第六話
部屋の外に出るなり、俺は気になっていたことを訊いた。
「なあ、久我山。俺って武器が使えないのか?」
「ああ、使えない。あそこにある武器は全部人間用だ。まずまず血を垂らさないと触れもしないし、人間以外の奴がそれをすると青い光を放って拒絶するようにできている。って言っても、武器を使って人を襲うのは半人間だけで、コレティスではあり得ないから、人間以外っていうよりかは半人間だけ弾くようにできている」
通りで殴りかかってきたわけだ。そうなると、俺は素手で戦う以外の選択肢はない。俺も剣とか弓とか使いたかったが、仕方がない。
「俺はどうお前に接すればいい?人間としてか、半人間としてか、どっちで扱えばいい?」
前を向いたまま久我山は聞いてきた。そこには迷いが滲み出ていた。俺は本音をぶつけてみることにした。
「……俺は確かに人間じゃねぇけど、気持ち的には人間のつもりだ。だから、人間として関わってくれ。頼む」
「わかった。善処する」
善処じゃなくて、そうすると言い切って欲しかったが、そんな権利は俺にはなかったので声に出さなかった。
再び最初に集まったグラウンドで足を止めた。朝にいた他の四人はもういなかった。久我山はこちらに振り返った。
「今からお前に戦う術を教える。俺はまだお前を信用したわけではない。ただ、お前からは敵意を感じないから教えてやる。耳の穴かっぽじってよく聞け。基本的なことだが、最も大事なことだ」
俺は生唾を飲み込んだ。俺を殺したであろう奴と同類のコレティスを俺が倒す。その方法は絶対に習得しなければならない。
「最初に俺らの体内にはシラというものが流れている。俺らはそれを駆使して戦う。こいつを上手く使うと常人ではできないような跳躍やスピードを出せる。俺がお前を殴る時にもこれを使った」
言い終わった途端に目の前に拳が現れた。風圧で髪が靡く。
「こんな感じだ」
「なんか言ってからやれよ!びっくりしたわ!」
「元々当てる気はなかったからいいだろ」
「そういう問題じゃねーだろ!」
迷惑そうに耳を塞いで俺の声を塞ぐ久我山に溜息を吐いて、視線で続きを促す。
「このシラの使い方を覚えるのが最低限だ。そこから必要な時に必要な分だけのシラを扱う、これがいま俺らがやっていることだ」
「どうやって、そのシラってやつを使うんだ?」
「シラは血液と同じように心臓から出ている。それを感じ取って、まずは右手に俺を集めるイメージをしろ。センスがあれば十分くらいでできる」
俺は目を閉じて、言われた通りに想像する。シラの巡りを感じ取る。心臓から左肩、左腕、右腕、右肩を通っていく。そして、右手でそれらを留める。
目を開けると、どこか世界が今までと違って見えた。余計な雑音がなくなり、色が鮮明に読み取れる。
「ここにパンチしてみろ」
久我山が手のひらを見せてきたので、そこに力を込めて全力で拳を叩き込んだ。パンッと乾いた音が鳴った。
「できてねぇ。力みすぎだ。もっと力抜け」
俺はまたシラの流れを意識して、拳を振るった。今度は力を入れずにしながら。
俺の拳が久我山の手のひらに当たった瞬間に先ほどは感じなかった衝撃が生じた。できたのだと直感した。そして、気が緩んだ瞬間に右頬にパンチされた。俺は再び倒れ込んだ。混乱したままの頭で、暴力を振るった張本人を見上げる。
「わりぃ、カウンターしてた」
「お前俺のこと何回殴るんだよ!?」
「わざとじゃないから許せ」
「本当にわざとじゃないんだよな!?」
「当たり前だ。もう条件反射でそうなっちまうんだ」
俺は下を向いて立ち上がったために気が付かなかった。俺の拳を受け止めた右手を久我山がプラプラさせていることに。
「そんな感じだ。あとはそれを意識しなくてもできるようになれ。それができて初めて、俺ら試験突破組と肩を並べられる」
「久我山はどのくらいでできるようになったんだ?」
「俺は三十分でできた」
「よし、それ更新するわ」
それからは地面に向かって何度も拳を振るった。しかし、宣言とは裏腹にその前に一度、シラの流れをイメージしないと成功しなかった。
時間はとっくに一時間を過ぎていた。
「どう、調子は?」
平野さんが手を振りながら、訊いてきた。
「ちょっと苦戦中っす。無意識でシラを集めることができません」
「一回やってみてよ。ほら、ここに」
久我山と同様に右手を向けてきた。俺はひとまず、集中してシラのこもった一撃をお見舞いした。だが、久我山の時とは違って成功したのにも関わらず、衝撃は発生しなかった。
「うん、できてはいるね。あとは無意識下でできるようになりたいわけだ」
「もう一時間くらいやってるんすけど、全くできなくて」
「そうだね、蒼真くんは腕だけでやろうとしているから、シラが右手に着く前に多くを逃しちゃってるね。もっと全身を使って、シラの通り道を滑らかにしてあげて。ほら、もう一回」
しっかりと足を力を入れて、腰を捻ってパンチを繰り出した。すると、今までにない感覚が右手をつたって全身に駆け抜けた。
「おっ、できてるよ。全身を使う動きは体が慣れたら、意識せずともできるようになるから練習あるのみね。それじゃあ、頑張ってね、と思ったけど、もうお昼の時間だ。他の人とはまだ交流していないだろうから、食堂で仲良くしてみて。みんないい子達だからきっと上手くいくよ」




