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第二十一話

久我山視点

 俺は小さい頃から弓に触れ続けてきた。父親が弓道の指導を行っていたから、まだ弓を持てないような年齢の時でさえ、この目で何度もそれを見てきた。だから、俺がそれを持つようになって、研鑽を積むようになるのは必然だったのだ。

 最初は楽しかった。あの頃は期待なんてものは背負う必要がなくて、ただ無邪気に的に当たれば嬉しく、外れたら悔しいと感じるだけであった。

 しかし、人間というものは同じことを何度もやっていれば上達する生き物だ。次第に俺は同世代の人たちとは一線を画す技術を身につけていった。その結果、父は俺にさらに厳しい指導と、重い期待を与えた。

 父の期待に添えるようにがむしゃらに努力する日々だった。体のどこかが痛もうとも、数えるのも億劫になるくらい何回も、弓を引いた。

中学生のときに、県大会で優勝を果たした。その瞬間は達成感も嬉しさも感じた。父の、歳を重ねるごとに重くなる期待に応えられたどういう証拠ができたことが喜ばしかった。

恐らく、当時の俺は既に弓道を続ける目的が自分のためでなく、父のためになっていたのだろう。しかし、それに気づくことはできなかった。

父に嬉々として結果を報告すると、返ってきた言葉は「良くやった」の一言だけであった。それは感情の一切こもっていない淡白なもので、俺はひどく落胆した。そこで父を見限っていれば、良かったのだろが、俺は県大会優勝だけでは父は満足しないという結論に至ってしまった。

当然に県大会を優勝したため全国大会への切符を手にしていた。大会当日まで、これまで以上に弓道に時間を費やした。全ては父のためだった。

もうその頃には弓道を楽しいと思う気持ちは枯れ果てていた。感情のないロボットのように、ひたすらに的を射った。

全国大会は優勝できなかった。それどころか、初戦で敗退した。これまでの努力が全て否定されたようで、苦しかった。

父はそのことに興味すら示さなかった。怒鳴るわけでも、失望するわけでもなく、無関心だった。そのときが弓道から離れる最大のチャンスであったのだが、俺はそれができなかった。

そこから、俺は自分が大嫌いになった。

 どれだけ嫌になろうと、気づけば弓を持って矢をつがえていた。父の鼻を明かす気はもうなかったのに、何かに取り憑かれたかのように決められた時間に出来るだけ多く行射した。

 高校は何の特徴もない、弓道部のある普通の公立高校に通った。弓道部にはほとんど経験者はいなく、大半が楽だからという理由で入部した初心者だった。数少ない経験者も、全国大会へ出場したことのある人は先輩を含めて誰一人いなかった。

 俺は誰とも関わりを持つことはなかった。一匹狼を気取るつもりはなかったのに、いつの間にかそういう存在として周囲からは煙たがられていた。

 いつも通り、淡々と黙々と高校の弓道場で練習をしていた折、不意に声をかけられた。

「ねぇねぇ、久我山くんって、県大会優勝してた人だよね?」

 集中が何よりも大事な弓道において、構えている相手に話しかけるのは危険なことでもあり、禁忌となっていることであったのに、そんなことはお構いなしだった。

「危ないから下がれ」

 彼女は素直にその言葉に従って、距離を取った。それを確認した俺は、弓を放った。矢は的に当たりさえしなかった。

「ごめん、集中乱しちゃったね」

 悪いと思っていない様子で、謝罪をする彼女を俺は疎ましく感じた。

「何のようだ」

 俺は冷たく言った。それは皮肉にも、あの父親と似たようなものであった。

「教えて欲しいなーと思って。私、上手くなりたいの」

「だったら他の奴に頼め。俺は人に教えた経験がない」

 間髪入れずに、そう答えても彼女は折れる素振りすら見せなかった。

「いいの、いいの。他の人だってそうだから。それに久我山くんより上手い人いないじゃん、ここ」

 それは紛うことなく事実であったため、俺は言葉に詰まった。彼女はニンマリと笑って、俺の横で弓を構え始めた。

「フォームはどう?綺麗?」

 俺はため息を吐いた。だけど、心のどこかでは乗り気になっている自分がいることにも気づいていた。父の血を継いでいるのは確かだった。

「全体的に力が入りすぎだ。それと両肩の高さが揃ってない」

 俺の指摘に何度も微調整を繰り返して、彼女は矢を放った。さっきの俺と同様に、的にかすりもしなかった。

「なんか、すごいやりづらい」

「変なフォームで癖がついているからだ。今からでもいいから矯正しろ」

 そこから一時間ほど指導した。その間は熱中していて、周りの視線など気にも留めなかった。

「どう?私ってセンスある?」

「いや、ない。びっくりするくらい、ない」

「ええー!マジかー。久我山先生が厳しすぎるだけじゃない?」

「そんなことはない。それと、久我山先生はやめろ。同い年なんだし」

 俺の言葉に彼女は目を丸くした。

「私、一応先輩だよ?二年生」

「え?」

 今度は俺が目を丸くした。口調とか馴れ馴れしさから同級生だと勝手に勘違いしていた。

「いやー、そっか。確かに久我山くんは人間よりも弓道の方が好きな人だとは思っていたけど、まさかここまでとは。私、今日まで部活休んだことなかったのに」

「すみません、気をつけます」

「ひー、やめてやめて。敬語じゃなくていいから。私は教えてもらう立場だし、久我山くんは教える立場なんだから、タメ口でいいよ。てか、そうして」

「わかった」

「念のために確認したいんだけど、私の名前知ってるよね?」

 俺は目を逸らした。彼女どころか、この部活に在籍しているほとんどの人の名前は知らない。知っているのは部長くらいなものだ。

「うそー。まぁ、仕方ないか。私、神崎由良。よろしくね、久我山亮くん」

 その日から俺の指導が本格的に開始した。


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