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第三十六話

 朝、いつも通り久我山に叩き起こされて、寝ぼけ眼のままに朝食を取る。そして、そのまま身支度を整える。

 最後に制服に袖を通して、寮を出る。通常は制服はもう着なくても良いのだが、なぜだか周りの人は富良野さんと平野さん以外はみんな着用したままなので、俺もそれに倣っている。実のところはこれ以外に適した服装が思いつかないので、結構助かっているところもある。みんなも同じ気持ちなのかもしれない。

あったのかすらわからない秋を経て、すっかり肌寒い季節になった。近頃は俺と花道、そしてグッドウィンが遭遇した会話が成立するほどの知性を有したコレティスは発見されていない。

あいつらは何者なのか。なぜ俺に手を出すことを禁止されているのか。本当にあいつらの目的は平野さんの抹殺なのか。あの鈴のことを知っているのか。鳴らした者とは協力関係にあるのか。

様々な疑問があるが、そのどれもが解決の糸口すら掴めずに、宙に舞っているだけだ。

仙台には、恐らく関東や関西の人が想像するよりも雪はずっと少ない。もちろん降るには降るが、足が埋まるほどの積雪になることなど滅多にない。

それは今日も例外ではなく、昨日は雪が降ったにもかかわらず、そのほとんどは溶けている。日当たりの悪い場所にはまだ積もっているが、それももうじき溶けるだろう。

 いつもの集合場所に行くと、そこには久しぶりに平野さんがいた。久我山たちが新たな武器をもらったり、全員にSSBが配布されたりした、あの日以来であった。

 そしてさらに、見慣れない顔の人が数人いた。既に到着していた皆端さんたちも親しげにしているどころか、怪しむような顔をしていることから俺だけが知らないわけではないことが窺えた。花道たちならまだしも、皆端さんも更科さんも見知っていないとなると、疑いの念が強まるのも必至であると言える。

「懐かしいね、この光景。まぁ、過去を懐かしむのはこの辺にして、今日はみんなに紹介する人がいるの」

 平野さんが隣にいる二人に目配せすると、一番近くにいた男が前に出た。

「火野だ。コレティスの急増の可能性による増援申請を受けて、東京本部から派遣された。そちらの人員が足りなくなった際、またはそれに準ずる緊急事態の際に限定して、任務を受ける」

 抑揚も感情もない、決められたセリフをただ喋るだけのロボットのような平坦な声で、そう述べた後、また元の位置に戻った。その時に、皆端さんと更科さんをちらっと見た気がしたのは気のせいであろうか。

 その後、もう一人の女が同じように前に出た。

「元永美里です。わたしも火野さんと同じで本部から来ました。わたしも先ほど火野さんがおっしゃったように、特定の状況のみ任務に赴きます」

 この人を見ると、平野さんも俺が半人間だと知った上で受け入れてくれた花道は温かみのある人間だったのだと、改めて思う。冷徹具合が伝わってくる鋭い目つきと、何があっても動きそうにない、凝り固まっていそうな表情筋に、俺は良い印象を抱かなかった。

 二人の自己紹介が終わるや否や、火野と元永が俺の方の方を見た。その目には強い警戒が滲み出ていて、俺がCAUに加入したての日を思い出した。

「お前が高平蒼真か?」

「ああ、そうだ」

 隠す気のない剥き出しの敵意に俺はため息を吐きそうになった。

 別に俺を敵と思っていようが、味方だと思っていようがどっちでも構わないが、せめてそれを悟らせないようにはしてほしい。こちらとしても無理に仲良くなる必要も、信頼してもらう気もあまりないのだが、常に俺の一挙手一投足に警戒されると、こちらとしても精神的に疲労してしまいかねない。

「平野さん、本当に大丈夫なのですか?半人間なんて腹の底では何を考えているかわからないんですよ?」

「大丈夫だよ。蒼真くんがここに来てからの損害は一切ない。それどころかたくさん貢献してくれているよ」

 やっぱり平野さんはあったけー。この人が上司で良かった。

「でも、ここまで知性がある半人間は今までに例がありません。前例がないからこそ気を抜かずに───────」

「もういいだろ」  

 永遠に終わらなさそうなこの会話を遮ったのは、意外にも久我山だった。そんな久我山を東京組は睨みつけた。

 久我山はそれに臆することなく、あくまで冷静だった。

「ここは東京本部じゃなくて、仙台支部だ。増援に応えてくれたのはありがたいが、お前たちは招かれた側であることは変わりない。だから、あれこれ文句を言う権利はない。こっちのやり方に従え」

 有無を言わせぬ物言いに、火野たちは心底気を悪くしたようで、一発触発の雰囲気が漂い始めた。

 そんな張り詰めた空間を一発の乾いた音が切り裂いた。

「血気盛んなのはいいことだけど、味方同士では争わないでね。でも、亮くんの言うように、ここは仙台だから、私たちが作り出したこの空気感に従うまではしなくても、理解はしてほしいの。それに、火野くんも元永ちゃんもずっと蒼真くんに気を取られるのは疲れるでしょ?だから、もう少し気楽にいていいよ。本部ではこんな緩い感じは味わえないと思うから、束の間の休息ってことでさ、ね?」

 平野さんの大人の対応に、二人は渋々ながら頷いた。上の立場の人間には反抗しないあたり、本部では相当堅苦しくて、面倒な上下関係が構築されていることは想像に難くなかった。

 良かった、仙台に住んでいて……。

「ありがとう、二人とも。それでね、せっかく来てくれたところ悪いんだけど、前に話した鈴によってコレティスが増えることも、会話が成立する程の知性が高いコレティスも最近はまったくその気配がないの。つまりね、二人は案外暇を持て余すことになるかもしれないの」

「構いません。人々に危険がないことが、一番良いですから」

 そう言い残して、平野さんに確認を取った後に、火野と元永はこの場を去っていった。

その場に残された俺たちの間に流れている空気は、ひりついたものであった。

 ただ、その原因の一端となった当の本人の俺は、そこまで彼らに憤りも嫌悪も感じてはいなかった。

 半人間の俺に対して、猜疑心を持つことは当たり前である。逆にそのまま簡単に受け入れられたとしたら、そっちの方が何か裏があるのかもしれないと勘ぐってしまう。久我山たちと違って、彼らの前では俺は潔白であることを示したことはない。だから、みんなの気持ちはうれしいが、これは仕方がないことなのである。

「みんなそんなカリカリするなって。俺は別に何とも思ってないからさ」

 この雰囲気を変えようと明るい声で言った。すると、久我山は呆れたような顔で、こっちを見てきた。

「勘違いしているようだが、別にお前を疑っていたことに憤慨しているわけではない。俺たちは、本部所属であることを鼻にかけて横柄な態度を取っていたことにイラついているだけだ」

 え、あー、なるほどねー。そっちでしたかー。

 それが合っているのか、周りを見渡して確認してみると、みんな気まずそうに小さく頷いている。

 うわー、恥ずかしいな。

「お前が信頼されていないことなんて、わかっていたことだ。何より俺らだって最初はそうだったんだから」

 顔が熱くなっているのには気づかない振りをして、おれは気になったことを訪ねてそれを紛らわすことにした。

「それよりさ、本部の人たちってそんなに偉いのか?そりゃあ、本当のトップオブトップの人たちは偉いだろうけど、あの二人まで偉いのか?」

 俺の問いには、久我山の代わりに更科さんが答えた。

「まー、そうだねー。基本的に本部の所属になるのは、加入試験でよっぽど秀でた成績を残すか、支部での活躍で引き抜かれるかのどっちかしかないからね。あの火野っていういけ好かない男は、私と皆端の同期だったのよ。何かとマウントを取ってくる鬱陶しい奴だったんだけど、実力は確かでねー、本部に引き抜かれたの。元永っていう女の子の方は普通に試験で頑張ったんだろうね」

 これで合点がいった。だから、火野がちょくちょく先輩二人に意味ありげな視線を送っていたのか。

「ちなみに、平野さんも一回、本部に行ったことのある人だよ」

「え!?そうなんすか!?」

 これは俺だけじゃなくて、先輩たち以外はみんな驚いていた。

 平野さんは、少しだけ恥ずかしそうな、バツの悪そうな顔をした。

「隠していたわけではないよ。ただ、やっぱりみんな本部の人にはあまりいい印象を抱いていないから、言わない方がいいと思ったの」

 その判断は賢明であったのだと、今あったことを踏まえて思った。

「平野さんはもともとここの所属だったんすよね?なんで戻ってこようと思ったんすか?」

「あっちは堅苦しくて嫌だったの。それに、曖昧な実力至上主義だったから先輩だけど、私よりは地位が下の人っていうに接するのが難しくて。だから、こっちに戻りたいってお願いして、亮くんたちが入ってくるタイミングで私も支部長として異動になったの」

 ということは、平野さんは大分スピード出世だったのだろう。それを全く誇らしげに感じていないところを見ると、本当に堅苦しいのは苦手なのだろう。実際に結構緩いしな。

「私の過去の話はもういいよ。それよりも、今日からみんなは街中でパトロール的なことをやってもらいたいの」

「パトロール?」

 全員の疑問を代表して、久我山がオウム返しをした。

「そう、パトロール。今までは、実は私と古谷さんでやっていたんだけど、もうみんな一人で戦えるくらいに強くなったから、それを任せたいの。やっぱり、ここからわざわざ出発するよりも、一番近い人が戦う方が合理的だからね。それに人数の多いから、より発見しやすくなるっていう利点もある」

 俺は疑問に思ったことがあって、手を挙げる。平野さんが話の途中で質問されるのを唐突に思い出したための配慮だった。

「はい、蒼真くん」

「パトロール中にまったくコレティスに遭遇しなかったら、ずっと暇ってことすか?」

「そうだね、基本的にはそうなるよ。でも、サボっているのはSSBに搭載されたGPSでバレちゃうからね。少しはいいけど、何十分もゆっくりしていたら、それ相応の罰を受けてもらうことにはなる」

 今までよりも格段に自由度が高くなっている。それはつまり、俺らに対する信頼の裏返しでもある。

「それと、もしなにかあったら、今まで通り躊躇せずにSSBを押して。一番近くの人が駆けつけるから。もし、不安だったら二人で一緒に行動してもいいからね。市民の命が一番なのは変わりないけど、それと同じくらいに自分の命も大切に」

 平野さんは念を押すように、俺のことを見つめてきた。確かに俺は,怪我はほっとけば治るから一番無茶をする可能性が高いが、俺だって勝てない勝負に一人で挑むほど馬鹿ではない。そこらへんはちゃんとわきまえている。

「本部の子たちが助けてくれることもあるだろうから、そのときはしっかりと協力してね。命がかかわってくる場面で喧嘩は絶対にダメね」

 今度は全員に言うように、みんな顔を見回した。そして、満足そうにうなずいた。

「よし、それじゃあ、よろしくね」

 その言葉を合図に、俺らは初のパトロールへと赴いた。


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