第三十三話
結構長いです
「花道!」
高平が花道のSOSに駆け付けた時、すでにそこは戦いの後だった。青色の血を地面に広げている体の一部がなくなっている男と、その近くで頭から血を流している花道が倒れていた。
コレティスのはずじゃなかったのか?なんで半人間がいる?いや、血の色は青い。半人間じゃなくて、コレティスなのか……?
そんなことを考えている暇はないと、頭を左右に振ってその疑問をかき消す。
「花道!おい!しっかりしろ!」
体をゆすっても返事がない。額からは血が流れており、ぐったりとしている。ただ、息はある。まだ生きている。
俺は花道を抱えて、救護車に向かう。
恐らく、筋肉を消費しながらシラを生成したのだ。その証拠に朝見た時よりも明らかにやせ細っている。
目が覚めたら、労ってやらねーとな。
この小さい体で本当によく頑張ったものだ。精魂尽き果てるまで戦ったその勇敢さには頭が上がらない。
背中にいる小さな戦士に敬意を払っていたそのとき、何かが引っ掛かった。
なんだ、この違和感は。いったい何がおかしい。
俺は足を止めた。
あの男は恐らくコレティスであった。それは血の色からしても明らかだ。でも、だとしたら、なぜ殺されても灰になって消えないのか。
俺が振り返ると、男がゆっくりと立ち上がっている最中であった。先ほどまではなくなっていた胸が少しずつ回復している。
おい、まじかよ……。まだ死んでなかったのか……。
俺は苦笑いを浮かべながら、静かに花道を地面に置いた。この男は俺と同じで、怪我は時間が経つと治るのだ。だとしたら、今後のためにもここでこいつを灰にさせないといけない。
「いってーなぁー。危うく死ぬところだったぜ」
まだ完全に回復している様子はない。花道の決死の覚悟を無駄にするわけにはいけない。全回復する前に攻撃を仕掛けて、早々に蹴りをつける。
全力で地を蹴って、瞬く間に接近する。男はまだ動けはしないようで反応を見せない。
殺れる……!
そう思った刹那、男はナタの刃をこちらに向けてきた。俺は咄嗟に体を右方向に反時計回りで回転させることでそれを交わして、その勢いのまま男の片方の顔面に裏拳を喰らわせる。
歯が何本か飛んでいき、口から出血をしたが、大したダメージではなかったようであった。
俺は容赦なく、続けて攻撃を仕掛ける。男は一切の抵抗を見せることなくそれを喰らった。まるでサンドバッグと対峙しているような感覚だ。
俺は渾身の一撃を繰り出して、男は後方へ吹っ飛んでいった。
なんだ……?なぜ、反撃してこない……?
そんな疑問など解決するはずもなく、男はゆっくりと立ち上がった。全身から血を流しながら二つの顔で笑っているこの光景に、思わず背筋が凍った。
「まぁ、こんなもんかな」
独り言でそう呟く男に、俺は身構える。
「にーちゃんが高平蒼真だろ?」
「だったらなんだ」
「だったら完全には殺せないんだよ。死なないくらいに殺すか」
男は二つの首をそれぞれ左右に傾けて、音を鳴らす。
「解放」
男がそう言った。しかし、特に何も起きない。
「おい、何をした?」
「それはこっちのセリフだよ。高平のにーちゃんが俺に何をしたか。俺は痛かったぞ、凄く」
言い終わった瞬間、男はナタを投げた。しかし、それはあらぬ方向へ向かっていった。
俺は気を逸らすための作戦だと勘付いて、無視しようとしたところで気がついた。
ナタは花道を狙ったものだ。
サッカーのゴールキーパーのように、横っ飛びをして進行方向に手を伸ばす。それによって軌道が逸れたナタは花道に当たることはなかった。しかし、運の悪いことに歯がちょうど俺の手を抉った。
激しい痛みが走る。苦痛に顔を歪めながら男を睨む。男は薄ら笑いを浮かべていた。
「かっこいーな。身を挺して女を守る。高平のにーちゃんは男として一流だな。だけど……」
いつの間にか目の前にいた男の殴打をモロに顔面に喰らった。
「戦士としては三流以下だ」
その威力は凄まじかった。顔の骨にはおそらくヒビが入ったであろう。鼻に至っては折れていることがわかるくらいにあらぬ方向に曲がっている。視界はぼやけており、それに加えてぐらついてもいる。脳震盪でも起こしたのかもしれない。
痛い。とてつもないくらいに痛い。だが、それがどうした……!
俺の背後には今、守らなければいけない存在がいる。俺が死んで花道もその後を追う。そんな最悪の展開に比べたら、俺の顔面が原型を留めていないくらい、どうってことはない。
鼻血が垂れてきたために、それを手で拭う。
「いいね、その目つき。最高に男らしい」
「全力で行く」
俺は力強く、踏み出した。
「ちょっと待て」
今日の訓練が終わって寮に戻ろうとしたとき、藤井に呼び止められた。そんなことは今までで初めて出会ったため、最初は俺に向かっての言葉とは思わなかった。
「どうした、藤井?なんか用か?」
「貴様、血技はできるようになったか?」
「あー、前に一回だけなんかすごいのできたことはあったけど、それ以降は一回もできてないな。それにその一回もどうやったかの感覚すらつかめなかった」
藤井の顔は険しくなり、腕を組んでいるその様子は筋肉で覆われたその大きな体があるだけに、貫禄があった。
「貴様は死ぬかシラが尽きるかのどちらかにならない限りは永遠に体が再生し続けるという、大きなアドバンテージがあるのにも関わらず、攻撃で何もできない。宝の持ち腐れ状態だ」
「それは、俺自身が一番そう思ってるよ」
現状では確実に俺は足を引っ張っている側だ。ただでさえ、俺はCAUに加入してから一番日が浅い。貢献度は最下層だろう。
「だから、今日から貴様はオレとただひたすら実践形式の鍛錬だ。そして、オレを一回でも倒してみろ」
そんな風に自信をのぞかせている藤井であったが、実際にその実力は確かなものだ。血技はもう自分の思いのままで、緑を一人で討伐した俺ら同期の中でも唯一の人物だ。同じ自身の肉体で戦う仲間であり、超えなければいけないライバルだ。
それから藤井とは数え切れないほどの回数、拳を交わした。訓練時間が終わっても、俺らは止めることなく、最終的には皆端さんに帰宅命令を出されてようやく帰る。そんな毎日だった。
「踏み込みも甘ければ、体重も乗っていない。貴様の攻撃には重みが感じない」
「重み、かー。体重が足りないのか?」
「そうではない。腕だけで殴ろうとしているからだ。それと、貴様、常に力を入れているだろう?」
「ああ、まあ、そうかもな。要するに肩の力を抜けってことだろ?」
「いや、それだけではない。力を入れる時は、対峙する奴の体に接触する瞬間だけだ。その方がスピードが出て、より威力が増す。やってみろ」
俺は上半身は力を抜いたままに、力強く踏み込んだ。
「烈衝!!!」
そう叫んで会心の一撃を放つ。
「やる気は十分だが、威力が伴っていないな」
呆気なく俺の拳は男の左手によって阻まれた。
余裕をぶっこいている男に、俺は口角を上げる。男は俺を見て、何かを感じ取ったのか、左手を引っ込めて距離を取るために、後ろへ飛んだ。
その途中であった。男の左腕が、まるで火山が噴火したかのように内側から破裂していった。
男は左腕を失って、膝をつく。
俺の『烈衝』は、接触した際に多量の振動をその内部に与えて、内側から爆破させる血技だ。今までは、壁や木にしかできず、藤井相手に一度としてできなかったため、初めて対人戦で成功した。その快感には計り知れないものがあった。
「この野郎……!」
鬼気迫る表情で、俺を睨む男に俺は畳み掛ける。ここを逃したら、こっちのシラが尽きてしまう。ここが正念場だ。
そう思った瞬間に背中に冷気を感じた。俺は無意識に一歩、後退した。その数瞬後、三本のナイフが地面に突き刺さった。いや、地面を削り取った。
何が起こったかわからなかった。
まさか、この男がやったのか?
「何をしている双頭」
低く鋭い女の声だった。その声の主は上から、双頭と呼ばれた男の横に着地した。その姿は声の通りに女性であった。ただ、体のあらゆるところに先ほど俺に向けて投げられたナイフと同じものが、刺さっている。
「刺女か。見てわかるだろ。高平蒼真と戦闘している途中だ」
「戦闘?我には双頭が一方的にやられているようにしか見えないが」
「あぁん?」
いかめしい表情で刺女と呼ばれた女を睨む双頭に、俺は呆然とするだけであった。
ただ、刺女の言う通り、俺は顔面がおかしなことになっているのと、腕がナタで抉られている以外には目立った外傷はないのに対して、双頭には左腕がないというわかりやすく、インパクトがある損傷がある。
「まあ、なんでも良い。それより、高平蒼真にはまだ手を出すなと言われていたはずだ。命令違反をしてタダで済むと思うか?」
「うるせぇ、今いいところなんだ……!邪魔するんじゃねーよ……!」
そう言い終わったときであった。双頭の二個ある頭のうち、刺女に近い方が吹き飛んだ。
「一旦、戻るぞ。これ以上口答えしたら、今度は上半身がなくなる」
よく見ると刺女の左腕に刺さっていたナイフが一つなくなっている。手に持ってもいないため、恐らく至近距離で投擲したのだろう。
双頭はまだ不満気ではあったが、それに従って俺に背を向けてゆっくりと去っていった。
刺女はそれを確認した後に、俺の方にナイフだらけの顔を向けた。
「高平蒼真。そのまま強くなりなさい」
そう言い残して、刺女もその場を後にした。
「終わった……のか……?」
俺は何が起こったのかを飲み込めずに、しばらくその場で固まった。その間にも特に、襲撃が来るわけでもなくただ時間だけが過ぎていった。
ようやく一区切りしたのだと理解して、その場にへたり込んだ。
双頭も刺女も一体何者なのか。鈴を鳴らしたやつと仲間なのか。それとも、別勢力であるのか。なぜ俺に手を出すなという命令が出ているのか。
そんな疑問が頭の中に渦を巻いている。だが、当然に答えが出るはずもなく、花道が後ろにいることを思い出して立ち上がった。
花道を持ち上げた瞬間に、ナタで怪我を負った左手にまた痛みが生じた。少しずつ傷口は塞がってはいるが、まだ完治には程遠い。
いくら小さい花道でも片腕で持ち上げることはできないため、仕方なく電話で伊良波さんを呼んで、到着を待つ。
程なくして伊良波さんが到着して、俺は花道を救護車に運ぶように頼んだ後に、伊良波さんの車に乗り込んだ。
敵の強さを認識した戦いであった。俺らが戦っている相手はしっかりと組織として存在している。それは命令があることも、双頭が刺女に最終的には従ったことからも明らかだ。
相手の目的は平野翼を殺すこと。そのはずなのに、なぜ俺に手を出してはいけないのか。そこがどれだけ考えても納得のいく答えには辿りつかない。
「随分と厳しい戦いだったようですね。いくら治るとは言っても、高平くんも救護車に乗った方がよろしかったのでは?」
運転席に座ってシートベルトを閉めながら、伊良波さんが尋ねてきた。俺は頭を横に振った。
「花道の治療に専念してもらいたかったから大丈夫っすよ」
花道も額から流血しているだけで、大きな外傷はなかったように思えるが、俺と違って治るのには時間がかかる。それだったら俺よりも優先すべきということは、火を見るよりも明らかだ。
「とりあえず、今は何があったかはお聞きしません。しっかりと休んでいてください」
「うっす」
俺はその言葉に従って、目を閉じて体を休め始めた。




