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第三十一話

 五十嵐美咲を殺したコレティスが見つかることはかなり低い確率だとわかっている。だからこそ、あたしはどこかでまだ本気になれていない。自分の目標はまだ遠い、だからまだ大丈夫。そんな甘えが心の中で生じており、それに気付きながらも正そうとしない自分を、あたしは結構気に入っている。

 人間、自分を嫌いになり出したら終わりだと思う。自分のことは自分が一番理解しているのに、そんな自分にさえも嫌悪を抱くようではもう希望は訪れないだろう。

 車が目的地に到着したようで、ゆっくりと停止する。伊良波さんにお礼を告げて、車から降りる時に薙刀を手にする。いつもよりも重く感じたのはきっと気のせいだ。

 どうやって見つけ出したのか疑問に思うほど、そこはのどかな田舎町の街灯すらない場所だった。交通規制なんて敷かなくても誰もこんなところには近づかないのではないだろうか。

 警戒しながらも一向にコレティスが見つからないため、思わず気を緩めてしまった。そして、そういう時にこそ危険は訪れるものだ。

 コレティスが現れた。それはいい。あたしはこいつを倒しにきたのだから。問題はその見た目であった。

 何も変わっていなかった。あの時と一切。あの五十嵐美咲を殺した時と全く一緒であった。

 この時を待ち侘びていたはずなのに、あたしを支配したのは高揚でも喜びでも怒りでもない。恐怖だった。あの時の光景は何度も夢に出てきたはずなのに、あまりにもリアリティが異なった。

 因縁の相手を前にあたしは震える足で立っているので精一杯だった。仇を取るなんて意気込みは萎れてしまって、逃げ出したいという気持ちに駆られる。

 あたしにはこいつが黄に見えなかった。あたしには紫にも黒にも思えた。

 心の持ちようでここまで変わってしまうなんて、相変わらずあたしは弱いままだったのか。強くなったのは身体的なもので、内面的なものはいじめられていたあの頃から何も変わっていなかったじゃないか。

 自嘲的な笑いが漏れると同時にコレティスの腕が伸びてきた。あたしは怖くて尻餅をつき、薙刀を手放す。地面に薙刀が当たった時の間抜けな音が空虚な空に響く。

 死ぬ。何もできず、ただされるがままに殺される。でも、もうそれでもいいのかもしれない。あたしは所詮、この程度の女なのだ。

───────ダッサ。

 彼女の声が鼓膜を揺らした。もうこの世にはいるはずがないのに、それはもう十年も前の声なのに、記憶と一切も違わないその声が耳朶を打った。

 ダサい、か。それで何が悪い。ダサいことの何がいけないのだ。人間は恐怖を前にしたら何もできないことは周知の事実だ。行動ができないのが当たり前。何かアクションを起こせる人が異常なのだ。

 だから、あたしに対するいじめを目の当たりにして、自分も標的にされるなどという不安を一切持たずに頬を叩けた彼女がおかしいのだ。

では、そんな彼女にいじめをしてきた三人はどんな感情を抱いていたのだろうか。頬を叩かれて、やり返しもせずにその場を足早に去って、その後は何もすることができなかった三人は、彼女を恐怖の対象として認識していたはずだ。

 そう、彼女を恐れていたから何もできなかった。今のあたしと一緒ではないか。いや、それどころか復讐を果たすと心に決めておきながら、その敵を目の当たりにしたら腰を抜かして、生きることを諦めたあたしの方が三人よりも惨めで滑稽くではないか。

 心に誓ったのだ。あいつらのようにはならないと。あいつらと同等にはならないと。では、今はどうだ。あいつらよりも下ではないか。

そんなのは、嫌だ。

 絶対に、あたしはあいつらよりも下にはいかない……!

 あたしは再び伸びてきた手を後ろに回転しながら躱して、薙刀を手に取る。大丈夫だ。全く重くない。

あたしはその腕を薙刀で両断する。青い血が地面に散乱する。

「背がデケェだけじゃねーかよ!」

 あたしはすかさず懐に潜り込んで、腹を斬ろうと薙刀を振るう。しかし、腕を一本犠牲にして、それは防がれてしまった。

 こいつ……さっきよりも固い……!

 突きで腹を貫通させようとしたが、それもまた腕でガードされる。刃先は腕を突き抜けることなく、途中で止まった。

 引き抜くのに手こずって、腹に一本しかない足で蹴られる。その威力は想像よりも凄まじく、地面を転がる。その時におでこを電柱にぶつけてしまった。

 いってー…!くそ、電柱もそろそろ地中に埋めろよ……!

 激突したおでこに触れると、手に赤い血がついた。

 いいじゃねーか……!やってやるよ……!あたしのシラが尽きるまで、とことんやすへり合おうじゃねーか……!

 薙刀を握り直す。

 もうシラを使い切る前提で戦わないとダメだ。今のままだと致命傷を与えることはできない。もっとシラをこめろ。

 息を吐く。

 シラの流れを感じ取れ。全てをこの薙刀に。防御には使わなくていい。その分を全て攻撃に使え……!

 あたしは駆け出して、距離を詰める。横薙ぎを頭から生えた残り一本の腕で同じように防御されるが、あたしの多くのシラを注ぎ込んだ攻撃はそれを打ち破った。

 そのまま腹に浅くはない切り傷を刻ませた。間髪入れずに頭へさらに薙を振るう。もう守る手立てはないため、モロに食らったであろうに、固くて致命傷にはならない。

 だが、それで十分だ。

「円斬」

 そう呟いた瞬間に、切り傷を与えた腹と頭の二箇所を直径とした円が体に刻まれる。そして、一拍置いたのち、その円が綺麗にくり抜かれた。

 大量の青い血が地面を彩る。コレティスはそのまま倒れて、灰になって消え去った。


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