第二話
家に着くと、すでにパトカーと救急車が人々の注目を集めながら止まっていた。それで本当に祖父母は殺されたのだと実感した。
平野さんは警官の人に敬礼されながら俺の家に入って行った。俺はそれを呆然と眺めるしかできなかった。
周りから囁き声が聞こえる。その発生源は近所に住んでいる人たちであった。俺と目が合うと気まずそうに明後日の方向を向いて、しばらくするとこの場を去っていった。
俺は居場所を失った。家はあるけど、もう俺の帰って来られる場所は無くなった。こういう時はパトカーに乗せられて警察署で事情聴取とかされるものだと思っていたが、実際に俺が乗ったのは黒塗りの一般車であった。
運転席には眼鏡をかけた男性。助手席には平野さんが乗っていた。
「蒼真くん、ひとつ君に訊きたいことがあるの」
バックミラー越しに目があった。その目は先程の優しさは鳴りを顰めており、代わりに冷徹さが宿っていた。
「あなたの祖父母は殺されてしまった。そして、聞くところによると両親ももう既に亡くなっている。君は高校生で、保護者がいない状態で未成年が生きていけるほど、この世界は甘くない。というか、多分だけど国が許していない。つまり今、君は瀬戸際に立たされているの。そこで、私から蒼真くんに提案があるの。私たちのコレティスを殺すという目的の手伝いをして欲しい。当然、衣食住は保証するよ。どうかな?」
俺は少し考えに耽った。これを断ったら、俺はどうなるのだろうか。もう身寄りはなくなったため、俺一人では対処しようにもできないことが多くなるだろう。
窮屈に生きたくはない。それに、俺は平野さんに助けられたが、他の人がそうとは限らない。人を守りたいわけではないが、人を助けることはしたい。それが結果的に人命救助につながるというのなら、一石二鳥だ。
「やる。やらせてください」
俺は力強く答えた。社会経験がない俺が生きていける唯一の選択肢に縋りついたのだ。
俺の返答に満足そうに平野さんは口の端を釣り上げた。
「そう言ってくれると思ってたよ」
車は赤信号に従って停車する。それをきっかけとして運転手の男が口を開いた。
「では、平野さん。高平くんに諸々説明してあげてください」
「……あ、それはもう済んでる」
「いつされたのですか?」
「さっき高平くんの家に向かっている時に話しちゃったの」
「あまり我々のことは吹聴しないようにと言われているのですよ。今回は高平くんが承諾してくれたので良かったですが、あまり簡単に話されますとこちらが困ります。また古谷さんに叱られますよ」
「言わなきゃバレないよ」
「私が伝えます。こういうのはお灸を添えてもらわないと何度も繰り返してしまうものですから」
「えー、いやだなー」
コレティスを斬って殺した人と同一人物なのかと疑ってしまうほど、今の平野さんは気が緩んでいるようで「怒られたくないなー」と小声で言いながら、流れていく街を車窓越しに見ている。
それから車で約二十分のところに、俺らの目的地はあった。それは俺の学校よりも山奥なのにも関わらず、学校以上の大きな建物と平地が広がっていた。
「ここが私たちの拠点。コレティス・アナイアレイション・ユニット。通称CAU。ちょっとダサいよね」
「あまりそういうことは言わないでください。さあ、高平くんはこちらに。少々手続がありますので」
俺はまだ名の知らぬ男に着いて行った。重厚感のある鉄扉の先には、その扉とは似合わないほどの質素な部屋があった。机に椅子が二つだけ。窓もなく、息苦しさを感じる。部屋の奥にはさらにもうひとつ鉄扉がある。
「申し遅れました、私は伊良波と申します。主に平野さんやこれから同じようにコレティスと戦うであろう高平くんを始めとしたみなさんのサポートを担当します。サポートといっても私は戦うことはできないので、移動する時に車を運転したり、今のようにちょっとした手続きの案内人をしております」
「雑用ってこと?」
「………あまり大人を揶揄わないでください」
眼鏡のブリッジを押して、威圧感のある目で睨んできた。俺はその迫力に気圧されて、口を噤んだ。
「高平くんにはこれから諸々の書類に名前を書いていただきます。これに名前を書くと、これから命を落としたとしてもこちら側は責任を負わなくなります。つまりは死んだら自己責任ということです。よろしいですか」
「うん、オッケー。もうここしか居場所はないし問題ないよ」
それから誓約書やらなんやらを色々書いて、俺は正式にCAUへ加入した。これによって死と隣り合わせの生活への道が開かれた。
「何か質問はございますか?」
「あー、あまり関係ないけど、平野さんって結構強い方?」
「ええ、だいぶ強いですよ。個人的にはCAUのなかでも五本の指に入ります。そういえば、高平くんは平野さんに助けてもらったんでしたね。でも、あの方を目指すのはやめた方が賢明です。あれは常人の範疇を超えています」
やはりそうか。あれで普通レベルと言われたら加入早々心が折れていたかもしれない。目標は高くしておいた方が良いが、手の届く範囲でないと意味がない。俺の目標はまだ定まっていない。
「高平くんの荷物が届いたようです。勝手に部屋を物色してしまいましたが、ご了承ください。今の高平くんではあの家に入ることは叶いませんので」
「全然気にしてない。減るものでもないし」
席を立つと、伊良波さんは部屋の奥の扉を開けるためにカードをかざしていた。
「それと最後に一つ。これは忠告ですが、大人には敬語を使った方が後々の関係で面倒なことにならないので、心がけた方がよろしいですよ」
「了解っす!」
荷物を受け取って、言われた場所に行く。このCAUまでの道のりではさまざまな自然に囲まれていたせいか、この場所の人工物はやけに冷たく見えた。




