君と出会う
門の向こうから聞こえた気配は、すぐには姿を伴わなかった。
風が枝を揺らしただけかもしれない、と自分に言い聞かせる。
それでも、和音の視線は自然とそちらに向いていた。
庭灯に照らされた小道の先。
暗がりの中から、ゆっくりと人影が現れる。
知らない人、のはずだった。
同じ制服。
同じくらいの年齢。
見覚えはない。……はずなのに。
その人は、和音を見た瞬間、足を止めた。
まるで、そこにいることを確かめるように。
逃がしてはいけない何かを見つけたみたいに。
胸が、きゅっと鳴る。
—あれ?
変だ。
知らない人に見られて、こんな気持ちになるはずがない。
相手は一歩、こちらに近づいた。
庭灯の光が顔を照らす。
その瞬間、和音は息を忘れた。
理由はわからない。
整った顔立ちだとか、そういうことじゃない。
ただ、その目が……ひどく、懐かしかった。
ずっと前から自分を知っているような、
それでいて、今にも泣き出しそうな目。
「……あの」
声をかけようとして、言葉が詰まる。
名前も、用件も、何ひとつ思い浮かばない。
相手のほうが、先に口を開いた。
「……ごめん」
低く、少しかすれた声だった。
謝られる理由なんて、思い当たらない。
「え?」
和音がそう返すと、相手は一瞬だけ目を伏せた。
それは、後悔している人の仕草に見えた。
—どうして、この人は。
胸の奥で、何かがひっかかる。
知らないはずなのに、放っておけない。
「……流星、見てたんだな」
唐突な言葉。
それなのに、和音はうなずいていた。
「うん。……今、流れました」
「そうだな。」
短いやりとり。
それだけなのに、空気が妙に静まる。
気まずい、とは違う。
むしろ、続きを待っている感じに近い。
相手は空を見上げたまま、ぽつりと言った。
「……きれいだな」
その声は、どこか必死だった。
まるで「同じものを見ていてほしい」と願っているみたいに。
和音も、つられて空を見る。
星は変わらず、そこにある。
「……あなたは、」
名前を聞こうとして、また言葉が止まる。
もし、この人の名前を聞いたら。
何かが、壊れてしまう気がした。
そんな根拠のない予感が、胸をよぎる。
「私……」
代わりに、和音は自分のことを言った。
「和音、です」
名乗った瞬間、相手の肩が、わずかに震えた。
それは一瞬で、見間違いかもしれないほど小さな動き。
けれど、和音の目にははっきり映った。
「……和音」
相手は、確かめるようにその名を繰り返す。
大切なものを、壊れないように扱うみたいに。
どうしてだろう。
自分の名前を呼ばれただけなのに、胸がいっぱいになる。
「……俺は」
相手が名乗ろうとした、そのとき。
空を切り裂くように、もう一筋の光が走った。
さっきよりも、少し長い流星。
二人同時に、空を見上げる。
願い事をする暇なんて、やっぱりない。
けれど和音は、はっきりと思った。
—この夜を、忘れたくない。
流星が消えたあと、隣に立つ人の存在が、やけに近く感じられた。
名前も知らない。
それなのに。
この人となら、
もう少しだけ、星を見ていたいと思ってしまった。
流星に願いを込めたいと思ってしまった。
和音はまだ知らない。
その気持ちが、ただの偶然ではないことを。
そして、
この出会いが「最初」ではないことを。




