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第三十五話

 目を覚ますと、無機質な天井が視界に入った。

 体を起こすと、頭に鈍い痛みが広がる。全身が怠くて、何もする気が起きない。

「お、起きたか」

 そこには富良野さんがいた。そうか、あたしはシラを使い果たして倒れたのか。

 体に鞭を打って、ベッドから出ようとすると富良野さんに手で制された。

「今は寝てろ。ここには君の命を狙うような輩はいない。存分に体を休めろ」

 その言葉に甘えて、再びベッドに横になる。額にあったはずの傷はすっかり無くなっており、そこから感じる痛みはない。ただ頭の中がズキズキと痛むだけだ。

「あたし、勝てなかったんですよね?」

 そう言葉がついて出た。

 意識を一瞬だけ取り戻したときの光景を、うっすらと覚えている。ぼやけた視界の中に高平くんと、あたしが全身全霊をかけて倒したと思っていた二つ頭の男が戦っていた。

 あたしはあの男の命を刈り取るまでには至らなかったのだ。

「そうだな。高平蒼真が、君が精魂尽き果てて意識を失った後に駆けつけて、そのまま相手が撤退するまで君を守りながら戦っていたと聞いている」

 やっぱりそうか。あたしはやり切ることができなかったのか。また助けてもらったのか。自分では何も成し遂げられないくせに。誰も助けられないくせに。

「だが、君も相当敵を追い詰めたそうだな。高平蒼真が感心したように語っていたようだ」

「そうだとしても、結局助けられたなら世話ないですよ」

 自嘲気味にそう返した。そんなあたしに富良野さんは呆れたようにため息をついた。

「まるで君は助けられることが悪だとでも言うような口ぶりだな」

「実際にそうじゃないですか。助けられるということは自分が実力不足ってことだし、助けられている最中は足枷にしかならない」

 独りごちるように小さな声で、五十嵐美咲に助けてもらった時、高平蒼真に助けてもらった時の自分の姿を思い出しながら呟いた。

 富良野さんは頭を乱暴に掻いて、荒々しく近くの椅子に座った。

「私も今みたいに負傷した人の治療をする前までは、君みたいにコレティスを目の前にして戦っていた。いや、戦ってはいなかったか」

 今度は富良野さんが自嘲気味に笑った。だけど、そこには過去の自分を恥じるような雰囲気は感じ取れなかった。

「私は戦闘がさっぱりでな。何度、翼や高橋の手を煩わせて、足を引っ張り、助けてもらったかわからない」

 高橋?昔の同僚であろうか?そう疑問に思ったが、話の腰を折るわけにもいかないため、黙っていた。

「ときには、翼に身を挺して守ってもらったことだってあった。血を流す翼を見て私は、本気でここをやめようと思ったよ。私のせいで、誰かが死ぬことは耐えられないからだ。でも、翼は自分が怪我したことなんてまったく気にした様子もなく、無傷の私に向かって笑顔を浮かべながら、優しい声で言った」

 —————絵里はきっと私よりももっと多くの人を助けることができる。だから、死ななくて良かった。

「私の頭をなでる翼に私は思わず笑ってしまったよ。圧倒的な力で多くのコレティスを屠ってきた翼よりも私の方がたくさんの人を救えるわけがない。そう思いながら、翼に手当をしたら、屈託のない笑顔で、ありがとうって感謝を伝えてきた。私のせいで負った傷なのに、だ。そして、一段落した後にその言葉の意味を訊いたら」

—————人には人それぞれの助け方っていうのがあるんだよ。絵里は、コレティスを倒して人を助けるよりも、怪我をした人を治療することで助けられる。それは私にはできない、絵里だけができる助け方。少なくとも、私はあの時、絵里に包帯を巻いてもらって、本当に嬉しかったよ。

「そんな主人公みたいなことを言いやがった。まあ、つまりだ、君は君だけの助け方っているのがある。高平蒼真に助けられた君にしかできない恩返しだ。それをすればいい。思いつかないなら、思いつくまで考えればいい。その間にまた助けられたら、その分も返せばいい。そうしたら、あっちがまたお返しにと助けてくれる。そうやって、助け合っていけ。それが人間っていうものだ」

 あたしにしかできない助け方……。それは一体どんなものであろうか。今は思いつきそうにない。

「もともと人を助けるような善人っていうのは、見返りなんて端から求めちゃいないのさ。高平蒼真だってそうだ。つまり、どんな些細なお返しでも喜んでくれる。だから、そう気負うな。気楽に考えろ。相手を喜ばせることができたっていう事実は、消えることなく残り続けるから」

「花道―、起きたかー?」

 噂をすればなんとやら、話の渦中にいた人物が現れた。富良野さんは、あたしに小さく笑いかけて何か仕事があるのか背を向けて、机の上に置いてあった書類に目を通し始めた。

「おー花道。おはよう。調子はどうだ?」

「おはよう。まだちょっと体が怠いかな。でも、ただのシラ不足だからゆっくりしておけば治るよ」

「おお、そっか。それは良かった。それよりもさ、あの頭が二つある男の胸と首が綺麗になくなってたんだけど、どうやったんだ?」

 ああ、そうか。あたしも血技が使えたんだった。それすらもすっかり忘れていた。

「それはもう、あたしの血技よ。薙刀で斬った二か所を直径に円を描いた後に、それが切り抜かれるってやつね。胸と首を斬ったから、そうなったの。でも、血技して気を失ったけどね」

 軽く説明したところで、高平くんが目を輝かせた。

「花道も血技使えたのか!俺もできたんだよ!その男相手に!」

 嬉々としてそう話す高平くんは、まるで子供のようだ、と思ったがそもそも高平くんはまだ十七歳であった。改めて、まだ少年でなのにその歳でコレティスや半人間と戦っていのかと、驚きを感じた。

「そうだ!高平くん!傷は!?」 

 いきなり声を大きくしたあたしに、高平くんは戸惑ったように左腕を見せてきた。

「もう完治したぞ」

「あー、そっか。もう治っちゃったかぁ」

「え?なんで残念そうなの?」

 高平くんは、ますます混乱したような顔になる。

 まだ治っていなかったらあたしが包帯でも巻こうと思ったのに。これだから半人間は。こういうときだけは傷が治らないようになっていてうほしかった。なんていうのは自分勝手か。

 あたしのやりたいことを察したのか、静かに富良野さんがこちらをチラ見した。その目は何か言いたげだった。

 あー、私の真似事をするなって言いたいんですね。自分で考えろって言いたいんですね。

 どうしたものか。些細なものでもいいとは言われたけれど、こちらは命を救ってもらったのだ。

 んー。ポーカーの相手でもしようか。いや、それはあたしがやりたいだけだな。

「何か考え事か?」

 そう言う高平くんの顔は、富良野さんの言う通りまったく見返りなんて求めているようではない。当時の富良野さんにも、平野さんがこんな感じで見えていたのだろう。

「そうだ、高平くん。富良野さんの下の名前って知ってる?」

 急に話題に出されたことで、驚いたように富良野さんが勢いよくこちらに振り返った。

「いや、そういえば知らない。誰も呼んでないから」

「あたしもさっき初めて知ったんだけどさ、絵里っていうんだって」

「へー。絵里さんっていうんすか?」

「そうだが、あまり私の名前で盛り上がるな。むず痒くなる」

 気まずそうな顔をする富良野さんに、あたしと高平くんは同時に笑いだした。

 まだ、高平くんへの恩返しは済んでいない。だけど、この笑顔を引き出せたということで、今日は満足しておこう。


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