第三十二話
あたしは片膝をついて、荒々しく呼吸を繰り返す。体が鉛みたいに重い。視界が揺らいで、汗が滴り落ちる。
意外と行き当たりばったりでもできるもんだな……。あたしも使えるようになったぞ、血技が!
復讐を果たせたことと、初めてにしてそれがこの討伐を終わらせることとなった血技ができたことに、今まで感じたことのないくらいの達成感を覚える。
あたしはもう汚れることを厭わずに、地面に寝転がって空を見る。
その青空を眺めて、息を整えていた時だった。
「ありゃ、あいついねーじゃん。なんだよ、せっかくこんな田舎まで来たのによ。収穫なしかよ」
知らない男の声がして、なかなか力の入らない上半身を気合いで起こして、その声の主を視界に収める。そこには半人間ともコレティスともとれる、詳しく言うと、体は人間と変わらないながらも同じ顔が二つある奇妙な男がナタを持って佇んでいた。
半人間はほとんど普通の人間とは区別がつかない。しかし、ここまでしっかりと言葉を発しているコレティスは見たことがない。こいつはどっちだ?
「そこのねーちゃん、ここら辺で誰か見なかったか?」
二つの顔があるというのに、同じ声で二つの唇から出されるその声は二重に聞こえた。
こっちはもうヘロヘロだっていうのに、こいつとも戦わなければいけないのかよ……。
「あれ?ねーちゃん聞こえてるよな?」
「聞こえてるよ!」
あたしは残った僅かながらの力を振り絞って、立ち上がる。あたしは渡されたばかりのSSBのボタンを二回押す。あとは誰かが来るまで時間を稼ぐしかない。
「誰もいない。あたし以外は」
こいつに敵意があるのか、それすらも感じ取れない。
「そうか。それは残念だな。ここに来ると思ったんだが」
「いくら待っても平野さんはここには来ねーよ」
まだこいつがその鈴を鳴らしたやつの仲間もしくは本人なのかはわからなかったからカマをかけてみた。
そうすると、わかりやすく驚いた顔になった。
「ねーちゃん、CAUのやつだったのか」
こいつはそれすらも気づいてなかったのかよ……。くそ、しくじった。それがわかっていたら、無関係のフリを装って逃げられたのに。
「それに平野?おれが探しているのは……。おっとあぶねえ。これは言っちゃいけない決まりだったな」
両手で両方の口を押さえるその姿は、気味が悪かった。それにしても平野さんが狙いじゃないだと?確かに久我山はそう言っていたはずだ。
なんだ。何かがおかしい、
「ま、取り敢えずCAUのやつなのだとしたら殺すしかないな。消耗しているとこ悪いが、ねーちゃん。俺と戦ってくれよ」
「こっちはうら若き乙女だぞ。ナタなんて物騒なもの使うのは、どうなのよ」
戦う必要はない。ただ時間を稼ぐだけでいい。幸運にも、会話には応じてくれる。このまま会話を絶やすな。
「そうは言っても、ねーちゃんも薙刀持ってるじゃん。刃には刃をってやつさ」
「それはやったこと以上の罰は課さないっていう寛容な心を持っているという考えもあるって聞いたことがあるんだけど、そっちもその考えに則って、ヘロヘロのあたしと同等の力加減で戦ってくれない?」
「まあ、多少は手を抜いてやってもいいぞ。最後は殺すけどな」
その言葉通りにゆっくりとこちらに向かって歩いてくる男にあたしは震える手で薙刀を構える。シラはもうとっくに底をついている。あとは身を削るしかない。
振り下ろされた一撃を薙刀で受け止める。
重い……!
振動が全身に伝わって痺れる。薙刀を手放しそうになるのをすんでのところで食い止める。
そこからも連撃を防御することに徹した。というか、それしかできない。反撃する余裕を持ち合わせてはいない。
一瞬たりとも気を抜いたら、ナタがあたしの体に傷を負わせ、そのまま絶命してしまう。
ナタには片側にしか刃がない。だから、男の肩を見て攻撃方向を見極めることはできる。死にたくなければ、集中しろ。
「ぐっ………!」
気づけば地面に突っ伏していた。お腹に鈍い痛みが広がる。蹴られた、とやっと理解する。
「ねーちゃんはあれだな、戦い慣れてないな。視界が狭すぎし、なにより弱い。俺は痛いのは嫌だが、ここまで戦い甲斐がないと退屈だな」
余裕綽々といった様子で、ナタを肩に当てながら近づいてくる。体を動かそうにも、それができない。体が言うことを聞かない。
「ねーちゃんはCAUにいるべきじゃなかった。そこら辺の一般人と同じように真っ当な社会人として、社会に貢献すべきだったな」
CAUにいるべきじゃなかった、だと?ふざけるな……!
「お前に、あたしの何がわかるんだ……!あたしのことを何も知らないくせに、知ったような口を利くな……!」
お前にあたしがどれほどコレティスを恨んでいるかがわかるものか……!どんな決意で、どんな覚悟でここに加入したと思っている……!
「あー悪かったな。それはそうだな。でもよ、今は後悔しているんじゃないか?ここに来なかったら死ぬこともなかったんだしな」
後悔だと?そんなものしているわけがない。私が後悔するのだとしたら、今ここでお前を殺せなかったときだけだ……!
あたしは素早く立ち上がって、心臓の少し下と二つあるうちの一つの喉元を引き裂いた。
「がっ………!!」
油断していた男は驚いたようにのけ反った後に、反撃を試みて体勢を整える。だが、もうあたしの勝ちだ!
「円ッ斬!!」
円状に青色の血飛沫が舞う。胸と首の半分を失った男は白目をむいて倒れた。
それを見届けた後に、あたしはピンっと張っていた糸が切れたように、その場で意識を失った。




