第四十一話
「元永、相談したいことがある」
周りに誰もいないことを確認して、声をかける。これは聞かれてはいけない。特に平野さんには。
「どうしたのですか、火野さん?」
念のためもう一度辺りを見渡す。いくらCAUの敷地外だからといっても、気を抜いてはいけない。神のいたずらには幾度となく苦労させられてきたのだ。
「高平蒼真を殺す。そのための案が欲しい」
元永は驚いた様子で、見開いた目でこちらを見つめる。「冗談でしょう?」なんて言いたがっているように感じたので、その目を横目で見つめ返して本気であることを伝える。
先日、敵の狙いが高平蒼真であると知った。そこで、あいつを殺してしまえば甚大な被害が免れる可能性が高い。少なくとも今よりもずっと被害を抑えられる。
「高平蒼真を殺してしまえば、敵の目的は当分中断せざるを得なくなる。その間にCAUの総戦力で叩く。それが一番現実的で理想的だ。幸いなことに半人間は死体が残らないから、隠蔽は容易い」
元永は顎に手を当てて、俯き、考え始めた。それが高平蒼真の殺害に対する賛成反対を考えているのか、もう既にその案を考えているのかは見当がつかない。
そして、しばらくして元永がゆっくりと顔を上げた。どうやら、腹を決めたようだ。
「わかりました。案を考えましょう」
良かった。ここで断られて、さらには平野さんに告げ口でもされたらたまったものではない。そんなことはしないとわかっているが、やはりどこまで行っても他人は他人だ。何を考えているかなんて、その人しか知り得ないことだから、過度な信頼は危険だ。
「相手は人間ではありません。こちらの想定を超えてくる前提で話を進めるべきだと思います」
「ああ、そうだな」
今のところ、こちらに与えられている高平蒼真の情報は、半人間であること。そして、死なない程度の負傷なら時間さえ経てば回復するということのみだ。他の奴らを見る限り、同じようなことしか知り得ていないとは思うが、それが全てだと決めつけない方が良い。
「下手に高平蒼真に近づけば、SSBの位置情報で簡単にバレる。だから、基本的にはCAUの敷地内でことに及ぶしかない。外でSSBを外すことは、高平蒼真を殺すと言っているようなものだ」
敷地内での殺害は外とはその難易度が桁違いに高い。当然に殺そうとすれば抵抗はされるし、大声を出されでもしたら一巻の終わりだ。
それに本部から派遣されたということから、こちら側の心象もあまり良いものではないため、警戒もされているだろう。
「結構、厳しくないですか?」
全くもってその通りだ。やはり、犯行がバレない殺人なんて現実的ではない。
「仙台支部の誰かを焚き付けるのはどうでしょうか?高平蒼真が狙いとわかった今、我々と同じような考えを持つ人はいるかも知れません」
「それこそ茨の道だ。仙台支部の奴らの素性をほとんど知らないから、下手に演技でもされたら見抜ける気がしない」
「あのお二人とは同期なのでは?」
「同期だからってあいつらのことを知っているわけではない。ただ………」
あいつらは絶対に容認することはない。それだけは確かだ。
「ただ?」
「いや、なんでもない」
何か良い案はないかと思案する。
人目につかないところに誘き出すことすら困難。誘き出せたとしても、そこからも再び高い壁がある。
「今更ですけど、高平蒼真を殺したら我々はどのような処分を受けるのでしょうか?半人間を殺したということで、不問になったりしないでしょうか?」
「さぁな。なにしろ前例がないことだから、どうなるかは予想が全くつかない。そもそも上の奴らが高平蒼真の存在を認めているかどうかすらもわからない。戦力とみなしているのか、危険分子としてみなしているのか。そのどちらかによってどうなるかが決まるだろうな」
もし何も処分がなかったとしても、平野さんがそれを許してくれるかは別問題だ。最悪の場合は個人的な復讐に遭う可能性だってある。それほど、平野さんは高平蒼真に入れ込んでいる。
「まだ時間はあります。一旦、このことから離れてみるのも手です。行き詰まったときは、他のことをしてみると意外と良かったりするっていう持論があるのですが」
「そうするか。腹も減ったし、適当な場所でご飯食べるぞ」
クロスボウを地面の中にしまい、人の多い場所へ向かう。これは個人的な意見なのだが、飲食店はある程度客がいる場所が安全だ。閑散とした場所だとそもそも料理が美味しくなかったり、常連客が来たときに疎まれたり、逆に興味を持たれて絡まれたりすることがあるからだ。
混雑とは言えないまでの喫茶店を見つけて、店に入る。入店音は小さくて、わずかな喧騒にすらかき消されている。
コーヒーとカツサンドを注文する。恐らく主婦の人たちの笑い声が思いの外姦しくて、少し気分を害する。
「仙台って都心から離れると意外と田舎なんですね。政令指定都市だからもう少し栄えていると思ってました」
「東京だって同じだろう。県全体が栄えている都道府県なんて存在しない」
「でも、東京よりも差がすごい気がします。仙台駅から数駅先はもう別の県みたいな感じです」
そんなイメージとかけ離れていた仙台について、話していると注文した品が運ばれてきた。
始めにコーヒーを啜る。コーヒー特有の香りが鼻腔をくすぐったのちに、苦くありながらも深みのある味が口の中に広がる。
ここのコーヒーは美味しいな。インスタントでは出せない美味しさだ。
そんなことを思っていると、元永がこちらを凝視しているのに気がついた。視線はこちらを見ながらも何かを考えている、そんな様子だったのでしばらく放っておく。
すると、考えがまとまったのか身を乗り出して、右手で口元を隠した。
「毒を盛るとかって、できないですかね?」
小さな声で発されたその言葉にため息が漏れた。
「少しこの話から離れるって言ったのは元永だろう?今はそのことを忘れろ。飯が不味くなる」
食事中に高平蒼真を殺すことについては考えたくはない。食欲が失せてしまう。
元永は「すみません」と、謝罪して元の体勢に戻った。
「仕事熱心なのはいいことだが、それに取り憑かれると痛いしっぺ返しを喰らうぞ」
「そうですね。我々の場合は痛いどころでは済まなそうですが」
より多くのコレティスを殺したいのか、それとも出世したいだけなのかわからないが、積極的に任務の遂行を請け負っていた奴らは今までにゴマンといた。しかし、そいつらはことごとく自分が見えていなかったがために命を落としてきた。
「それにしても昼飯にパンケーキは合わなくないか?」
自分でも今は仕事のことから離れたかったために、話題を逸らす。
元永は反論でもしたいのか、口に含んでいたパンケーキを急いで咀嚼して飲み込んだ。
「パンケーキはいつ食べてもいいんですよ。そもそも甘いものっていうのは適切な量であれば人間にとって良いことばかりですから」
─────適量だったら、甘いものは体にいいんだよ?
「そういうものなのか。女は甘いものが好きな奴が多い」
過去を偲ぶように目を細めて、明後日の方向を見る。結局は自分自身も割り切れはしたが、乗り越えはしていないのだ。だけど、それで良いと勝手に結論づけている。
「今の時代はそういう、女は〜みたいなのは控えたほうがいいですよ。男の人だって甘いものを好む人はたくさんいます」
咎めるようにフォークをこちらに向ける元永。その行為の方が控えた方が良いとは思うが、ここで元永の説教を受け入れないとまた長々とその続きを話されてしまうため、頷いておいた。
女は相手が納得しないと、永遠と自分の意見を聞かせる奴が多い。
「こちらからしたら、苦いコーヒーをお金払ってまで飲もうとは思いません。それだったらジュースを飲んだ方がエネルギーになります」
──────お金払ってまで苦いもの飲みたいって思うのは凄いね
前からずっと感じていた。元永はどこか似ている。見た目も声の高さもその生真面目な性格もどこも一致しないのに、何故か思い出してしまう。もう何年も前の話なのに。
「火野さん?どうしたのですか?」
「いや、なんでもない」
誤魔化すように、コーヒーを一口飲んだ。
やはり、こんな苦いものを美味しいとは感じられない。
「やっぱり、自分で作るよりもお店のやつの方が美味しいなー」
コーヒーカップをおきながら、平野はそう独り言を呟いた。




