第九話
俺が解放されたのは夜が更けた頃だった。体がずっしりと重くて、意識が朦朧としている。
だが、そのような体の不調の代償に得たものあった。
まず、俺の体は人間のものと大差がない。筋肉の量もそのつき方も、骨格も内臓などの器官も人間の十七歳のそれと同じだ。ただ一つ、僅かながら青い血が流れていることを除いて。
青い血が流れていることの影響はまだ全くと言っていいほどわからない。怪我の治るスピードが異常に速いことはおそらく関係していると思うが。
その治癒も永遠ではなかった。怪我の回復をするときには全身にあるシラを使うらしく、一日で体内で生成されるシラの量がその消費を上回ったとき、すなわちシラが完全に切れたとき、怪我は治らなくなる。また、シラの量が少なくなるに連れてそのスピードも落ちてしまう。
シラを治癒に使用せずに、他のことに利用できるかは今のところは調べられなかった。それは俺がまだその制御を覚えられていないからだ。
俺は戦いのスタートラインに立っただけだということを痛感した。これができなかったら、やれることも、してもらうこともできなくなってしまうことがある。選択肢を狭めないようにするにはとにかく、努力するしかない。怠けている暇はない。
「どう、富良野。何かわかった?」
ドアから平野さんが顔を出した。仕事のせいか、少しその顔には疲れが窺えた。
「ああ、まだ全てではないがいくつかわかったことはある。報告書作るからそれまで待ってくれ」
砕けた様子で富良野さんは返した。
そういえば、先ほどの話で各支部のトップが推薦をする権利を有していると言っていた。つまり、平野翼がCAU仙台支部のトップということになる。そんな人にここまでフランクに会話をする富良野さんは何者なのであろうか。目上の人には敬語を、と言っていた伊良波さんの言葉に反した人であるが、平野さんは気にした素振りを見せない。
「二人って仲良いんすか?」
俺のタメ口にも特に機嫌を損ねることもなかったため、元々そんなことにこだわらない人であるのかもと考えたが、無意識にその問いが口をついていた。
「私たちは同じ時期にこのCAUの試験を突破して、同じ訓練を受けた同期なの。年齢も一緒だしね」
「え!?同い年なんすか!?」
「そうだよ。そう見えないか。どっちが上に見えたの?」
迷いなく富良野さんの方に視線を移すと、めちゃくちゃ睨まれた。
「ぶん殴るぞ。今はもうシラ切れしてるから、私でも勝てるぞ」
「いや、すんません」
「だいたい翼の見た目が変わらなすぎるんだよ!十年前と何も変わってねーじゃねーか!」
人差し指で平野さんの方を指さしながら、キャラに合わない大声をあげた。もしかしたら、これが素なのかもしれない。俺の前ではかっこいいお姉さんぶっていたが、古い付き合いの平野さんの前ではその仮面が剥がれてしまうのだろう。
「私はきちんと運動してるからね。富良野はここでずっと座ってるから、不健康なんだよ」
「私はその必要がないからな」
「富良野もコレティスと戦ってみれば?」
「ストレスでもっと老けそうじゃないすか?」
「てめぇー、ほんとにはっ倒すぞ!」
俺と平野さんが同時に笑った。怒りを表相させていた富良野さんもそれに釣られて控えめに笑った。
ひとしきり笑い合った後に、まだ仕事があると言って平野さんがこの場を後にした。この部屋を出る際に、もう訓練はとっくに終わっているから部屋に戻るようにと命じられたので、俺もドアをくぐった。




