第三十七話
相も変わらず、自分の役割を忘れてしまいそうになるほど平和な町だ。コレティスが見えない人たちの一番の脅威は、何なのだろう。不審者か、車か、はたまた寒さか。いずれにしても、自分に危険が及ぶことはないと思っている人がほとんどであろう。
また前のように知り合いにあったらどうしようか。変に落ち込むことはできれば避けたい。
「いや、なんでお前がいるんだよ」
久我山が迷惑そうにそう言った。
「だって、初めてこんなことするからいきなり一人で行動するのは危ないじゃん?それに、一人だとつまんないし」
「つまらないって、お前……。一応仕事だぞ」
「平野さんだって、二人で行動することは大丈夫って言ってただろ?セーフセーフ」
俺は大袈裟に野球の審判みたいに両手を水平方向に動かす。
久我山は背中に弓を背負っているが、他の人からはどう見えているのだろうか。弓道をやっている人とでも認識されているのだろうか。周りの人からは特に危険人物のようには思われていないのがその証拠か。というか、そもそも人が通らないからそのデータも不十分なのだが。
「なあ、久我山。コレティス見つけたらその場で戦うの?危なくね?」
「そればかりはどうしようもない。ただ、コレティスは基本的に静かな場所を好む傾向がある。それに、見えていない人には無害だ。ときどき人を襲う奴もいるが、そうなったら周りの人は逃げるだろうから被害は少なく済む。だが、半人間はその点においては面倒だ。誰からも視認されているし、見た目も普通の人間と大差ないものがほとんどだ。そいつが街中に紛れていて、俺らが討伐しようとしたら間違いなく騒ぎにはなる」
なかなか面倒な話だ。普通の人からは見えないというところが、この話を厄介極まりないものに仕立て上げている。でも、あんな化け物が見えていたら、外に出る人だって減ることになってしまうだろから、一長一短なのかもしれない。
「噂をすればなんとやらってやつだ。いたぞ、コレティス」
久我山の言葉に気を引き締める。
前方には肌が青色のコレティスがいた。まだこちらの存在には気づいていないようで、背を向けたままのため特徴はあまり掴めない。
久我山が先手必勝と言わんばかりに、弓を構えた。
「ちょっと待て、久我山」
俺は何か違和感を覚えて、引き留めた。
「なんだ。絶好のチャンスなのに」
あのコレティスは一体、何をしていてるのだ……?
今までであったら、こちらのさっきでも感じているのか、弓を構えようものならすぐにこちらに気がついて、襲ってくるなり、逃げるなりしてきたはずだ。
しかし、そんな気配は一向にない。ずっと、屈んで何かをしている。
こちらの存在を悟らないくらいに何に熱中しているのだ?
冷たい風が吹いた。そのせいだろうか、背筋に冷たいものが走った。
「もう、いいな。射るぞ」
久我山がそう言って、痺れを切らした瞬間であった。突然、コレティスが自分の体の一部を切り落とした。
久我山は呆気に取られたように、弓を構えたまま固まった。俺も、何が起きているのかわからずに、言葉を発することができなかった。
地面に青い血が広がる。
この自傷行為になんの意味があるのかを探ろうとしたところ、それが致命傷だったのか、コレティスはその体が徐々に灰に変わっていった。
「な……にが……」
ようやく声が出せたときには、その全ての行動の意味が理解できた。
コレティスの全身は灰になった。そうして、コレティスのせいで見えていなかった場所に一人の男性が倒れていた。
それは見るからに人間で、コレティスに襲われたのか左腕がなくもうすでに生き絶えていた…………はずだった。
そのはずなのに、まるで急に息を吹き返したかのようにゆっくりと起き上がった。
そのあり得ない光景に俺は唖然とするだけであった。その一方で久我山は、焦った様子で矢を放った。だが、冷静な心の状態で行射できなかったせいであろう。その矢は目的の男性からは大きく外れて、地面に刺さった。
「あれは……半人間だ……!」
久我山が、我を取り戻したように声を荒らげた。その声で俺もようやく目の前の現実を受け入れ始めることができた。
「おい、ボケッとするな!来るぞ!」
その言葉通りに、半人間は片腕を失ったままこちらに向かって走ってきた。見た目が普通の男性なだけに、なかなかショッキングな光景だ。
だが、そんなことは気にも留めずに、俺は応戦する。
「痺電矢」
頭の横を矢が通過していった。それが見事に半人間の残った腕に刺さり、麻痺する。以前よりもその威力は上がっているようで、大きく体が揺れていた。
俺はその隙に周し蹴りをする。半人間はガードレールに打ち付けられて、ぐったりとする。
もう躊躇ったりはしない……!
俺は容赦なく、顔面を殴って、そのまま半人間は黒い塵芥と化した。
背中越しに久我山の足音が聞こえる。
「久我山……。これってさ……」
「ああ、俺らは半人間が生まれる瞬間に立ち会った」
やっぱりか……。
「どうやったか覚えているか?」
俺の角度からはよく見えなかった。俺にはコレティスが急に自分の体を傷つけて、そして灰になったかと思えば半人間が現れたという、にわかには信じ難い出来事しか目に映らなかった。
「あの自傷行為の後、血が出ている箇所に左手を当てて、そのまま前方に運んでいた。俺からは男の人は見えなかったが、おそらく最初からいたんだろう。つまり、俺らが現れる前に何をしていたかはわからないが、半人間になるにはコレティス自らの血をコレティスによって襲われた人に与える。そんな可能性が出てきた」
俺は戦慄した。わかっていたことではないか。コレティスと人間の融合が半人間であると。だから、当然に人間に何かしらの細工を施していることなど簡単に想像できる。なのに、なぜここまで畏怖しているのだろう。コレティスは人間ではないのだから、非人道的な行為に及ぶことなど、小さな子供だって理解できるはずなのに。
「取り敢えず、平野さんに今あったことを伝える。恐らくだが、この光景を見たのは俺らが初めてだ。CAUに戻ったらまた詳しく話を聞かれるかもしれないから、覚悟しておけ」
俺は首を縦に振って、久我山はそれを見た後に平野さんは電話した。




