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第二十六話

「平野さん、大丈夫ですか!?」

 平野さんの前にコレティスはいなかった。その代わりに所々が引き裂かれたスーツを着た平野さんが、血を流しながらグッタリとしている。

 あの平野さんがここまでやらたのか……

ただ、同時に本来ならば腕の立つ人が十人ほどで挑む黒に、一人立ち向かいあまつさえ討伐してしまった平野さんに言いようのない恐怖を抱いたのもまた事実であった。

 体を揺すると、平野さんはゆっくりと目を開けた。

「あ、亮くん。無事だったんだ」

 力無くそう言う平野さん。その姿は先ほどまでよりも少し痩せていた。

 シラは無限に生成されるわけではない。個人差はあるが、一日で作られる総量は限度がある。ただ、それは身を削らなかった場合のみだ。

 限度を迎えた時に、シラを生み出す方法がある。それは自身の筋肉を消費することである。そうすれば、骨になるまで永遠とシラが湧き出てくるのだ。

 そして、恐らく平野さんはそれを行なった。一人で黒を倒すためには、CAUでも最強格である平野翼が、そうしなければ勝てないほどの相手なのである。

 俺はまだ対峙したことのないその敵に、戦慄した。

「半人間は倒せたみたいだね」

「はい。俺も高平も怪我はないです」

「そう。順調に強くなっているようで何よりだよ」

 俺の目を見てそう言う平野さんは全てを見透かしているようであった。

 救助が来て、平野さんは一人、CAUの車に連れられていった。俺と高平は行きと同じ、坂出さんの運転でCAUへ戻った。

 その間、高平はどこか上の空であった。心ここに在らずというようで、話しかけてもろくな返事が返ってこなかった。これからあの鈴がなった後に何があったのかを訊かなければならないっていうのに、その調子では困る。

 CAUへ到着すると、既に他の三人もコレティスとの戦いは終えていたようだった。グッドウィンが顔に擦り傷があったくらいで、大した外傷はなさそうだった。

「タカヒラさん、どうしたんデスカ?」

「半人間を殺すことを躊躇したんだ。それに少し気を落としているだけだろう」

「そんなことでデスカ?」

 俺は頷いてみせたが、自分でもその仮説があっているかは疑わしく思う。確かにあそこで殺すということを臆したことは事実で、そんな自分に失望してしまうのも無理はないが、それにしては大袈裟すぎる。

 今回はその躊躇で命を落とさなかったのだから、次回からそうしなければいいだけの話。そこにここまで放心した様子を見せるのはいささか怪訝に思わざるを得ない。

 俺はまだ、高平蒼真という存在を理解しきれていないのだ。


 いつの間にか寮の部屋に戻っていて、いつの間にか夜になっていた。ずっとあの男性のことを考えている。あのシーンが何度も頭の中で繰り返されている。

 割れた頭。赤い血。殺してくれと懇願するひしゃがれた声。僅かながらにしていた呼吸の音。

 その全てが鮮明に思い出されて、俺の心が暗澹とする。

 二段ベッドの上の段で目を瞑って、眠りにつこうとする。しかし、瞼の裏にその光景がこびりついていて、何度も目を開けてしまう。

「何があったんだ?」

 下のベッドから、久我山が尋ねてきた。いつも通りの無機質な声。あのとき、もし俺と久我山の立場が逆転していたら、久我山はどうしていただろうか。俺と同じように、罪悪感に苛まれていただろうか。それとも、割り切って気にせずに今まで通りでいられたのだろうか。

「何があった?」

 俺が答えないでいると、少々語気を強めて再びそう訊いてきた。俺は救いを求めるようにポツポツと話した。久我山が俺はどうするべきだったかを教えてくれる、その可能性に縋り付いた。

「そうか」

 長々と語った結果、返ってきたのはそれだけであった。俺は諦めて、目を瞑って何とか眠ろうとした時に、久我山が続けた。

「お前は死ぬべき人っていると思うか?」

 俺は前触れもないそんな質問にすぐには答えなかった。慎重に言葉を選びながら、ゆっくりと言葉を口にする。

「死ぬべき人は……正直言って、いるとは思う。死刑囚とかな」    

「じゃあ、天寿をまっとうすることなく途中で死んでしまう運命の人はいると思うか?」

 俺は少し考えた。運命で死ぬことが決められている、そんな幸薄い人がいるのかどうか。

 久我山は俺の答えを聞く前に、続けた。

「例えば、人に殺されて死ぬ運命だった人。交通事故で死ぬ運命だった人。病気で死ぬ運命だった人。そんな哀れな人たちは残念なことに存在する。どれだけの善人だろうが、どれだけの悪人だろうが、関係なく死んでしまう。そして、死んだ後は死ぬべき人が死んだ時と同等に扱われるんだ。死んだ後は、人柄問わず死んだという結果しか残らないのがこの世界だ」

 俺は言葉を失った。死という残酷なものが、誰彼問わず降りかかってくること世界は、ある意味平等なのだろうか。

「そして、お前が殺した男の人もそういう運命だったんだ。今日、あの場所で死ぬという運命だったんだ」

「それは違うだろ……。俺が助けられていれば、死なずに済んだ」

「そうだ。お前がその運命に介入したから、その可能性が生まれたんだ。もしお前がこの世にいなかったら、CAUに加入しなかったら、その人は半人間に殺される運命だった。それがお前によって、生存という可能性が生じた上で、お前に殺されるという運命に捻じ曲げられたんだ」

 俺は何も言えない。ただ聞くだけだった。紡ごうにもそれはできない。救いの言葉が、俺の鼓膜を振動するのを期待するしかできない。

「つまり、運命なんてものは他人の干渉によって、いとも容易く変えられるものということだ。そして、死ぬ運命だった人のそれらを変えて、できるだけ多くを救うのが俺らCAUの役目だ。お前はその役目を果たせなかった。だが、それは死ぬ運命だった人を救えずに殺したというだけだ。過程は違えど、結果は変わらないんだ。だから、そんなに落ち込む必要はない」

「……そんなこと言ったって、その人の運命を変えられなかったっていう事実は残るだろ……」

「それが何だ。お前が救えなかったのはたった一人だ。このままお前がクヨクヨし続けたら、お前が変えることができたかもしれない運命の数は減ることはあれど増えることはない。それだったら、今回のことを糧として、より多くの人の死ぬ運命を変えて、救え。ひたすらにそれを目指して戦え。それがお前が男の人にできる唯一にして最大の贖罪だ」

 そう……なのか。そう……だな。そうだ。今回のことから何も学ばずに、ただ被害者を増やし続けてしまったら、それこそただの役立たずだ。CAUにいる資格はない。

 俺らは人の生死に直結する役割を任されている。そんな人たちが、こんなところで立ち止まっていいはずがない。そんなことしている暇があるなら、できるだけ多くの運命を変えろ。

 俺は長く息を吐く。心にあった黒くて重たいものを、外に出すように何回も何回も。

「ありがとな、久我山。もう、大丈夫だ」

「そうか」

「ああ。さすが、二十歳のひとは言うこと違うな」

「ガキには少し難しかったかもな。てか、もう寝ろ。俺も寝たいし」

「へーい。じゃ、おやすみ」

「おやすみ」

 ぶっきらぼうに言われたそのおやすみをきっかけとして、俺は眠りについた。


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