第三十八話
半人間がどのようにして作られるか、という情報は真新しいものではあったが、俺たちに大きな進歩を促すようなものではなかった。
このことを平野さんに伝えた後に、仙台支部、大阪支部、東京本部にこの情報は共有されたが、それを防ぐということは不可能なため、被害を食い止めることはできない。これからも半人間は増えることになるであろう。
歯痒さを感じていないわけではないが、どうしようもないことに心身を疲労させるのはいけないと思い、割り切ることにした。幸いにも、市民を襲うコレティスは稀だ。半人間の数が大きく増えることはこれからもないであろう。
「お前もあんな風にして生まれたんだな」
夜ご飯を寮で食べているとき、久我山がそう言った。食事中に適しているとは言えない話題であったが、それに触れないことはできなかった。
「そうだな。俺は一回死んで、その後に青い血を与えられたんだな」
自分の右手を見つめながら、そう答える。今までだって頭では俺の体の中にはコレティスの青い血が流れていることは理解していた。だけど、今日のあの光景のせいで、改めてそれが強く俺に刻まれた。
それどころか、急に自分の体が自分のものではないような気がして、しょうがなかった。
「半人間全員が、俺みたいにしっかりと自分の意思があって、知性があって、理性があったらこんな世の中にはならなかったのかなー」
「それはないな。半人間が人間により近くなったところで、コレティスは消えない。まぁ、CAUの負担は減るだろうがな」
俺はそんなありもしない理想の世の中に想いを馳せることをやめて、白飯をかきこんだ。
平野はその晩に、いつかのあの日に訪れた土手に来ていた。それはまたあの男に会うことができないかという、ちょっとした期待を込めた行動であった。
以前来た時は夏だったが、今ではもうすっかり雪が似合う季節になってしまった。あれからの進展はあまりないことに平野は、憂うことはなく逆にそれをありがたがっていた。
川のせせらぎに耳を傾けながら、誰もいない暗い風景を眺める。肌寒い風が吹き抜けて、腕をさする。
「まさか本当に来るとは思わなかったよ」
その言葉は傍から見れば、誰に言ったのかはわからないただの独り言のようであったが、張本人の平野はもちろん、その相手がいることを認識していた。
「やはり、あなたは私の気配に簡単に気づいてしまうようですね」
案の定、そこには過去にこの場に平野を更科と久我山越しに呼んだ、あの男がいた。
「なぜここに来られたのですか?」
「少し警告しようと思って。最近はあまり派手な動きはしていないようだけど、そのうちまたこっちに攻撃を仕掛けてくるつもりだよね?それをやめて欲しいの」
「それは難しいですね。このまま手を引いたら、私の願いが叶わないばかりか、ハルミルヘルト派の思い通りになってしまいますからね。それだけは避けたいのです」
平野は男の方に向き直って、口角を上げた。それに呼応するように男も口の端を釣り上げた。
「ここで殺したら、この先少しは楽になるのかな」
「それはお互いにそうでしょう。ですが、あまりおすすめはできませんね。あなたが死ぬと、大分痛手になるのでは?」
「勝つ気満々か。いいね、その心意気は好きだよ。じゃあ、一分だけ戦ってみようか」
「いいでしょう。ですが、私もまだやりたいことがたくさんあり、負傷でもしたら面倒なので、一分になったらどんな状況でもそこで終わりです。それ以降の攻撃はしない、と約束してくれますか?」
「わかった。約束する」
平野は地面から片手剣を取り出して、力感のない構えを見せる。
一方の男は、いつの間にか手にしていたナイフで自身の手を切った後に、そこから滴り出た赤い血を飲む。
「それは血技なの?それともただ単に自分の血の味が好きなだけ?」
「ご想像にお任せします」
平野は風のように素早い動きで、男に斬りかかった。その剣は見事に男の体を斬りつけたはずだった。しかし、実際にはまるで幽体のようにその剣は体を貫通した。
「へぇー、なに、これ?ダミーみたいなもの?」
「ご想像にお任せします」
その後も何度も剣は男の体を貫通した。そして、不意に背後からの殺気を感じて、平野は剣で身を守りつつ、振り返る。すると、激しい金属音が鳴り響いた。
「こっちが本体?」
「さて、どうでしょう?」
先程までの展開とは一転、平野は男の攻撃をいなすだけとなった。反撃の隙を与えないくらいに、男のナイフとそのときの体の使い方は熟練されていた。
しかし、平野は負傷上等で無理矢理にでも剣を振るった。男のナイフが平野の顔を掠ると同時に、その首に剣が襲いかかった。だが、無情にもそれは空を切り、血が飛ぶことも、男がそれを避けることもしなかった。
「そろそろ一分です。終わりにしましょう」
平野は背後から聞こえたその言葉に従って、剣をしまった。その目には普通の人ならば足がすくんでしまうほどの敵意、そして殺意がこもっていた。顔から垂れた赤い血を親指で、傷口をなぞるように拭った。そこには平野の美しい造形も相まって、映画のワンシーンのような美しさと恐ろしさが共存している。
しかし、それを向けられた男は依然として涼しい顔をしている。
「どうでしたか?少しは楽しめたでしょうか?」
「そうだね。楽しかったよ。でも、それ以上に、すごく、ムカつく」
男はしたり顔で笑った。そこには、人間らしさが存分に滲み出でていた。
「では、そろそろ私はお暇させていただきます」
「ちょっと待って」
平野の呼び止めに、男は足を止めた。
「最後に質問させて」
「なんでしょうか?」
「コレティスを生み出すことのできる鈴って知ってる?」
「いえ、初耳です。そんなものがあるのですか。怖いものですね」
その言葉と、男の仕草からはそれが真実か嘘かを読み取ることは難しかった。
「他にも、何かありますか?」
「いや、もうないよ」
男は満足したように、「では、失礼します」と言って、その場を後にした。
平野は誰にも聞こえない小さな声で、「絶対に殺す」と呟いた。その声は真っ暗な夜へと吸い込まれていった。




