


「くっ……!」


衝撃に押され、奏は数歩後退する。

しかし聖剣が白く輝き、赤い光を斬り裂いた。


赤い残光が、夜に散る。


「……この程度か」


奏は肩で息をしながら、ヴァルガを睨みつける。


「そんなもので、俺を止められると思うな」


口元が歪む。


笑っているのに、目は笑っていない。


ヴァルガの呼吸が、わずかに乱れているのが見えた。


「……っ」


晴斗の喉が鳴る。


そんなはずはない。

ヴァルガは強い。


あれは、多分――


マナが、足りていないんだ。


長引けば、確実に不利になる。


「二人とも! もうやめ──」


ヴァルガの瞳が鋭く光る。

次の瞬間、掌から赤い光が迸った。


二つ、三つ、四つ。


矢のように連続して放たれる。

夜の庭を赤い軌跡が走る。


奏は舌打ちしながら、聖剣を振るう。

白い刃が光を裂き、弾き飛ばす。


衝撃が腕に伝わっているはずなのに、足は止まらない。


赤い光を払いながら、距離を詰める。


ヴァルガはさらに魔力を解き放つ。

だが、光の密度が、先ほどよりも薄い。


晴斗の背筋が冷える。


だめだ。


それ以上は――


奏が最後の光を斬り裂き、踏み込む。

白い軌跡が、一直線に伸びた。


ヴァルガは迎え撃とうと剣を上げる。

だが、ほんの一瞬、反応が遅れていた。


聖剣が、斜めに振り下ろされた。

金属音とともに、血飛沫が上がった。


ヴァルガの体が大きく揺れ、膝が石畳に落ちる。


「ヴァルガ!」


頭が真っ白になる。

叫ぶことしかできない。


足がもつれ、転びそうになりながら走る。

世界がやけに遅い。

一歩が遠い。


早く。


早く。


あいつのところへ――


地面に伏したヴァルガに、奏が大きく剣を振りかぶる。


月光を背負い、白い刃が弧を描く。


「やめろ!」


声が裂ける。

届かない。


腕が振り下ろされる、その瞬間――


轟、と空気が爆ぜた。


奏の視界を、灼熱の炎が横切る。

地面を抉りながら走る火線。


「っ……!」


奏は咄嗟に飛び退いた。

避けきれなかった袖が焼け、焦げた匂いが立ちのぼる。


白い光と赤い炎がぶつかり、夜が一瞬昼のように明るくなった。


揺らめく熱気の向こうに、

月明かりの下に現れたのは、黒いドレスの影。


その肩で、小さな赤い光が揺れている。


「やりすぎですわよ、勇者様」


涼やかな声が響いた。

次の瞬間、闇の中から黒い影が伸びる。


細く、鋭く。


リリスの爪だ。


人のそれではないほど長く伸びた指先が、空気を裂く。


奏が剣で払うが、ほんのわずかに掠った。

そこから赤く、血が噴き出した。


「……なっ」


掠ったはずの傷口から、ありえない量の血が溢れる。


リリスの爪が、さらに伸びる。

絡みつくように、貫くように。


奏の身体が背後の大木へと叩きつけられた。

鈍い音がし、爪が木へと深く食い込み、奏の両腕ごと縫い止める。


聖剣が手から離れ、地面に転がった。

白い光が、ゆらりと揺れる。


「……っ」


奏が歯を食いしばる。


動こうとするたび、傷口からさらに血が滲む。

炎の余熱と血の匂いが、庭に重く広がった。


木に縫い止められた奏の周囲に、足音が雪崩れ込む。


重い靴音。

鎧が擦れる音。


庭の闇から、兵士たちが現れた。


一斉に槍が構えられる。

鋭い穂先が、奏の喉元へと向けられた。

月光を受け、冷たく光る。


「動くな」


低い号令。

奏は荒い呼吸のまま、歯を食いしばる。

血が腕を伝い、木の幹を赤く染めている。


晴斗はそれを呆然と見ていた。

膝をつき、ヴァルガの体を抱きしめながら。


「スラ様……リリス……」


喉がひどく乾いて、声が震える。


「ヴァルガが……」


ヴァルガの脇腹から溢れた血が、手を真っ赤に染める。


ぼたり、と。


指の隙間から、絶え間なく赤い滴が落ちていた。


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